雪が降っていた。
静まりかえった校舎の屋上。
風の音だけが流れる、街を見下ろす丘。
噴水の乾いた音が支配する、外灯の明かりに照らされた公園。
単調な電子音に包まれた、病室の窓の外。
誰の耳にも届かない、氷の花が折り重なる音が、シタッシタッと鳴っていた。
今年も──七年前も。
遥か千年の昔から、変わることなく。
雪は降っていた。
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Kanon サイドストーリー closeoverd by Air. 『Teardrop』
〜 月宮あゆ & みちる 〜
Written by けもりん
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『おかえり。あゆあゆ』
その声──ちょっと幼い感じのする女の子の──に、ボクはハッと意識を取り戻した。
「え、あっ!? うん、ただいまだよ」
慌ててボクは、『みちるちゃん』に言葉を返す。
なんで「ただいま」なのかは、はっきりとわからなかった。でも自然に「ただいま」だと思えたし、どこか懐かしい声なんだから、やっぱりきっと「ただいま」なんだと思う。
でも、なにか引っかかった。薄く靄がかかって、はっきりしない感じがする。
大丈夫だとは思うんだけど、でもちょっぴり不安。それも、どうして不安なのかがわからないことの方が不安になるほど、ちっぽけな不安。
だから、
「うん……。ただいま……だよ」
ボクはもう一度確かめるように呟いた。
『んに?』
そんなボクの顔を、『みちるちゃん』は不思議そうに覗き込んで──るって感じた。
ひょっとすると、ボクはまだ寝ぼけてるのかもしれない。寝ぼけてるから、なんだかふわふわと曖昧な感じがして、それに不安を感じているのかも。
だって、良く考えれば不思議なんだ。『みちるちゃん』の姿は見えない。なのに覗き込んでるって感じてる。ボクはそれを、これっぽちも疑ってない。
『あゆあゆ? どうしたの?』
『みちるちゃん』が、心配そうに言った。言葉に合わせて、心配そうにもしてる。
今度のだって見えてるわけじゃないし、もしかしたら声だって耳から聞こえてるんじゃないのかもしれない。それはやっぱり不思議なことなんだけど、ボクはすんなり受け入れた。
それどころか咄嗟に、
(心配させちゃいけない)
なんて思った。
理由は──わからない。理由を飛び越して、結果だけが「こんにちは」って出てきてる感じがする。
でも、心から思ったのは本当。悲しませたら、絶対にいけないんだって。
「えっ? あっ、なんでもないよっ」
ボクは笑顔で答える。心の靄を振り払らうように。
理由は気になったけど、それはきっと今考えることじゃない。
靄が晴れれば、自然に思い出す──そう、「思い出す」んじゃないかって思ったから。多分ボクが忘れてるだけで、本当はちゃんと理由があるんだろうって。
そしたら、「なーんだ」って思えた。だって忘れてるんなら、思い出せば良いだけだもん。
それは簡単なことだ。ボクは頭が良い方じゃなくて、忘れたりなんてしょっちゅうだから。その分、思い出す回数も多いんだ。
「ただいまだよっ」
だから、もう一度。始めよりも元気に「ただいま」を言った。
『おかえりっ。あゆあゆ』
そしたら『みちるちゃん』も、もう一度満面の笑みでボクを出迎えてくれた。今度は──笑ってくれてると感じる。
『んに。それで?』
『みちるちゃん』の声が続く。
「え?」
けど、ボクにはわからないかった。「それで?」って言われても、なにを聞かれているんだろうかなって。やっぱりそれも、ボクが忘れてることの一つかな。
『どうだった?』
「うぐぅ?」
困ったので、ひとまず便利な受け答えをしておくことにすした。聞き返すのと誤魔化すのとで、一石二鳥。
『『うぐぅ』じゃなくってっ』
……でも失敗。怒られちゃったみたいだ。年下──多分だけど──の女の子にって思うと、なんか悔しい。
「うぐぅ」
今度は、落ち込むのと一緒に、ちょっとむくれてみた。これで三鳥目。本当に便利だと思う。
『にゅ……』
けどそれは、もっと失敗だった。せっかく明るくなった『みちるちゃん』の声が、不安そうに止まった。疑われ始めてるのが、ボクにも伝わってくる。
「えっと……ゴメンね? なんのことかな?」
しかたないから、ボクは聞き返した。これ以上ボクが考えてもしょうがないんだから、聞くしかない。本当になんのことだか、見当もつかないんだから。
それに、ボクが誤魔化せば誤魔化すだけ、不安にさせちゃうはず。さっきも思ったけど、それはいけないことだ。
『会えたん……だよね? ゆういち君……だったけ?』
「ゆういち……君?」
誰だっけ──。
一瞬だけ、頭の中からその名前を探そうとした。
けど、本当に一瞬だけ。その一瞬の間に、ボクは思い出した──頭の中に弾けるように浮かんできた──んだ。祐一くんのことが。
「──あっ、うん。 会えたんだよっ!」
慌てて答えた。こんな答えに迷ったりなんかしてたら、すっごく心配されちゃう。どうして忘れてたのか自分でも不思議なくらい、重要なことなんだから。
「にょわ。それじゃ……」
勢いをつけたボクの返事を聞いて、『みちるちゃん』の声が明るくなる。その明るさからすれば、きっと目も期待で一杯になってキラキラしてる。
「うん。もちろん楽しかったよっ。たい焼きも一緒に食べたしっ」
それならもっと喜ばしちゃえ〜と思って、ボクは楽しかったことをきちんと教えてあげることにした。
「うにゅ〜。よかったね、あゆあゆ!」
そしたら声はもっと元気になった。
「えへへ……」
嬉しくなったボクは、照れるように笑う。
「ちゃんと『あゆ』って呼んでもらえたしっ」
気を良くしたボク、たった今思い出したことも教えてあげることにした。そしたら──
「それで?」
「え?」
「どうだったの?」
なにが言いたいのかわからない、ニヤリとした口調が返ってきた。
「うぐぅ?」
ボクは不安になって、便利な一言で後ろに退くことにする。
「また〜。『うぐぅ』じゃなくってさ」
「こ、今度はなんなのかな?」
「も〜。とぼけちゃって〜」
「うぐぅ……」
さらにもう一度。頼るのは良くないと思うけど、便利なんだからしょうがない。
「格好良くなってたのかって聞いてるの!」
「うぐぅ!?」
そしたら、今度は怒られた。しかもそれだけじゃなくて、すごいことを聞かれてた。ボクはビックリして、目を白黒させる。
「にゃははっ」
そんなボクを見て、『声』が笑い出す。
「あ・あははは……」
これはチャンスかもしれないと、ボクも合わせることにした。
そんなに面白い顔をしちゃったのは恥ずかしかいけど、上手く誤魔化せると嬉しい。だって、答えるのはもっと恥ずかしいんだから。
「にゃはははっ」
「あはははっ」
本気で笑う『みちるちゃん』と、乾いた笑いを作ってるボク。
「にゃははははは」
「あははっ」
「にゃはははははははははっ」
「あは、あはははっ」
「──笑ってごまかそうとしてもダメだからねっ?」
しばらくそれが続いたところで、一つの笑い声がぴたっと止んだ。油断し始めたボクに、声色と鋭さが全然一致してない声が飛んでくる。
「うぐぅ」
拗ねるボク。誤魔化そうとしてるのをわかってたのに、知らんぷりをしてたなんてズルい。
「にゃははっ。でも、その様子からすると、格好良かったみたいだね?」
「うぐぅ〜ぅ〜」
しかもボクに構わず勝手に話を進める『みちるちゃん』に、口を尖らせて抗議のうめきを上げる。
「……」
そして、ボクはそのまま黙り込んだ。視線には、「言わないもん」と意思を乗せてみる。
けど──
「……」
真似された。
興味で爛々と輝いている目が、「聞き出すんだから」って言ってるような気がする。
「……」
「……」
さっきの笑い声とは反対に、今度は二人で沈黙を続ける。
まるで、にらめっこでもしてるような気分だ。絶対負けないよって、ボクに言い聞かせた。
なのに、
「……うん」
負けたのは、やっぱりボク。
決め手は、『みちるちゃん』の表情がだんだんと曇り始めてると感じたこと。最初からとっても不利だったんだって気がついたのは、負けてからだ。
「にょわ〜〜! にょわわ〜〜〜!!! のろけられちった!!」
「うぐぅ〜ぅ〜」
思い通りにされたのが悔しくなって、ボクは再び抗議の声をあげる。不安そうな感じがしたのがウソみたいに騒ぎだされたのも、なんだか悔しい。
「にゃはははははは。でも、格好良かったんなら良かったじゃん?」
「うぐぅ」
笑いながらのフォローに、「騙されないもん」とばかりに声をあげ続ける。せめてもの反抗だ。
だけど、ちょっとして。
「にゃはは……」
茶化すようだった口調が、次第に萎んでいった。それに気づいて、ボクも声を止める。
またなにか失敗しちゃったかな──って思ったけど、そうじゃないみたいだった。ボクを見つめる目は、不安というより真剣なものだって感じる。
「うぐ?」
どうしたのかな? なにか聞きたいことがあるのかなと思って、久しぶりにボクから聞いてみた。
「にゃははははははっ」
そんなボクを見て、また『みちるちゃん』は笑い出した。でも、ちょっと無理してるみたいな気がする。
「いじめないでよぅ」
だから、今度はボクが冗談半分になってみた。言いにくいことでも、笑いながらなら話せるかもしれないって思ったからだ。
「にゃはははっ。ゴメンね、あゆあゆ」
「う〜。あゆあゆじゃないようっ」
別に気にしていないことにも、わざとらしくおどけて文句を言った。
そしたら──
(あれ?)
ボクの中のどこかが、チリリッと痛んだ気がした。
痛いって言ってもほんのちょっとで、ムズ痒いって言っちゃっても良いくらい。でも、とっても気になる痛み。チクンチクンって突っついて、ボクを焦らせる痛みだ。
「でも、安心した。あゆあゆ、ちょっとぼ〜っとしてたし」
そんなボクの様子には気づかずに、『みちるちゃん』はポツリポツリと、抑えていた不安を語り出した。
「あれは別に……」
「なんでもないよ」って続けようとして、言葉はボクの口の中で小さく消えた。
チクチクチクチク──
さっきよりも強く、はっきりと感じるようになってる。それに、速くもなってる。
やっぱりなにか、心に引っかかる。
良く考えれば、祐一君のことだって言われるまで忘れていたんだ。
そんなこと、あるわけないと思う。だって、七年間ずっと待ってたんだから。一日だって休まないで、見下ろしていたんだから。
「んに。随分早かったし」
「早……かった?」
痛みが、もっと激しくなる。
「んに。諦めちゃったのかと思ったよ……」
「でも、すぐ会えたんだよっ」
その痛みを嫌がって、ボクはムキになって答えた。こんな痛み認めたくない──って、はっきり思い始めてる。ビュゥビュゥとがなる続けてる風も、とっても耳障り──風っ!?
閃くように、ボクは気づいた。
ついさっきまで、風なんて全然気にならなかった。そんなの、ボクの耳には届いていなかったんだ。
(ここは……どこ!?)
そんなことまで、急に気になりだした。どうして今まで気にならなかったのか、不思議なぐらいのことなのに。
そして──そのとき聞こえた『声』が、ボクの靄を完全に吹き飛ばした。
「そうじゃなくてっ! ──楽しい思い出を作ること」
そう。それは、みちるちゃんの声だったんだ──。
──── 瞬間、ボクの時間が止まる。
灰色に静まり返っていた世界が、鮮やかな色彩を響かせて加速度的に拡大していく ────
真っ白な地面と灰色がかった深い青の海との境が、遥か遠くに広がっていた。冷たく雪の匂いを含む風は、それでも透き通っている。
でも、寒くない。冷たいっていう感覚はない。風を冷たいと思ったのは、そう理解できたから。体でじゃなくて、ちょくせつ頭で感じてる。それは、不思議な感覚だった。
「にゅわっ!? もしかしてあゆあゆ……忘れてたの?」
『声』が、頭の中に響く。それはみちるちゃんの声だけど、ボクは耳から聞いてるわけじゃない。風の冷たさと一緒。今までの会話だって、全部そうだったんだろう。
だから、誰かが側にいても、ボクたちがしゃべっているのは聞こえなかったはず。
けど、『側に』なんて絶対にない。だってボクは今、空にいるんだから。
「うん……。忘れてた……」
精一杯頑張って、ボクは答えた。けど、みちるちゃんが言ってるのとは、多分違う『忘れてた』なんだと思う。
本当に忘れてた。それも、まるまる全部。ここがどこなのかも、みちるちゃんを心配させちゃいけない理由も。そして、なんで祐一君に会いに行ったのかも、どうして戻ってきたのかも。
「にょわ〜〜。あゆあゆ、悪い子だ!!」
「忘れてたよ……」
はしゃぐみちるちゃんとは逆に、ボクには笑顔を作る余裕はなかった。
「あゆあゆ?」
「行かなくちゃ……」
ぼそりと呟いて、胸の前に平を上にした両手を揃える。急がなきゃ──って思いながら、目を閉じて一枚の羽根をイメージした。
それは、淡く光る羽根。ちょっと形を変えて、リュックにつけてもらったもの。だって、とても大事な預かり物だったから。おっちょこちょいなボクでも、なくしてしまわないようにって思って。
「みちるちゃん」
手のひらに柔らかな温もりを感じてから、ボクは目を開けた。そして、生まれて初めてってくらいに真剣になって言った。
「んにぃ?」
「ボク、行ってくる」
それは、ちょっとした決意表明だった。
「行……く?」
「うん。あの人の所に」
途中で悲しくなって、帰ってこないように。一杯涙を流しながらした決心を、壊してしまわないように。
「んに〜〜、でもそんな急に行かなくても……」
「ごめんね。ちょっと急いでるんだよ」
「にゅ?」
「うん。急いでるんだ」
言葉を切って、ちらりと足元を見る。
この高さと厚い雲越しでは見えるはずのない街は、くっきりと見ることができた。
真っ白な雪に覆われた街。祐一君ともう一度遊んだ街。
川沿いの道。
駅前の陸橋。
商店街。
そして──『学校』。
そこは、みちるちゃんの声に気がつくまで、ボクがいた場所だ。大きな切り株の上に、一人で座っていた場所。祐一くんに「さよなら」を言った後、戻る所がなくなったボクがいた場所。
風に乗って届いた祐一くんの願いを、ボクはそこで受け取ったんだ。どうしてだかはわからないけど。
「お願い……しなきゃいけないんだ」
だから、ボクは行くって決めた。どうしたらそれを──奇跡を願う祐一くんの祈りを──叶えてあげられるか知ってたから。
「お願い?」
「そう。お願い。ボクを……ボクの思い出を、ちゃんと幸せなものにするための」
「んに……。じゃあ……」
ボクの言葉に、みちるちゃんが俯いた。なんて続けたかったのかは、もちろんわかる。それを消してしまったのが、不安だってことも。
でも、それは大丈夫なんだ。
「大丈夫っ。きっと叶うよっ」
不安がることなんてないと、キッパリと言った。みちるちゃんを励ますように。みちるちゃんだって、ちゃんと叶えられるって教えてあげるために。
みちるちゃんは、これからなんだ。
これから、お姉さんとお母さんに会いに行くんだ。
ついさっき思い出したことだけど、ボクだって始めは不安だった。祐一くんに会えなかったらどうしようとか、仲良くなれなかったらどうしようとか。
それでも、ボクは幸せを見つけられた。思い出してはもらえなかったけど、でもボクは幸せになれたんだ。
「みちるちゃんだって、幸せになれるんだよっ!」
だからボクは自信がある。みちるちゃんもそうなれるって。
だって、ボクは本当は諦めたんだ。諦めて、商店街で祐一くんにさよならをした。
けれど、今まで戻れなかった。学校で待っていた。幸せを見つけられまで。
だから──幸せになるまでは、そこにいることができる。ボクは、そう思う。みちるちゃんもきっと、って。
「んに。そっか……そだよね。幸せな思い出を、持って帰れるよね」
ボクの言葉を聞いたみちるちゃんが、うんうんと頷いた。
「うん。保証するよ」
両手を口の前で合わせて、その背中をもう少しだけ押してあげた。手からはみ出した羽根が、ひょいんと揺れる。
「にゃははっ」
「あははっ」
そして、二人で笑った。それは、「またね」の代わり。
「それじゃ」
「うん」
最後に短い言葉を交わして、ボクは羽根を挟んだ両手を離す。すると羽根は顔の前にふわりと舞って、だんだん光を強くしていく。
そして──ボクを連れて空に昇り始めた。高い高い場所を目指して。
途中で下を向いて、ボクはみちるちゃんに手を振る。みちるちゃんも、両腕を頭の上でブンブンと大きく振り回して見送ってくれていた。
(良かった──)
そんなみちるちゃんを見て、ほっと一安心した。これならきっと、みちるちゃんは幸せになりに行けるやって。それも、ボクとは違って、最後まで諦めないでいられるって。
そうすれば、きっとあの人ももっと喜んでくれるって。
みちるちゃんの気配が消えたところで、ボクは上を向き直す。
(たい焼き美味しかったし、また祐一くんに会えたんだし、元気なとこ見せられたんだし──)
さっきみちるちゃんに聞かせたことを、心の中でもう一度繰り返した。ボクはほとんど幸せなんだと、今度はボクに教えてあげるために。
(思い出しては──もらえなかったけど、ちゃんとさよならだって言えたんだしっ!)
でも、そのうちの一つには、喉の奥に熱いものが一杯になって胸が苦しかった。それでも、目は閉じない。
だって、本当に嬉しかったんだ。元気にさよならを言えたのは。心配なんてしないで、さよならを言ってもらえたのは。
(だから──)
あと一つだけ幸せにしてくださいと、ボクは願った。
それが叶わなければ、せっかく幸せなことだって全部辛いことに変わっちゃうから。でも叶えば、ボクは本当に──ほとんどじゃなくて丸々──幸せになれるんだ。
だってなにより嬉しかったのは、笑ってる祐一くんにまた会えたことなんだから。
「ボクの願いは──」
口にしたとたん、ボクは一際強い光に包まれた。周りは真っ白──ううん。ちょっと蒼みがかってるかもしれない──で、ボクの前を昇っていた羽根も見えなくなった。
さすがに眩しくなって閉じたら、目蓋の隙間から温かいものが押し出された。
そしてそれは、ボクの足元のを通り越していく。遥か見下ろす、白い街を目指して。
「お願いだよ、鳥さん」
目を閉じたまま、ボクはもう一度お願いした。
その人をなんて呼んだらいいのか、ボクは知らない。だけど、その人が願いを叶える力を持っていることは、良く知ってる。
だって、祐一くんと会えるようにしてくれたんだから。
不思議な力を持つこの羽根を、ボクに貸してくれたんだから。
「私は空から出られないから──」って言って。
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雪が降っていた。
しんしんと、街の音を吸い込むように。
そのうちの一片は、誰の目にも留めることができなかった。
けれど、それを見ることができた人がいたとすれば、きっと不思議に思ったに違いない。
なぜなら、ぼんやりと柔らかく、光を纏っていたのだから。
しかし、それでも知ることはできなかっただろう。
一つの奇跡が、叶えられるのだいうことは。
たった一人の幸せを願った想いが今、届こうとしているのだということは。
千年の昔と変わらぬ光が、空の遠い高みから零れたのだということは。
雪が降っていた。
雪は降っていた。
Fin.
kanon及びAirはKeyの著作です。
Key および Visual Art's は、当方とは一切関わりありません。