二階から一階にかけての、階段の踊り場。
俯いて梓の話を聞きながら階段を下りてきた私は、昇降口に立つ人の影を見つけた。
下駄箱の向こう側に寄りかかっているその姿は、半分しか見えていない。
けれど・・・。
胸が締め付けられる。
(先・・・輩・・・)
間違うことなど考えられないその背中は、冬の夕日を隠して暗いオレンジ色をしていた。
私を待っていてくれているのだろうか。
ずっと逃げ回って避け続けていたというのに。
(どうして・・・忘れさせてくれないの・・・)
あれから度々電話をくれた。
何度も教室まで来てくれたことも知っている。
そのたびに私は嬉かった。
「ありがとうございます」
何度もそう言って笑いたくなった。
腕の中に飛び込みたくなった。
だから避け続けた。
会いたくないと思うことにした。
怒ることで、嫌いになろうとした。
でも結局、怒るということ自体、好きだからできることだと思い知ることにしかならなかった。
忘れようと頑張れば頑張るほど、その機会は私から失われていった。
気がつくと、学校の中では、いつでも先輩の姿を期待して探すようになっていた。
けれど、もう一度やり直す気にはなれないでいた。
お姉ちゃんと会ったのが偶然だとか、私のためのお見舞いを選んでいたとかいうことはお姉ちゃんに聞いた。
きっとそれが嘘でないことは良くわかった。
長年二人で暮らした姉妹なのだから、嘘をついているかどうかなんてすぐにわかる。
でもだからこそ、先輩がお姉ちゃんに惹かれていってしまうのがわかる。
私ではお姉ちゃんには勝てない。
そのことは、まだ私が先輩と知り合う前にも思い知った。
今思えば、文化祭にお姉ちゃんを呼んだのが失敗だったのかもしれない。
あの時、教室の前に立っていた二人を見て、私は祥平さんのことを思い出してしまった。
お姉ちゃんの隣にいた祥平さんのことを。
気がついたときには、もう遅かったのだ。
私のいないところで、二人は出会ってしまった。
それこそ本当に偶然以外の何物でもないのだろうし、先輩だって私のところに向かってくれている途中だったのだ。
それに、先輩がお姉ちゃんに惹かれていくことを予期できそうなのは、「今になって思えば」だ。
浮かれていたのもあるかもしれないし、ほんの少しの時間がきっかけになるとは思わなかった。
けれど、本当に今になって思えば、先輩がお姉ちゃんを好きになってしまう要素はあった。
(だって・・・似てる・・・よね・・・)
初めて先輩に会ったあのとき、私が真っ先に感じたこと。
それだけとは言いたくないけど、私にとってもきっかけの一つ。
そして逆に、似ている人が同じ人を好きになるのは、不思議でもなんでもないこと。
そこまで気がつく程、私は恋愛の経験が豊富なわけではなかったし、変われる程の時間は流れていない。
お姉ちゃんみたいに上手く泣くことができないでいる。
諦めることもできていないし、嫌いになることもできていない。
好きなまま。
先輩の笑顔を期待しているまま。
チラリと横の梓を見る。
先輩と上手くいかなくなって以来、梓は先輩をなるべく私から遠ざけようとしてくれている。
梓がいなければ、とっくに挫けて先輩の胸に私を押しつけていたと思う。
きっとそうすれば、先輩は受け止めてくれただろう。
そして私は、手を繋ぎながら不安になって、キスを交わしながら不安になって、抱かれながら不安になって。
先輩の姉ちゃんへの想いを邪魔しつづけてしまうのだろう。
自然にいたら惹かれあう二人を、引き裂いてしまうのだろう。
私のせいで、好きな人が二人幸せになれないかもしれない。
昨日の夜も、お姉ちゃんは私を説得しようとしてくれた。
その心遣いはとっても嬉しくて、そして苦しい。
(先輩のこと・・・言われなくたって好きなんだから・・・)
そして、お姉ちゃんのことも。
でも、先輩はお姉ちゃんのことが好き。
それがどうしようもない。
私が、いくら先輩とのことを望んでいたとしても。
「あっ!」
梓の声が聞こえて、隣から人影が階段を下りていった。
先輩がいることに気がついたようだ。
「ちょっと、何しにきたんですか!!」
ゆっくり下りておく私に、その声が刺さるように響いた。