「ありがとう。みさき、裕樹君」

僕たち二人の祝福の言葉に、茅乃さんが笑顔で答える。

そのドレスは、六月にも関わらずに良く晴れた空の色が映るかと思うぐらい、真っ白に輝いていた。


  「あらためてよろしくね。みさきちゃん」

  「はい。こちらこそよろしくお願いします。お義兄さん」


茅乃さんの隣に立つ男性が、柔らかく微笑みながらみさきちゃんに話しかける。

  「そして・・・裕樹君、だったかな?」

  「はい」


  「今日はありがとう」


  「いえ。こちらこそお招きいただきまして・・・ええと・・・」

  「悠一で良いよ。それとも、君も『お義兄さん』と呼ぶかい?」


呼び方に困った僕に、悠一さんは冗談とも本気とも取れる瞳で言った。

  「それは・・・」

左の方に首を向けて見る。

そこには、さっと目をそらすみさきちゃんがいた。


  「・・・まだダメみたいです」

苦笑いをしながら悠一さんに答える。


  「そうなのかい?みさきちゃん」

  「いたたッ」

その問いかけに返事をしたのは僕だった。

痛みのあった左手をみると、甲にみさきちゃんの指が二本、しっかりとつかまっていた


  「・・・・・・やっぱり『お義兄さん』で良いでしょうか?」

向こうを向いてしまったままなので良くわからなかったけど、なんとなくみさきちゃんが怒っているように思えた僕は、悠一さんに許しを求めた。


  「あいたたたたッ」

けど、それに答えたのもやっぱり僕だった。

今度は、左足の小指と薬指がじんじんと痛む。

見ると、左の方から伸びた薄紫色の靴が、僕の足の上にしっかりと乗っていた。


  「・・・どっちもダメみたいです」

  「ははは。これは悪いことを言ってしまったかな」

  「はい。・・・ったたたたたたたた」

つい正直になってしまった僕に、今度は二箇所から痛みが走る。

しかも、どちらもさっきよりも強く。

そして僕がその痛みの原因から開放されたとき、みさきちゃんは完全に僕に背中を向けてしまっていた。


  「それじゃあ、悠一で呼んでもらえるかな?」

  「そうしてもらえるとありがたいです」

左手の甲をさすりながら、助け舟が出されたことに僕はほっとして声を出す。


  「女心は複雑なのよね?みさき」

  「もうっ。お姉ちゃんまで」

手で笑い声を抑えてながら言った茅乃さんの言葉に、みさきちゃんが不満そうに振り向く気配がした。

  「そうなんだ。大変だよ。僕たち男にはなかなか理解できるものじゃないからな」

  「はぁ」

間の抜けた返事をしてしまった。

自分の心さえも、ようやくおぼろげに感じられるようになった僕にとっては気の遠くなるような話だった。


  「あっ。でも捕まるときは簡単に捕まるものよ?」

  「そのときを見つけるのに苦労したんだよ」

  「悪かったわねっ」

今度は茅乃さんがそっぽを向いてしまった。

  「あの・・・。せっかくこうして結婚したんですから、喧嘩なんかしないでください」

早速夫婦喧嘩が始まりそうな目の前の状況を、早めになだめに入る。


  「あら。そんなんじゃないわよ。ねえ、あなた?」

  「もちろん」

僕の言葉に「へ?」という反応を返して、二人がくすくすと笑い出す。

  「そう・・・なんですか」

やっぱりまだまだ人の心は難しい。

  「これは・・・大変だね」

悠一さんの声に、みさきちゃんが小さく頷いていた。

  「でも、そこが良いところでもあるんですけどね」

  「そうだね」

そんな二人のやり取りを、僕は聞こえないふりをしていた。

鼓動が少し早まっているのがわかる。

そしてこれが、恥ずかしいと嬉しいの複雑に混ざったものであることを僕は知っていた。

みさきちゃんと一緒にいることで憶えた感情。


  「ね、みさき」

茅乃さんの声の方を向くと、いつの間に持ってきたのか銀色のカメラが茅乃さんの手の内にあった。

  (あれ・・・あのカメラどこかで・・・)

見覚えがある。

そういう気がした。


  (ええと・・・)

気になった僕は、記憶をたどって見るが、なかなかその記憶にたどり着かない。

  (ん〜と・・・確か・・・あれは・・・)

  「・・・輩!先輩!」

  「え?ああ、みさきちゃんか」

  「もう。何をぼ〜っとしてたんですか?」

  「え?あ、いやあのカメラが・・・あれ?」

茅乃さんの立っていた方を指差そうとした僕は、そこにその姿がないことに初めて気がついた。

茅乃さんは悠一さんと二人、教会の扉の正面に立とうとしているところだった。


  「カメラって・・・これのことですか?」

  「あれ?いつのまに?」

そう言うみさきちゃんの手に、そのカメラは握られていた。

  「随分とぼ〜としてたんですね。先輩?」

  「そう・・・みたいだ」

  「はい」

ちょっと拗ねたみさきちゃんから、そのカメラを手渡される。

  「え?」

驚いた僕は、改めてみさきちゃんの顔を見た。

  「お姉ちゃんが、写真、撮って欲しいって」


  「僕に?」

  「本当は私が頼まれたんですけど・・・どうも機械は苦手で・・・」

恥ずかしそうに、最後は小さな声になった。

  「でも、僕にだって・・・」

「写真なんて撮ったことがない」と言おうとしたときだった。

どうしてだかわからないけど、そのカメラはとても手になじむ気がした。

もう一度カメラを見る。

今度は横にしたり、ひっくり返したりして全体をくまなく。

そして、ファインダーと呼ばれる部分を覗き込んだ。

そこから見える風景は、どこか懐かしかった。


  (・・・茅乃・・・)

僕の物ではない想いが湧きあがってくるのを感じた。

だから僕は、みさきちゃんに答えた。


  「わかった。撮ってくるね」

そして茅乃さん達の前方に向かって歩き始める。

  「あ、裕樹君。ごめんなさいね」

先に駆け寄ったみさきちゃんから話を聞いた茅乃さんが、僕に言った。

  「じゃあ、撮りますよ〜!」

そう言って、もう一度覗き込んだファインダーからは、幸せそうな茅乃さんと悠一さんが見えた。

僕はシャッターのボタンに手をかける。

そして僕は、二人でそのボタンを押した。


  「チーズ!」

その言葉に二人分の心からの「おめでとう」を込めて。

それがこの写真に写ると良いなと思いながら。

そこに映るもの
Fin


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