落ちた視線に、薄くオレンジ色に染まった水面が映る。
その水面を伝って吹く、冬も近い夕方の風が火照った体に気持ち良かった。
両脇に欄干を挟み込んで、私は肩で息をする。
大きく肩を揺らすたび、首のあたりに感じる脈動が次第に小さくなっていくのがわかった。
けれど、心は落ち着かないまま。
落ち着かせようというのが無理な話だ。
(わたし・・・ちゃった・・・)
確かに文化祭の後、ずっとそうしようとは思ってた。
だけどやめようと思ったことも何度もある。
思い切って修理に出した後にも。
自分から祥平君との繋がりを放すなんてと。
けれど、さっき。
私はそのカメラを返してしまった。
勢いでと言えなくはない。
「偶然会ったら返そう」
初めからそのつもりだった。
けれどそれは、逆に言えば会えないかもしれないということに期待を残しているということには気がついていた。
そして私も、それならばそれでも良いと思っていた。
だって、やっぱり返したくないという気持ちはあったのだから。
だから、さっきのあまりにもタイミングの良すぎる偶然がなければ、返す気がなくなったかもしれない。
いや、「かもしれない」と思うということは、きっとそうなることが自分でわかっているから思うことだ。
時間が空けば空くほど、決心は揺らいだと思うから。
(良かった・・・んだよ)
自分に言い聞かせる。
渡すことのできる、唯一ともいえるタイミングだったのだから。
それにあの人に会えたということ自体、十分すぎる程の偶然なのだから。
(これで・・・良かったよね?)
返事がないとわかっているから、口には出さない。
瞼の裏側を見つめながら、祥平君に違う問いをかけた。
そして顔を上げる。
正面からの強い夕日が、瞼越しに紅く見える。
ゆっくりと目を開けた。
眩しさに細いままの私の瞳に、一面紅く染まる空が見えた。
あの日、初めて私があのカメラを持って見た空に、そっくりな紅い空が。
だから私は、大きく息を吸い込んだ。
そして、精一杯の声で叫ぶ。
その空に向かって。
夕日に向かって。
祥平君に向かって。
その言葉は、あの日小さく呟いたのとは反対の言葉。
そして、その時も今も私の本心であること。
「祥平君、好きです!」
言い終わって、私は目を閉じる。
そのまま空を見上げた。
しばらく頬に風を浴びた後、夕日に背を向け欄干に寄りかかった。
オレンジと藍のコントラストが、開いた目に滲む。
(きれい・・・)
くっきりとは見えなかったけど、その光景にそう感じずにはいられなかった。
だから、カメラを返したことをちょっとだけ後悔した。
そして思う。
(やっぱり、カメラ・・・買わなきゃ・・・)
背後からは、川の流れる静かな音が耳に届いていた。
あの日と同じように、その音は続く。
今日も、私の涙をあの夕日に向けて運んでゆく音が。