「やっぱり、そう……なんですか?」

あなたの後ろを歩きながら、私は小さな声で呟きました。

もちろん、あなたには聞こえないように。

さっき、私は聞いてしまったのです。

あなたが「舞人」と呼ばれているのを。

その名前には、実は心当たりがあります。

残念ながら、一つだけです。

  (や、これは・・・どうしましょう)

次第に目の奥が熱くなってきたことに、私は困ってしまいました。

や、だって、それは駄目なんです。

泣いては駄目なんです。

あなたから見れば、私が泣く理由なんてどこにもないのですから。

それは、お姉ちゃんにとってもです。

だから、真っ赤な目をした私を見たら、お姉ちゃんはあなたのことを見損なってしまうでしょう。

あなたは何も悪くないというのに。

悪いのは、私だというのに。

そして、せっかく動き始めている想いを、お姉ちゃんは止めてしまうでしょう。

それでは駄目です。

私のせいでそうなってしまうのは、これよりももっと悲しいです。

なので私は、熱くなった目を、そっと瞼で押さえてみることにします。

そうしているうちに、熱さを抑えられるようになることを祈ってです。

あなたとの思い出を、一つ一つ思い出すためにです。

思い出を、心の中であなたに話しかけるためにです。

これが、シャルルマーニュに着くまでの時間が、きっと最後なのですから。

あなたへの想いの。

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    それは舞い散る桜のように SS   『笑顔』
                          〜郁原郁奈〜
                          Written by けもりん

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私にとって、男の人は恐怖の対象でした。

クラスの男の子とも、ほとんど話したことはありませんでした。

別に隣にいて怖いというわけではないのですけど、触れあったり話したりを考えると急に怖くなりました。

どちらかといえば、話す方が怖かったでしょうか。

嫌いなわけではなかったと思います。

友達が楽しそうに男の子と話しているのを見ると、羨ましいと思いました。

お父さんらしい人と手を繋ぐ、私と同じぐらいの年の子を見ると、やっぱり羨ましく思いました。

そして多分、理由が二つであることもわかっていました。

一つは、お父さんのことでした。

私には、お父さんがいません。

それは物心がつく前からです。

や、いるにはいるんですけど、全然覚えていません。

そのために、私はほとんど男の人と話さずに生きていました。

きっと慣れていなかったのだと思います。

男の人と話すことに、接することに。

どうやって良いのかもわかりませんでした。

だから、いざそれをすることになったときには、怖くなってしまっていたのです。

どうしても尻込みしてしまいました。

それと、もう一つのこと。

そっちの方が、お父さんのことよりも大きいと思います。

一時は克服できていたのですから。

クラスの男の子とも、楽しく話せたのですから。

もちろん彼ともです。

彼のことは、大好きだったのですから。

彼がいなくなってしまったとき、あんなにも泣いたのですから。

その後、再び男の人と話すことが怖くなったのですから。

好きになる前よりももっと。


自惚れてしまえば、彼とは少なくとも『友達以上』と揶揄される関係であったと思っています。

私はそれを望んでいましたし、彼も嫌がっているようには見えませんでした。

私と同じように、あまり女の子と話すことのない人だったのに、自分から話しかけてくれたのですから。

たくさん一緒に遊びましたし、一緒に帰ったりもしました。

朝に待ち合わせたことも、何度かありました。

だから、ときどき友達から冷やかされました。

私は否定も肯定もしませんでした。

ただ苦笑いをするだけです。

だって、どちらもできませんでしたから。

肯定は嘘になりましたし、否定はしたくありませんでした。

けれど、まだ私から話しかけたりはできなかったんです。

そんなある日、二人そろって問い詰められました。

  「つきあってるんだろ〜?」

彼の友人の声が、二人に浴びせられました。

そのとき、彼はどちらもしませんでした。

否定も肯定も。

ただ、二人で並んで苦笑いをしました。

それはとても幸せな時間でした。

彼が、私と同じ想いを抱えていると感じましたから。

それからでした。

私からも彼に話しかけたり、遊びに誘ったりし始めたのは。

まだそんなに長いわけではないけれど、私の人生の中で初めての経験でした。

そしてそのうち、彼の友人とも話ができるようになっていきました。

一緒に遊べるようにもなりました。

本当に、本当に少しづつでしたけど、男の人を怖いと思わなくなり始めていました。

それなのに。

そんな日々が崩れたのは、春休みに入る一週間ぐらい前の日です。

確か金曜日だったと思います。

その日の朝も、いつもと変わることもなく学校へ行きました。

そろそろ春休みの約束を彼としようと思いながらです。

  「だんなさん、たんしんふにん なんだって?」

教室に入るなり、そう話しかけられました。

初め意味がわかりませんでした。

旦那さん、単身赴任。

その言葉の意味は知っていました。

けれど、どうしてそれが私に言われるのかがわからなかったのです。

だからきっと、きょとんとしていたのでしょう。

私のその姿は、周りのみんなを驚かすのには十分なようでした。

  「あれ?郁ちゃん知らないの?」

調子の外れた声が、前の黒板の方から声が聞こえました。

友達の声でした。

  「何のこと?」

  「あっ!おい!」

その友達を振り返るのと同時に、後ろから男の子の声がしました。

私にではなく私の向こう側、ちょうど私の視線が向かっていた場所への声。

それは、教室の前扉に姿を見せた彼に対する呼びかけの声でした。

  「や、おはようです♪」

彼の姿を見つけた私は、いつもと同じ朝の挨拶をしました。

自然に心から溢れ出してしまった笑顔と一緒にでした。

けれど、それは彼には届きませんでした。

私の姿を見つけた彼は、そこから逃げるように出て行ってしまったのです。

一瞬だけ合った目を、パッと背けて。

笑顔のままの私を残して。

  「……転校……するんだって」

それが誰の声だったのかは、良くわかりませんでした。

や、そもそも何が起こったのかも理解できないでいましたから。

なので、私は笑顔だったのです。

笑顔が崩せなかったのです。

そのままで、ぼんやりと彼の消えた扉を見続けていたのです。

  「や、そうなんだ・・・」

ゆっくりとそう答えて、私は自分の席に向かいました。

笑顔のまま。

涙に変えることもできないまま。

結局その日、彼は教室には戻ってきませんでした。

土曜日、日曜日。

学校のない二日間がありました。

週が開けて月曜日。

彼は、学校に来ませんでした。

その三日間が、私から笑顔も勇気も取り上げてしまったのです。

彼が来た木曜日の朝に、今度は私が逃げ出してしまいました。

夢中になって逃げました。

本当はお話をしたかったのに。

でも、彼が怖かったのです。

彼と話すのが怖かったのです。

「違うかも知れない」って思っていたかったのでしょう。

彼の話が怖かったのです。

本当の話を突きつけられてしまうのが。

だから、そこがどこかも判らずに街中を走り回りました。

方向音痴の私が、そんなことをしたのです。

結果は火を見るよりも明らかでした。

暗くなった道で途方にくれて歩いている私をお姉ちゃんが見つけてくれたのは、もう次の日になってからでした。

あのお姉ちゃんの顔が、汗でぐちゃぐちゃになってました。

髪の毛も乱れ放題でした。

や、きっとそれがいけなかったんですね。

三月とはいえ、夜はすっかり寒くなっていましたし。

朝ご飯からは何も食べていませんでしたから。

お姉ちゃんを見つけて安心した私は、そのまま意識を失ってしまいました。

気がついたときには、ベッドの上でした。

頭の上に見えたビニールのパックから伸びる管の先についていた針が、腕に刺さっていました。

その手を、お姉ちゃんが握っていてくれました。

お姉ちゃんは制服のままでした。

だから、二日も経っていることには気がつきませんでした。

や、後で聞いたのですが、肺炎になってしまう直前だったらしいのです。

結局、私はそのまま病室で週の終わりを迎えました。

目を真っ赤に腫らしながらでした。

内心、期待していたんです。

お見舞いに来てくれるかもしれないって。

でも、やっぱり来てくれませんでした。

や、学校からも随分離れている病院だってことは知っていました。

子供が一人で来るのは難しい距離です。

それでも、期待していました。

そうでないと「さよなら」も言えないという、切なる願いからでもありました。

もちろん、言いたくなんてありませんでした。

けれど、言わなければならないのであれば、やっぱり言いたかったんです。

だから金曜日の夜、私は必死に起きてました。

「面会時間はとっくに終わってる」という、お姉ちゃんの言うことに耳も貸さずに。

日付が変わってしまっても、短針が真横に傾いても。

当然、そんな時間になってから彼が来ることはありませんでしたけど。

けれど、必死に彼を待っていました。

それしか私にはできませんでした。

退院したのは、週が明けた月曜日。

退院したといっても、まだまだ身体は弱っていました。

大事を取ってと、春休み中は家で休むことになりました。

お医者さんは大丈夫だとは言ってくれてました。

けど、私が「だるい」って言ったんです。

それに、母からも元気がないように見えたのでしょう。

元気がなかったのは当たり前です。

だって、もう彼と会えなくなってしまったんですから。

そんなわけで、お布団に一日中包まっている毎日でした。

涙なんて忘れてしまいました。

や、だって頬にあるのが当たり前になっていたのです。

クラスの人が何度かお見舞いに来てくれました。

けれども、誰かに会う気にはなれませんでした。

全部断りました。

そして新学期。

私はとぼとぼと登校しました。

いっそのことクラス替えでもあってくれれば良かったのに、と思っていました。

そうすれば、一つだけ机が少なくなっていることを思い知らずに済んだはずですから。

一つだけ少なくなった声を、思い知らなくて済んだはずですから。

その日から、また男の人と話せなくなりました。

や、男の人だけじゃないです。

挨拶もすることなく教室に入った私に、「大丈夫?」と話しかけてくれた友達にも、俯いたまま小さく頷いただけでした。

彼とでさえも心が通じなかったのにと思うと、心を開くのが怖かったんです。

お見舞いを断ってしまったのも、今思えば同じ理由からだったと思います。

心を許せる人は、お姉ちゃんだけになっていました。

だから、その分お姉ちゃんとの時間が多くなったのです。

お姉ちゃんの口から、「さくっちさん」の話を聞くことが多くなりました。

とっても楽しかったのを覚えています。

なので、「さくっちさん」に恋をすることにしたのです。

意図的にでした。

や、だって私にとって「さくっちさん」は、お姉ちゃんの話の中だけの存在だったんですから。

新しい恋を始めれば、彼を忘れられるかも知れないと思ったのです。

でも、現実の誰かに恋をすることは私にはできませんでした。

何しろ怖かったのです。

だから、半分は夢の中の「さくっちさん」に恋をすることにしました。

や、私は悪い子です。

お姉ちゃんが「さくっちさん」のことが好きなのは、わかっていましたから。

お姉ちゃん自身は気がついてないみたいでしたけど、「さくっちさん」のことを話すお姉ちゃんの姿は恋する乙女そのものでした。

や、色恋沙汰に関して言えば、私の方が経験豊富だったんですよ。

私には、彼とのことがありましたから。

お姉ちゃんは、ずっと傷ついていたのですから。

自分で「恋なんてできない」なんて言うぐらいに。

その理由は、きっと私が男の人と話すのが怖かったのと同じなのでしょう。

お母さんとお父さんが離婚したとき、私はまだ言葉も満足にしゃべれないほど幼かったです。

でも、お姉ちゃんは物心ついていたはずです。

今の私より、一つか二つ年上だったはずです。

思春期と呼んでしまっても、早すぎることはなかったと思います。

そんなときに、幸せな恋の答えであるはずの二人が別れました。

お姉ちゃんの目の前で。

お姉ちゃんを巻き込んで。

恋なんてしたくなくなるのも当然です。

だから、「さくっちさん」はお姉ちゃんにとって多分初恋でした。

自分の気持ちに気がつけないお姉ちゃんを見ていると、とても微笑ましかったです。

「さくっちさん」に見せてあげたいくらいでした。

や、でも改めて考えてみると、私は本当に悪い子ですね。

それなのに、「さくっちさん」を好きになることにしたのですから。

お姉ちゃんに顔向けできません。

でも、どうせ会うときにはお姉ちゃんの彼氏になっているはずの人だったのですよ。

それまでは、テレビの中の人に恋をしているようなものだと思っていました。

そのときが来たら、あきめられると思っていました。

第一、恋愛の対象としては年齢が非現実的でしたし。

なので、お姉ちゃんには悪いと思いましたけど好きになることにしました。

それに、逆にお姉ちゃんの好きな人だからでもあったんです。

あのお姉ちゃんが好きになる人ならば、私だって信じられると思ったからです。

絶対に良い人だと思いました。

そんな理由もあってか、「さくっちさん」に恋心を抱くようになるまでは、あっというまでした。

そもそも好きになれそうだから恋をしようと思ったのですし、第一お姉ちゃんの話を聞いている限りでは嫌いになる要素なんてありませんでした。

そのおかげでしょう。

桜がすっかり緑色になる頃には、私は笑顔を取り戻すことができました。

まだ人と話すのは怖かったですけど、仲の良かったお友達とは話せるようになっていました。

男の人でも、話しかけられて逃げるようなことはなくなりました。

それは「さくっちさん」のおかげです。

だから、あの日。

あなたのシャツを引っ張れたのは、「さくっちさん」のおかげなんです。

まだ俯いたままの私でしたら、とてもあんなことはできませんでした。

あなたから声をかけられたとしても、きっと逃げてしまっていたでしょう。

私の心を押してくれたのは、「さくっちさん」でした。

や、それと。

これはちょっと恥ずかしいのですけれど、あのとき、期待をしてしまっていたのです。

あなたの姿を見て、私が悪い子であることも忘れてしまいました。

や、だって。

だって。

なんとなく、本当になんとなくですけど。

あなたが「さくっちさん」であるような気がしたのです。

オーラとでも言いましょうか。

私にそう感じさせる何かが、あなたにはありました。

だから、(やっ、やっ)と心の中で掛け声をかけながら、あなたのシャツを引きました。

想いを込めて、あなたのシャツを引きました。

  (やっ、やっ)

何度も引きました。

初めのうちは、頭の中は真っ白だったんです。

緊張と焦りと、そして恐怖でです。

やっぱり怖くはあったんです。

や、だから5分経っても引っ張り続けてたのでしょう。

今思えば、可笑しくなってしまいます。

あなたに道を教えてもらうことだけで、頭が一杯になってしまっていたのです。

でも、そのうち楽しくなって来ました。

なにしろ全然気がついてくれなかったんですから。

無視している様子ではありませんでした。

本当に気がついていないといった感じです。

  (これは、本当に強敵ですね♪)

見上げた先に聳えるあなたの背中を見て、そんな風に思いながら引き続けました。

  (でも、負けませんよ♪)

そんな風にも思いました。

や、ちょっとむきにもなっていました。

だから、『やっ、やっ』と二回づつ、リズム良くシャツを引き続けたのです。

10分経っても、15分経っても、そして20分ぐらい後までも。

声には出しませんでした。

だって、悔しいではないですか。

せっかくそこまで頑張ったのに、声で気づかれるなんて。

それに、寂しいじゃないですか。

気づかれたら、ゲームは終わってしまうのですから。

男の人相手に、心から楽しい気分になれたのは久しぶりでした。

相手が「さくっちさん」ならば、きっと同じようになるだろうと思いました。

けれど、それが本当であったときのことを考えることはしませんでした。

次にあなたに会ったのは、桜花学園の校門の前。

  (や、やっ)

初めて会った日ように、シャツを引っ張りました。

気づいてもらうためです。

偶然ではありませんでした。

私はあなたを待っていました。

それも、速る胸を抑えることができないままでした。

お姉ちゃんに待ち合わせ場所を指定されたときから、待ちわびていました。

お姉ちゃんを探すことは、半分は口実になってました。

  (や、半分だけだったと思います……多分)

お姉ちゃんとの待ち合わせは学園でしたし、約束の時間は過ぎていました。

けれどそれが、あなたに探したことの理由にはならないのは、自分でわかっています。

別に他の人でも良いはずでした。

お姉ちゃんの制服と同じ色のリボンの人に、声をかければ済むことでした。

待ち合わせの時間を過ぎたといっても、大して時間が経っていたわけではありませんでした。

 「用事があるから」と待ち合わせることにしたのですら、それが少し延びていると思えば良かったくらいです。

だから、本当にあなたを探す理由はなかったんです。

ただ、そうしたかった。

シャツを、二回づつ引きたかった。

あなととの時間を過ごしたかった。

だから、私はあなたを探しました。

「さくっちさん」ではなく、あなたを。

雨の中で。

だって、「さくっちさん」を待っているのであれば、それはとても辛いことでしたから。

気がついたのです。

陸橋の上で別れた後、お姉ちゃんに会ったときに。

お姉ちゃんから、「さくっちさん」の話を聞いたときに。

そのときまで、あなたのことをお姉ちゃんに話そうと思っていました。

けれど、私は言葉を飲み込みました。

「さくっちさんに会った」とは言えませんでした。

言いたくありませんでした。

それを私が認めるということは、恋を二つとも失ってしまうことを意味したのですから。

「さくっちさん」への恋と──始まりかけていたかもしれない、あなたへの恋を。

だから、私はあなたを探しました。

あなたが「さくっちさん」でないことを信じて。

私の勘が外れていてくれることを信じて。


                             ◇◇


いつの間にか扉の前に着いていたことに、私は気がつきました。

シャルルマーニュの、です。

あなたがしきりにお店の中を覗いているのは、きっとお姉ちゃんの様子を窺っているのでしょう。

その姿は、やっぱり「さくっちさん」に見えます。

  (できれば否定したかったんですけど・・・)

もう一回閉じた瞼に込める力を、ちょっと強くしてみました。

けど、やっぱり無理みたいです。

あなたは、お姉ちゃんの話そのままなのですから。

私の思い描いていた「さくっちさん」そのままなのですから。

私が好きになった「さくっちさん」そのままなのですから。

仕方ないので、ぐっと押し留めることにします。

もちろん涙を、です。

きっと大丈夫なんです。

だって、今では男の人は怖くありません。

あなたのおかげで立ち直れました。

彼のことからも。

今の私があるのは、あなたのおかげなんです。

あなたと話すうちに、怖くないと思えるようになったんです。

たとえ相手があなたでなくとも、彼でなくとも。

話したりすることや、心を開くことが。

心を惹かれることさえも。

だから、あなたに出会ってから男の人と話せるようになりました。

クラスの男子とも話せるようになりました。

そして知ることができました。

あの日、3月最後の日。

お見舞いに来てくれた人が、クラスの誰でもなかったことを。

その日、まだ彼がこの町にいたということを。

  (だから……私は大丈夫です♪)

彼と私が同じ想いを抱えていたと思えますから。

わかり合えていなかったわけではないと思えますから。

あの一週間、ほんのちょっとの勘違いとすれ違いが、二人の間にできてしまっただけと思えますから。

お互いの離れたくないという想いが、それを生んでしまったのだと思えますから。

  (や、ここはお姉ちゃんに譲らないといけないですよね。可愛い妹としては♪)

だから、あなたをあきらめられると思います。

ちょっと運が悪かったのだと思えますから。

次の恋を見つけてみようと思えますから。

  (悪い子だったんですし♪)

でも、別にあなたのことを好きでなくなるわけではないです。

時間が私の中からあなたのことを消してくれるまでは、好きなままです。

それでも、そのまま恋をすることがあるのを教えてくれたのも、実はあなたです。

だって彼のこと、まだ好きです。

もちろん「さくっちさん」のことも好きです。

そして、あなたのことも。

だから大丈夫です。

  (でも……です)

最後に、私の想いだけは伝えたいと思います。

お姉ちゃんの口から、あなたの名前が出てしまう前に。

「桜井舞人」さんの名前が出てしまう前に。

あなたが「さくっちさん」になってしまう前に。

せっかく目の前にチャンスがあるのですから。

あなたが気を逸らしていてくれているのですから。

だから私は、あなたのシャツを掴みます。

そっとそっと、小さく後ろから。

あなたは絶対に気がつかないでしょう。

なので、ほんの少しだけ頭を前に傾けました。

本当に少しだけです。

そして掴んだシャツを引きました。

もちろん二回。

リズム良くです。

ありったけの「ありがとう」と「好きです」を込めました。

あなたは……やっぱり気がつきませんでした。

でも、それで良いのです。

だって、それでこそあなたです。

気づいてしまうようでは、私の好きなあなたではありませんから。

だから、私から聞こうと心に決めました。

  (『もしかして、桜井舞人さんですか?』)

心の中にその言葉を準備しました。

きっとそれが、心の区切りにもなると思いますから。

逃げてしまうのは、もうやめられるはずですから。

顔を上げて手を離します。

指に残ったシャツの感触を、名残惜しく感じました。

でも、大丈夫です。

  (これからだって、泣いてしまうこともあるでしょうけど)

それでも大丈夫だと思います。

や、だって。


今、私は笑顔です♪


それは舞い散る桜のようにBasiLの著作です。
BasiLは、当方とは一切関わりはありません。
無断転載はご遠慮下さいね♪……念のため。(苦笑