=============================================================================    SHUFFLE! サイドストーリー  『Strong Sell』                           〜 麻弓=タイム 〜                             written by けもりん =============================================================================  ざわざわと賑やかな新しい教室。今日から始まる3年間の学園生活のために、早速周 りではお友達作りが始まってる。そんななかで私は、一人窓の外を見ていた。出席番号 で自動的に割り当てられた席が、窓際の一番後ろの席で良かったと思いながら。  どうせここでも同じだろうと、諦めと覚悟はできている。どう足掻いたって、魔族と 人間のハーフだってことは変えられない。魔界で通ってた小学校では、それが理由で散 々イジメられた。開門があったときに逃げるようにこっちの世界にやってきたけど、こ っちの世界だってイジメは変わらなかった。むしろもっと酷かったぐらい。どっちの世 界にも居られないハンパな存在が、私なんだと思い知らされている。  進学に当たってこの学校を選んだのは、一応3種族の共存を謳って建てられた学校だ から。どっちにも居られない私でも、両方いるところならなんとか居場所が見つけられ るかもしれないって、受験前には淡い期待を抱いたから。もしかしたら、他にも私と同 じようにハーフの人もいるかも知れないって思ったし。多種族特別推薦枠があって入る のが少しは楽だったのも、理由の一つではあるけど。   (ふぅ……)  でも、いざ入学が近づくとやっぱり不安は消せなかった。同じ学校からバーベナ学園 に入った人はいないはずだから、今までの私を知ってる人はいないと思う。だから、怖 がることはない。新しい関係から始められる人ばっかりのはず。なのに入学式の後、私 はこの席に座ったきり動けないでいる。  やっぱり怖いのだ。ちょっと良く見れば、ハーフであることなんて気づくんだと思う から。なんとなく遠巻きに見られてるような気もするし、今のところないみたいだけ 、ど聞こえる声が私のことを指して笑ってないかも気にかかってしょうがない。それ に、これだけお友達作り合戦が繰り広げられているのに誰からも声をかけられてないっ てことは、やっぱり魔族のハーフなんて話しかけ難いんだろう。   (ま、やっぱこんなモンよね)  それなら私は私の道を歩くだけのことだ。これまでもそうだったんだから、慣れてる んだし構わない。良くはならないかもしれないけど、変わらなかっただけなんだから悲 しむようなことでもない。裏切られる程には期待もしないようにしてなんだし、「別に ?」って感じ。強いていえば、教科書を破られるとかっていう類の実害のあるイジメが なくなってくれれば万々歳だ。   (あーでも、男子には気をつけないといけないかな……)  幸いにして、今までの学校では男の子から酷いことをされたことはなかった。ペッタ ンコだというのがイジメのネタにされたこともあったけど、そういう意味ではこの女の 子らしくない身体には感謝しても良いかもしれなかった。それでも、卒業間際には雲行 きが怪しかったのだ。セクハラまがいのことをされはじめたから、もう少し期間が残っ てたら危なかったかもしれない。男女の関係が身近になってくることを思えば、これか らの方が危険性は高いだろう。   (さすがにそれはイヤだなぁ……)  そうなってしまったときのことを思うと、身震いがする。大抵のことは仕方ないと思 うけど、それは勘弁して欲しい。私だって女の子なんだし、いつかは王子様がって夢ぐ らいは見ていたいものだ。   (でも、一応ね)  諦めと覚悟はしておかないとと思う。サイアクを考えておけば多少のことは良く感じ るものだし、本当にサイアクになったときにも泣く量は少なくて済むだろうから。だか ら、私はいつもそれをすることにしてきた。イジメられる側なりの処世術だと思って。   (三年間、我慢我慢)  できるだけ感情を押さえていれば、なんとかやり過ごせるものだ。案外、楽しく過ご せるかもしれないし。もちろんならないに越したことはないけれど。   「ね、ね。君?」  不意に、前の方から声がした。あからさまにうさん臭い、軽っちい声。   (な〜んだ……)  ガックリと気落ちした。早速ハイエナが寄ってきちゃうなんて、なんて儚い夢だった んだろう。一日ぐらいは持たせてくれても良いのに、世の中なんてやっぱり侭ならない ものだ。これで、丸々三年間玩具になっちゃうんだろうか。   「なに?」  投げやりになって、抑揚のない返事をした。今更運命を呪ってもしょうがない。こん な風に生まれてしまった私がいけないんだから。   「……?」  相手が引いた。でも、そのまま引き下がってくれるわけがない。ニヤニヤとした笑顔 を作り直して、顔を近づけてくる。   「なによ」  言いたいことがあれば、さっさと言えば良い。どうせ、言われることは決まってるん だから。   「あのさ、君、片方だけコンタクトしてない?」   「それが?」  ああ、やっぱりだ。一番わかりやすい目は一応カラーコンタクトで隠してたのに、あ っさりバレちゃった。それも、こんなヤツに。   「ね、外してみてよ」  しかもこんあことまでいけしゃぁしゃぁと言ってくる。そんなに弱い者いイジメが好 きなんだろうか、こいつは。   (ま、でも逆らうだけバカか)  先が変わらないなら、余計な労力は惜しい。私は大人しく左の目に指を当てて、色の ついたレンズを取り出した。   (あ〜あ)  外した後に思わず閉じてしまった瞼を、なにやってるんだかと自嘲して上げる。   「で?なんか文句ある?」  突き放すように言いながら、しっかりと開けた目でキッと相手の目を視る。いくらで もバカにすれば良い。色の違う瞳は生まれつきなんだから、私にはどうしようもないん だ。   「なんか言ったら?」  シゲシゲと私の瞳を覗き込むそのひとの態度に、ちょっとカチンときた。もうまな板 の上でパクパクやってる鯉なのに、いつまでもそのままで置いとくなんてホント意地が 悪い。   「あんたね──」   「うん!やっぱり!!!」   「え、あ?」  いい加減耐え兼ねて怒りの声を上げたところに、対称的に明るい声を重ねられた。そ のせいで、思わずこっちが及び腰になる。   「やっぱり、もったいないよ。せっかく綺麗なのに」   「はぁ?」  なにを言ってるんだ、こいつは。素っ頓狂な答えに、私の声が裏返った。   「燃えるように情熱的な紅と、どこまでも深く吸い込まれそうな紫。こんなに    美しい輝きなのに、なんで隠しちゃうんだい?」   「な、なんでって、あのねぇ」   「変なんかじゃないさ」   「えっ?」  見透かしたかのような一言は、私の動きを止めた。   「君にしかないってことは、それだけで貴重なことだよ?ルビーだってアメジ    ストだって、綺麗なだけじゃガラス玉と変わらないんだから」   「その瞳を持ってるってだけで、君は売り手市場に立ってるんだよ」   「それに、ほら──」  その隙をめがけて、一気に攻めたれられた。しかも、ぐっと顔を寄せられる。ちょっ とした間違いが起これば、唇が触れてしまいそうなほど近くまで。その上、ジッと目を 覗き込まれたままだ。   (ちょっ──っ)  まな板の上の私は、さっきとは違う意味でパクパクとした。今までの人生の中で一番 なくらいに、心臓が酸素を求めている。なのに、横隔膜は全然言うことを聞いてくれな い。   「な〜んだ、緑葉。またやってんのかよ」  今にも刃が振り下ろされそうなところで、違う声が割り込んできた。   「ちぇっ。邪魔すんなよな、土見」  緑葉と呼ばれたそいつが、声の方に向かって視線を外す。それと同時に、金縛りから 解からた私の肺には、空気が流れ込んでくる。   「ほんと節操ねえな。おまえ。今さっき、楓に茶々入れてたばっかじゃねえか    よ」  後を追うように同じ方に向くと、見たことのない──それは当然だけど──男子と、 その後ろに可愛らしいという感じの女の子が立っていた。   「良いんだって。さっきも言っただろ?綺麗な女性に漏れなく声をかけるのは、    俺の生様なんだって」   「しっかしなぁ、初日からいきなりするヤツも珍しいぞ?」   「なにバカなこといってるだよ。一欠片のチャンスだって逃したくないのは当    然じゃないか。一秒過ぎれば、可能性はそれだけ減るんだぞ?」   「いや、緑葉の場合、チャンスが多すぎるのが問題だ。二兎どころか百兎も二    百兎も追ってるだろうが」   「未だ見ぬ淑女が、星の数いることを思えばまだまださ」   「うわ。こいつ世界中の女に手を出すつもりですよ、奥さんっ!?オニ、アク    マ、女の敵だわっ!」   「逆だよ。全銀河の女性の味方なだけだってば」   「大丈夫でしたか?」  息の合った二人の掛け合いに気を取られていた横から、優しい声で呼びかけられた。 さっきまで一歩引いた位置にいた可愛い子が、私の直ぐ横にまできていた。   「私もさっきやられちゃったんですよ。緑葉くんに。あれはちょっとドキドキ    しちゃいますよね」   「そう……って、同じ学校なんじゃないんだ?」  いや、あれはドキドキするなんてもんじゃなかった。その証拠に、今でも心臓の音は 三段も四段も高いままだ。でも、ある程度の冷静さは取り戻せてる。てっきりあの二人 は友達同士なんだと思って見てたけど、彼女は違うんだろうかと気になった。緑葉くん とやらのあの迷惑な挨拶は、きっと初対面の女の子にしかやらないんだろう。それな ら、既に被害者になっているという彼女とも初対面ってことになる。   「違いますよ。私と稟くんは同じですけど。それにしてはあの二人、仲、良い    ですよね。なんか、初対面ですっかり意気投合しちゃったみたいなんです。    男の子って羨ましいですね」   「そんなもんかな」  羨ましいかは別にして、確かにあの打ち解けっぷりは凄い。視線の先では、まだ絶妙 のボケとツッコミを続けてるている。   「はい。私はちょっと顔見知りしちゃう方なので、こういうことでもないと、    なかなか自分から話しかけたりなんてできないですから。あ、私、芙蓉楓っ    て言います。ええと……」   「麻弓。麻弓=タイム。好きなように呼んでくれていいから」   「麻弓さんですね?ええと、あっちの騒がしいのは土見稟くんで、もう一人    は──」   「緑葉樹?」   「そうですそうです。もしかして、お知り合いですか?」   「あ……いや、さっきそんなことが二人の会話に出てたから。第一、知り合い    だったら、きっと今更あんな風に迫られてないって。初めて会うのには全部    声かけてんじゃないの?あの調子じゃ」   「そうですね…。私の前にも、何人かに声かけてました」   「はぁ……。やっぱり」   「ま、まぁ、良いじゃないですか。そういう人もいても」   「まあね。確かに賑やかなクラスにはなりそうだわ」   「そうです。それにしても……」   「ん?」   「左右で色、違うんですね。目の。ええと、魔族とのハーフさんですか?」   「え……」  ちょっとまった。ここでくるか。人の良さそうな子だからと油断してたら、しっかり 裏切られた。そういえば、前の学校では女子の誰かが始めたイジメが広がったんだっ け。   「良いなぁ…」   「へっ!?」  ところが、本日二度目の調子の外れた声を出すはめになった。その思いがけない台詞 は、人生で二度目だ。   「とっても綺麗で羨ましいです。私も麻弓さんぐらい可愛くなれると良いんで    すけど」  言われた瞬間、唖然とした。だって、どっちかっていうと、それは私が言いたい台詞 だ。私なんかより、彼女の方がずっと可愛い。クラスで一番可愛いのは彼女だと思える くらいだ。   「いや、もうあなたの方が可愛いってば」   「そんなことないですよ。麻弓さんぐらい可愛ければ、きっと稟くんだって……    ──っ!?」   「?」  正直に漏らした感想への反論は、どうしてだか突然途切れた。彼がどうしたというの だろう。   「あ・あ・あ、あの、その、今のは聞かなかったことにしてくださいっ!絶対    内緒ですっ、稟くんにはっ!!」   「あーそれって……」  慌てる彼女の姿で、ピンときた。別に何事もなかったかようにしておけば気づかれな かったのに。落ち着いてるように見えたけど、実はかなりおっちょこちょいみたいだ。   「言ったら絶交ですからね?お友達やめますからね!?」   「……ぷっ」  胸の奥の方から突き上げてるくる感覚を感じて、口元をキュッと引き締める。でもダ メだ。これは堪えられない。   「くっくっく、あは、あははははっ」   「ちょ、ちょっと、そんなに笑わないでくださいよ」   「わ、悪ぃ悪いっ」  ここすっかり忘れてたんだし、耐性はすっかりなくなってる。仕方ないじゃないかと 思いつつ、なんとかおさえこむ。別に、彼女のことが可笑しいんじゃないんだけど、確 かに笑うのは悪いだろう。彼女から見れば、きっと笑われてるように思えるに違いな い。   「で?俺がなんだって?」   「「えっ!?」」  割り込んできた声に、二人同時に驚いた。   「こそこそと陰口を叩くなんていかんなぁ」   「ええと……あの、別に陰口ってことは……って稟くんっ!一体どこから聞い    てたんですか?まさか初めからだなんてことは……」   「なにを話してたんだかは知らないけど、俺に言うなってのは陰口なんじゃな    いのか?」   「ち、違いますっ!稟くんの陰口だなんて、言いませんよう」   「ふ〜ん」   「格好良いねって話してただなんて、本人に向かって言えるわけないもんね〜。    芙蓉さん?」  ジロジロと睨め付けられている姿が可哀想になって、助け船を出すことにした。私が 笑ってたのが原因の一つでもあるんだから、さすがに放っておくのは悪い。   「ちょ、ちょっと、麻弓さんっ!!?」  そこで慌てちゃいけないだってば。そんな風に簡単に感情を出したら、色々とつけ込 まれるだけだって。平然と「はい」って答えてくれれば良かったのに。     「あなたのこと気になったから、彼女さんなのかな〜って聞いてたのよ」  あー、もうしょうがないなと、奥の手を引っ張り出した。嘘も方便。これで収まるな ら、勘違いされるぐらいは良いだろう。   「居候はしてるが、別に付き合ってるとかじゃないぞ?むしろ手のかかる妹っ    て感じだ。な?」   「はい。本当に手のかかる弟です」   「ま、待った待った!居候って、もしかして一緒に暮らしてんの?」  あっさりと目論見は成功した。成功したんだけど……それ以上に驚きの言葉が二人の 口から出された。隠す様子も全くなく。   「そうですよ。小学生のころからですから、もう随分長くなります。お父さん    が出張のときなんかは、しっかりお世話してます。お母さんいないですし、    私しかいませんから」   「……で、良いの?そんなこと言っちゃって」  ジト目。そりゃそうだ。一緒の家に暮らしてるだけでもセンセーショナルなのに、両 親がいなくなるときがあるとくる。母親がいないっていうのも気にはなることだけど、 二人っきりの生活がある方がよっぽど年頃の私達には大事だ。普通はそういうことは隠 そうとするんじゃないだろうか。有ること無いこと、いくらでも噂と奇異の視線の対象 になっておかしくないことなのに。   「別にやましいことはないからな。下手に後からバレたほうが、騒ぎがデカく    なるだろう。こういうのは」   「────」  なにかを言おうと思ったけど、それがなんなのか良くわからない。否定なんだろう か。あるいは肯定?どっちもあるような感じがする。理屈としては頷ける。私は考えた ことがなかったけど、その考え方は有りだと思う。でも、実現するのかってことに対し ては疑問はある。あるんだけど──やって見たことがないから否定しようもないし、も し本当に大丈夫ならやってみたいと思う私もいるのだ。まだ間に合うんだから。   「で、君達は僕を放って、なにを楽しそうにしてるのかな?ずるいじゃないか    稟。自分だけさっさと可愛い娘との会話を楽しみに戻るだなんて。それも二    人も」   「いや、ちょっと頭が痛くなってきたもんでな」  考えがまとまる前に、最初の横槍によって引き離されたヤツが戻ってきた。話の流れ が、違う方向へズレていく。   「まあでも確かに、いつも楓ちゃんが側にいるような幸せ者には、他の女性な    んて目に入らないかもしれないな」   「いや、別にそんなことないぞ?第一、楓とは別にそういう関係じゃないしな」   「じゃあ、こうしよう。楓ちゃんはしばらく俺に預けるとして、稟はこの娘と    付き合うってのはどうだ?」   「や」  話を振られた私は、素っ気なく答えた。せっかく先の光が見えそうだったのに、あり えもしない下らない提案で壊されたのにムッとなったからだ。やっぱりこいつはイジメ っ子だ。   「む、ちょっとまて。光よりも早く即答するのはどうかと思うぞ?ささやかな    がらに持ってる俺の自尊心が傷つくじゃないか。第一、さっき言ってた格好    良いとかってのはどうなるんだ?」   「あー」  失敗した。思わず感情的になったのがいけなかった。勘違いをされても良いとは思っ たけど、早速されるのは困りものだ。横目で見る芙蓉さんの目に、焦りが映り始めて る。   「うん。言ってたわね。芙蓉さんとも話してたけど、せっかく見てくれは格好    良いんだから、中身が整ってくれてればねーって」  やっぱり仕方なく、私が悪者になることにした。やっぱり感情を出すのは良くない。 笑ったりしちゃったのが失敗の大元だ。   「くっ……」   「あはは。これは傷が浅いうちに、やめといた方が良さそうだね」  苦々しい表情をして引き下がった土見くんの肩に、手がポンと置かれる。この辺の呼 吸は確かに抜群だ。   「元はといえば、お前がふっかけた話だろうが」   「まあまあ気にしない気にしない。些細なことを気にしてるようだと、益々人    間性を疑われるってものさ」   「なにを──」   「さ、そういうわけで」  どういうわけだか知らないけど。叫き散らそうとする土見くんを後ろに追いやって、 こいつは机に肘を突いてしゃがみ込んだ。席に着いている私と同じところまで、視点も 自動的に下げられる。   「今日からよろしく。ええと……」   「麻弓。麻弓=タイム。わかると思うけど、人間と魔族のハーフだから」  初めにやってきたときと同じような状況になりつつあることを警戒して、心に準備を して答える。負けてなんかやらない。   「なるほど。それで謎が一つ解けた。異なる血の出会いによって生まれる者が    美しいことが、改めて君で証明されてるってことなんだね」   「だ、だから、なんであんたはそういう言い方をするのよ」  いけない。ちょっと慌てた。平常心、平常心。こういうのには、尻尾を掴まれちゃい けないんだ。   「だって、真実は正しく伝えないといけないじゃないか。それも、良いことで    あればあるほどに」   「真実って──ただのお世辞にしか聞こえないってば。私なんて──」  それにしても、どうしてこいつはこんなにも臭い台詞を並べ立てられるんだろう。し かも、きっと芙蓉さんや他の女子にも言ってきてるんだ。誰彼構わず。それがなけれ ば、外身は格好良いのに。もったいない。   「君自身がどう思おうが、君が美しいというのは、僕にとっては紛れもない真    実なのさ。それが言い過ぎって言うなら、君には君にしかない輝きが一杯あ    るってことでどうだろう」   「あ、あんたねぇ……」  言い過ぎとか言いながら、その言い方はさっきのよりよっぽど恥ずかしいんじゃない だろうか。しかも、少し近づいてる気がする。完全に重なってる視線は、とっくに離せ なくなってるっていうのに。   「ほら」  あ、ちょっと、そんなに顔を寄せて覗きこんでこないでってば。これ以上は、本当に 困る。このままだと、戻ってこられなくなる。   「その内の一つは、今僕の目の前にあるじゃないか」  でも。きっともう無駄だ。   「他の誰もが持ってない、君の宝石が」  最初の一撃で、本当はとっくに私の用意してた壁なんて打ち破られてるんだから。   「な、な、な……」   『なにを馬鹿なことを』  言いたいのはその一言なのに、私の無線室はとっくに押さえられてしまっていた。ま ず初めに通信施設を押さえる。それは制圧作戦の基本中の基本。逆に言えば、それがな されてしまった時点で挽回は難しいのだ。後はいつ司令室が落とされるのかを待つだけ になる。時間の問題ってやつに。  そう。まるで、今のように。   「それに──」  あ、くる。わかる。今度は、邪魔なんて入らない。これは、さっき聞きそびれた台詞 だ。   「君なら、二つの違う僕を瞳に映してくれるんじゃないかな」  それは敵の総攻撃のコードらしかった。総攻撃といっても、敵はたった一人。それ も、武装だってたった一つ。でも、それが私には致命的なものであることはわかって た。だって、とっくにレーザーサイトの赤い点は私の心に突きつけられていたんだか ら。   「ね、麻弓さん」  二発目の弾が、再び容赦なく打ち出された。良くもまあ魔族だなどと言えるもんだ。 人間の方が、よっぽど魔の文字を冠するのにふさわしいんじゃないか。私は一発目でと っくに呼吸を止められているというのに。本当に容赦ない。オニだ。アクマだ。強力過 ぎるのだ。あなたの、その笑顔という兵器は。   「あ、俺の自己紹介がまだだったよね。俺──」   「緑葉、緑葉樹。もう知ってるから、さっさと離れてちょうだい」   「っと?もしかして気にしてくれてた?」   「さっき、土見くんと話してるの聞いたの」  これが漫画だったらマークが出そうなぐらいの溜息を吐く。呆れている様子を、あか らさまに示すために。それはもちろん虚勢以外のなにものでもないんだけれど。  でも、虚勢を張るとか無関心を装うとか、精神状態を操るのにはちょっとした自信が ある。これまでずっと、そうやって生きてきたんだ。崩壊したのは、私をかたどってい た政権。こいつと関わることを嫌がろうとしていた、私の心。それを認めてさえしまえ ば、自分を取り戻すのはたやすい。いわばそれは、私という国の大地が持つ自然なんだ から。占領されたからといって、それは変わらない。気候だとか風土だとかってもの は、人の手で変えられるものじゃない。   「ちぇっ。残念」   「あ た り ま え で し ょ ? あんたのやってることは、どっからどう見て    も怪しいナンパ師なんだし」  後ろに立っている土見くんは、うんうんと頷いてくれた。   「ま、でも」  負けたからには、負けたなりに。そうやって行くしかないだろう。こうなったら、少 しでも有利な講和条約を結ばなければならない。今更国体の護持になって拘っちゃいら れない。一つの戦いは終わって、次の戦いが始まってるんだから。この先手は、私が打 とう。もう奇襲にはやられないように。   「良かった。心配だったんだ。友達できるかなって。同じ学校からきた人、    一人もいないはずだし。ほら、私って引っ込み思案で人見知りするし」   「はぁ?」  間抜けな声の主は、土見くんだ。   「あ、なによ。まるで『嘘ついてるんじゃねぇよ』って感じの、失礼な声は。    嘘なんてついてないわよ?」  ちらっと目を向けた芙蓉さんも、逃げるように視線を外してくれた。どうやら土見く んと同意見らしい。  失礼だなぁとは思ったけど、同時に仕方がないかもしれないとも思う。あいつから声 をかけられるまで私がなにを考えてたのかなんて、土見くんが知ってるはずもない。そ れに、そういえば土見くんや芙蓉さんとは素で話してた。警戒なんて全くなしに。きっ と初めの初めに、哨戒機が撃墜されていたということなんだろう。それも、気づかない ように。   「──真実以外に語らないって。ジャーナリストの端くれなんだし」  だから、受け売りを付け加えてみた。私にとっては嘘じゃないんだと。ついでに、ふ と思いついたことも。こっちは勢いで出たでまかせだけど。  でも、言ってから良い考えかもしれないと思った。戦後復興には産業が必要なのと同 じように、私としてのウリは必要だろう。なら、情報屋とか事情通なんてキャラクター も良いんじゃないだろうか。軍需産業から自動車が生まれるんだ。イジメられっ子の特 性である危険な臭いへの敏感性も、平和利用に転換できるかもしれない。もしかした ら、情報を握ってる私がいることで、本当に少しは平和にできるかも知れないし。ペン は剣よりも強いんだ。本当に斬りつけてくるなら、インクのたっぷり付いた先っぽで刺 してもあげられる。   (じゃあ……)  必要なものはなんだろうと、早速頭の中で算段を始める。デジカメが買えるぐらいの 貯金はなんとかあったよねと、ソロバンも弾いてみる。その時点で、今日の放課後の予 定は決定された。   「ま、なにはともあれよろしくな」   「私もよろしくお願いしますね」  条約締結の文章に、二人分のサインが記された。二人?ちょっと待った。一人足りな いじゃないか。足りないのは──   (あ、あいつ!)  それは当事国であるはずのヤツだった。教室内に目を配ってみると、その姿はすぐに 確認できた。いや、すぐにどころじゃない。ほんの二つ前の席の女子へ侵攻を開始して いる。     「ま、まあ、あんな人ですけど良い人ですよ?……きっと。ね?稟くん」   「良いってのには賛成だ。善いか悪いかはともかくとして」  視線の動きに気づいた二人が、微妙なフォローを入れてくれる。この二人だって、 『良い』に分類されるだろう。   「それじゃ、そういうことにしときますか」  呆れた溜息は、今回もカモフラージュだ。私にとっては、良いとかどうとかは関係な い。戦敗国は盲目的に従うのだ。まるで、恋をしてしまったかのように。   「そういうわけで──」  よろしくと続ける言葉と共に、二人に向かって手を差し出した。やっぱり条約締結に はつきものだろうから。                   ◇◇◇                    朝の教室は今日も騒がしい。私だって結構ギリギリの時間なのに、楓と稟はまだきて ないみたいだ。樹は──うん、きてる。もう転校生の話題は手に入れてるんだろうか。 私は二人とも女の子だっていうのと、うちのクラスになるってことまでは掴んでる。け ど、まあ樹だって女子だってことぐらいは知ってるかもしれない。それで、私からの情 報を当てにしてるとか。だとしたら悔しい。それ以上のは、ただであげるもんか。獲ら れた賠償金の恨みは、未だに忘れてない。   (とはいっても、どうしてだかいつもサービスしちゃうのよね)  あの日から一年とちょっと。そんなわけで私、麻弓=タイムは、現在も未だ戦後復興 中。主要産業は、情報とオッドアイ。それと、今ではもう一つある。それだって希少性 がありそうだから、ちゃんとウリになってくれるに違いない。気づいたのは、あれから 少し経ってからだったけど。  「「おっはようー」」  教室の中に、二人の声が響く。今日も仲良くの登校らしい。早くくっつけば良いの に。良いネタにできるし。  (さて、と)  馬鹿話は早速始まってるみたいだ。頃合いを見計らって、売り込みに行くとしよう。 転入生の情報と、二色の瞳。それと──この、一向に膨らもうとしない胸を。  お客はんお客はん、今日は買うてくれまっか?                                     Fin. ==============================================================================              SHUFFLE!は Omegavision の著作です。              けもりん は Omegavision とは一切関わりはありません。 ============================================================================== -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp  無断での転載はご遠慮くださいませ〜。……念のため。(笑