一年生の教室にまで来た俺は、教室の中を覗き込んだ。
その視線の先に、みさきちゃんの姿が触れる。
(よし)
彼女がまだ校内にいたことと、そして梓ちゃんが一緒ではないことを喜ぶ。
(みさきちゃんに聞かれる訳にはいかないからな)
そして、再び梓ちゃんの姿を探す。
が、見当たらない。
一人で帰る・・・ということはないと思う。
俺の知る限りでは、いつも一緒にいるはずだ。
第一、あの状態のみさきちゃんをおいて帰ってしまうのでは、あまりに友達甲斐がなさ過ぎる。
もしそうであるのならば、これから話そうとしていることは、そもそも無意味だ。
「あ、ねえちょっと」
教室から出てきた女の子に声をかける。
「はい?」
女の子があげた驚きの声の大きさに、周囲の注目が集まる。
「しっ」
俺は指を唇に当てて、小さく囁いた。
目の端でみさきちゃんを見る。
みさきちゃんは周りを気にする様子もない。
聞こえていないと言うよりは、むしろ気にする余裕がないといった感じだろうか。
彼女の周りだけ、空気が重くなっているようにも見える。
それだけ落ち込んでいるということなのだろう。
やっぱり何としても、今日は梓ちゃんに話しておかなきゃいけない。
「は、はぁ・・・」
「急にゴメンな。あのさ、梓ちゃんって、まだいるのかな?」
「え?」
「だから、梓・・・」
そこまで言ってから、名前で呼んでしまっていることに気がついた。
とはいえ、苗字は憶えていない。
「へぇ・・・梓ってば・・・」
妙に納得されてしまった。
興味深そうな目で、俺のことを見廻している。
(やっぱりこれは・・・誤解されているよな・・・)
そうも思ったが、いまはそんな余裕はない。
「で?梓ちゃんは?」
誤解ならばさせておけば良い。
今はまず、梓ちゃんを探さなくてはいけない。
「あ、梓ですね。・・・ええと・・・鞄はあるみたいですね・・・。あ、ねえねえ・・・由利・・・」
教室を見回した後、彼女は俺と同じように出てきた女の子に声をかけた。
「・・・」
「・・・」
なにやらコショコショと話している。
由利と呼ばれた子が驚いたような顔をして俺の方を見たところからすると、まあ大体推測できる。
(すまねぇ・・・梓ちゃん・・・)
明日梓ちゃんが教室で受ける仕打ちを思うと、心が重くなった。
「えっとですね・・・。さっき教室から出て行ったみたいです。お手洗いだと思いますんで、もうちょっと待ってあげてくださいね?」
「トイレ?」
「はい。あっちの方に行ったそうですから」
その子が指す方は、確かにトイレがあるはずの方向だった。
そして記憶によれば、そっちにはどこへ続く廊下も階段もない。
「サンキュ」
俺は簡単にお礼を言うと、早足で歩き始めた。
「え?あっ・・・ちょっと・・・」
そんな俺を引き止めようとする声は無視する。
言いたいことはわかる。
トイレの前で待ち伏せというのは、どう考えても良いものではない。
けれども、梓ちゃんと二人で話すにはチャンスだ。
(嫌われるかもしれないけどな・・・)
それはまあ良いと思う。
どちらにせよ、話そうとしていることは、梓ちゃんにとって気持ちの良いものではないだろうし。
梓ちゃんが二人を遠ざけようとしている理由。
俺はそれをわかっている。
そして、俺がわかっていることを梓ちゃんは知っている。
「二人に話をさせてやってくれ」
そう俺から言われるのを、あずさちゃんは良く思わないだろう。
その言葉は、二人の仲を取り持てと梓ちゃんに言っているようなものなのだから。