「悪かったね、遅くなってしまって」
そこはいつものコンビニエンスストア。
店長が奥の方から持ってきた紙袋をレジに置いた。
「いえ、もっとかかると思ってましたから。メーカーに問い合わせたときもそう言われましたし」
「そうかい。それは良かった」
店長は口元の髭を歪ませて、いつものようにニカッと笑った。
その手提げの紙袋の中にはカメラが入ってる。
文化祭の少し前に、シャッターが故障してしまったカメラ。
「ありがとうございました。無理を聞いていただいてしまって」
「いやいや。たまたまカメラ屋の知り合いがいただけだからね」
「でも、お店とは全然関係ないことなのに・・・」
壊れてしまったのは、文化祭1週間前。
けれど、文化祭への出展ができないことが決まっていた私にとっては、別に特別急いで修理する必要はないと思っていた。
それに、展示しようとするのであれば、もう十分過ぎるほど写真は集まっていた。
あとは撮ったとしても、同じような校舎の写真が増えるだけ。
「そんなことはないさ。こうしてお客様の信頼を得るのだって、商売繁盛の重要な秘訣なんだよ。
それに、私は知り合いに頼んだだけなんだから」
「けど・・・」
「まあ、白倉さんには随分と利用してもらってるから。そのお礼も兼てってことでどうだい?」
「はい。本当にありがとうございした」
私はもう一度深々と頭を下げた。
両手にはしっかりとカメラの入った紙袋が握られている。
修理を急ぐ必要ができたのは、文化祭の後。
けれど、修理に時間がかかることは、故障したときにあちこちと問い合わせたときにわかっていた。
そんなとき、別の用事でたまたま来たコンビニで、「最近現像に来ないね」と店長に聞かれたところからこういうことになった。
何でも、店長の知り合いがカメラ屋をやっていて、たいていのカメラならば修理できるとのことだった。
「それにしても、随分と・・・こう言っては悪いかもしれないが・・・古い型のカメラだって言ってたよ。
それなのにとても大事に扱っているみたいだとも」
「それは・・・」
店長から振られた話題に私は、言い澱んで目をそらした。
正直に言って、私にとってもあんまり楽しい話ではない。
「そうか・・・。訳ありなんだね」
そんな私の様子を見て、店長が口を開いてくれた。
こういう優しさが、私は好きだ。
「・・・はい」
私は小さく頷く。
「うむ。『写真を撮るということは、自分の心を目に見えるようにすることだ』」
「え?」
突然の改まった口調に驚いて、その言葉を聞き返す。
聞き取れなかった訳ではない。
思いもかけない言葉に、とっさに意味が取れなかっただけ。
「あ、いや、これもその友人の言葉なんだけどね。そういうものなのだって」
(写真を撮ることは、心を見えるようにすること・・・)
その言葉を胸の内で復唱する。
「・・・はい。良く・・・わかります。そのこと」
それには、思い当たることがあった。
「きっとそのカメラの持ち主はそう言ってくれるだろうって言ってたよ」
なぜか、さも嬉しそうに店長が微笑む。
「そうですか・・・」
(けれどそれは・・・)
「ああ」
「でも・・・」
ずっと遠回りをしていてしまったこと。
「ん?」
「でも、そんなことありません」
一年も遠回りをして、ようやくわかったこと。
「そうなのかい?」
「だって、それを知ったのは・・・カメラが壊れてからですから」
それは文化祭の日、カメラを直そうと決心をするきっかけが生まれたときだった。