「あれ?何をやってるんですか?」
銀色の箱を目に当てている研究員を、開かれていた扉の中に見つけた俺は、不思議に思って声をかけた。
「ん?ああ、君か。写真を撮ってるんだが・・・教わらなかったかい?」
呼びかけられた研究員は、俺の姿を確認するとそう言った。
「しゃ・し・ん・・・ああ、写真ですか。じゃあ、それがカメラってヤツなんですね」
「そうだ。どうだ?やってみるかい?」
「俺が・・・ですか?」
思いもかけない提案に、どう対処すればいいものやらと戸惑う。
「そうとも。・・・ふむ」
そう言って彼は、カメラを持ったまま腕を組んだ。
「あの?」
急に黙り込んでしまった彼を不可解に感じて声をかける。
「ああ。いやね・・・ちょっと待ってくれるかい?」
「ええ。構いませんけど・・・」
俺のその答えを聞いて、彼は手近にあった受話器へと手を伸ばした。
番号まではわからなかったが、三桁の内線番号を押すのが見える。
「・・・で?予定は?・・・・」
話の断片が俺にも聞こえてくる。
「・・・ええ。彼が興味を・・・ええ。・・・はい。では・・・」
受話器が置かれるときに、プラスチック同士がぶつかる音がした。
「待たせたね」
ニコリと微笑みながら、彼は部屋の入り口で立っていた俺のところに戻ってきた。
「いえ。ところで・・・」
「君は明日からテスト・・・だね?」
何の話だったのかを訊ねようとした俺の話は遮られた。
「はい。明日の朝10時に出立予定です」
「うむ。それでだ。これを・・・」
そう言って彼は手にしていたカメラを僕に差し出した。
「これを持って行きなさい」
「え?」
話が呑み込めない。
そんなつもりで声をかけた訳ではない。
「まあ、テストの一環だと思ってくれて良い。ちょっとした試みだ」
「はあ・・・」
気の抜けた返事になってしまった。
カメラとテストがどう結びつくのか良くわからなかった。
「機会を見つけて撮ってみると良い」
「はい」
しかし、何らかの意図があってのことなのだろう。
俺はサンプルとしてデータを提供するまでだ。
「では、使い方を簡単にだが説明するから、学習室へ」
そして彼は部屋を出た。
「はい」
俺も後に続く。
「ああ、そうそう。ちょっと古い機種だから使いにくいかもしれないが、我慢してくれ」
「使い方を聞いてみないとわかりませんが・・・大丈夫だと思います」
「それと、壊れたりなくしたりしてしまっても構わないから、気にせずにどんどん使ってくれ」
「はい」
「興味が持てなければ途中で止めてもらっても構わないが、そのときは日報にでも一言書き添えること」
「わかりました」
「そうだ。始めのうちは撮った日の日報にどんなものを撮ったのか書いてくれるかな?」
「写真を送ったりしなくて構わないのですか?」
「ああ。簡単に書いてくれるだけで良い。もともとさっき急に決まった試みだからな」
「そうですか」
「途中で止めてもというのもそういう訳なのだよ。もっとも、それはそれで興味深いデータなんだがね」
「はぁ・・・」
そんな会話を行いながら、俺はその人と一緒に研究所の廊下を歩いた。
それから一時間半程、彼から写真の撮り方とカメラの使い方を教わることになる。
とはいえ、彼も家族の写真を撮る程度だと言っていたから、テクニックという程のものは教われなかった。
けれどそれが、違う明日への一歩目だということをまだ誰も知らない。
二人の足音は、無機質に廊下に響いていた。