銀色
〜君が望む永遠サイドストーリー〜
〜早瀬水月〜

バタン

背後で扉が閉じた。


もう私が開けるなんてことは無いだろう。

これで良い。

私はそう思う。

そう思い込むことにする。

元々、そうだったのだから。

孝之と遙をくっつけたのは私。

それに・・・

  「天罰も当たったのよ・・・きっと」

既に目尻には涙。泣かないって決めてたのに。


三年前の昨日・・・


孝之が行ってしまった後、私はその場から離れられなかった。

左手の薬指には・・・銀の指輪。

ついさっき孝之が買ってくれた。

私の誕生日プレゼントとして。

良かったのだろうか。

惚けた様に左手を見ながら、そう思っていた。

この指にする指輪の意味を、孝之が知っていたかどうかは疑わしい。

きっと知らないのだろう。

私としては完全なる確信犯。

さすがに孝之でも知っていたら、買ってくれなかったと思う。

たとえ、私がさっきみたいに強請っても。

だって・・・孝之には遙がいるから・・・。

だから騙した。

知ってたとしたら、笑い飛ばせばいい。

冗談だって。

私と孝之の仲ならば、それも出来る筈。

結果的に、孝之は知らなかった。

だから買ってくれた・・・・・・その筈。

そう、その筈。

だから、私が今こうやって指輪を眺めてるのは、おかしい筈なのだ。

だって、これは。

友達への誕生日プレゼントなのだから。

でも。

でも。

もし・・・知ってたのなら・・・?

そんなことを考えてしまう。

私はいけない人だ。

だから、いけないついでにこんなことも思ってしまう。

それがどんなにいけないことか。

どんなに矛盾してることか。

そんなことは分かってる。

だって、遙がいなかったら・・・私と孝之は友達になっていたかも疑わしいのだから。

私にとって、孝之は初めから親友の好きな人だったのだから。

それでも、そう思わずにはいられなかった。

だから思った。

それは私にとって必然だったし、どうしようもなかった。

  「・・・遙なんて・・・」

  「遙なんて・・・いなければ良かったのに・・・」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



迷信なんて信じてなかった。

もちろん今も。

それでも。

天罰なんて考える。

あまりにも・・・、あまりにもタイミングの良すぎる事故。

いや、良いなんて考える物じゃない。

本来はその筈だったのに。

事故の第一報を聞いた私の中は、悲しみだけだったとは言い切れない。

チャンス。

私は心の隅でそう思っていたのかもしれない。

認めたくはない。

だけど・・・。

とにかく遙は・・・いなくなった。

死んでしまったわけではなかったけれども、少なくともまともに愛を語れるようではなくなった。

事故の原因の一端は私にもあった。

孝之が話してくれた。

もちろん、孝之は私の責任だと言うわけもなかった。

けれど、事故の状況を聞く限り、私には無関係でははい。

事故は偶然。

でも、遙が巻き込まれたのは私のせい。

遙の意識は、この・・・左手の指輪と・・・引き替えだった。

そして、事故はあの時間に起こっていた。

私が・・・私が・・・、「遙なんて・・・」と考えていたその時に。

願いは叶ってしまったのだ。

そして、事故から一年。

私と孝之は始まった。

遙をのけ者にして。

順風満帆だった。

信じられないような幸せな日々だった。

いつでも孝之は優しくて。

いつの夜も本当に優しくて。

壊れる事なんて、全く考えられなかった。

このまま結婚。

そうなるんだと思ってた。

つい三週間前。遙の目が覚めるまでは。

孝之との間では、その時にどうするかも予め決めてはいた。

もし、遙が起きたらって。

二人で報告して・・・許して貰うんだって。

許されるのかは分からなかったけど、二人で遙を傷つけるんだって。

もし、遙が目覚めたらそうするんだって。

だから、初めに連絡があったときにはそうするつもりだった。

孝之もそうだったと思う。

あの時の約束は、したときには嘘じゃなかったって。

それには自信がある。

でも約束は、あくまで「もし」の話で。

現実にそうなる事なんて、孝之も・・・そして私も本気で考えていなかったんだと思う。

だから今、こうなった。

そういうこと。

私が歪めてしまったかもしれない・・・、ううん、私が歪めた運命は・・・元に戻ってしまった。

孝之が遙への想いを取り戻すのに、時間はかからなかった。

急速に狂った運命は、直るのもあっという間だった。

本当にあっという間。

朝一緒に目を覚ました時に感じた幸せは、夕方にはなくなって。

一日一日。それどころか・・・瞬間瞬間。

目に見えて分かる位に。

私の気持ちがついて行くことなんて許されなかった。

でも、それでもそれが現実で。

私は、なんとしても追いつかなければならなかった。

孝之が・・・遙を選ぶ前に。遠くない日の前に。・・今日の前に。

だから、私は無理をした。

無理を・・・というよりは無茶だったかもしれない。

いや、もっと正確には「無理をせざるを得なくなるための無茶」をしたのだと思う。

とにかく私はがむしゃらに頑張った。

・・・孝之に嫌われるために。そして、突き放して貰えるように。

そうすれば、無理矢理でも孝之から心を引き剥がさなければならなくなるから。

我が儘を言った。

嫌味を言った。

そして、思い切り甘えた。

べたべたと。

しつこく。際限なく。

ひたすらに求めた。

口も差し出した。

中に求めた。

そんな私は、もう私ではないと思ったから。

孝之の好きな私ではなくなれると思ったから。

苦しかった。とても。

でも、それ以上に苦しかったのは、それでも孝之が嫌ってくれなかったこと。

遙の方を向きながらも、私への想いに苦しんでいたこと。

だから、とても苦しかったけど、とても嬉しくもあった。

初めのうちは、このまま甘えてられれば・・・なんて思ったりもしてた。

そうはいかないなんてことは、分かっていたのに。

そんな迷いがあったからかもしれない。追いつけなくなったのは。

気が付くと、私はもっと無茶をしなければならなくなっていた。

だから、だから。

あの夜を過ごした。

孝之の、そして私と遙の、私たち全員の親友だった慎二君。

彼を・・・迎えた。



カンカン-----

鉄製の階段が乾いた音を立てる。

私は一度だけ彼の部屋を振り返った。

「・・・もぅ・・・最後まで・・・優しいんだから・・・」

結局、嫌われることはなかった。

もしかすると、私のことなんて孝之にはお見通しだったのかもしれない。

孝之は、最後まで優しくて。

さっき私が部屋を出る直前まで、苦しんでいてくれて。

涙をこらえてくれていて。



ポタッポタタッ-----

滴が落ちた。

私は左の手を空にかざす。

薬指の指輪を濡らさないように。

なんだか、泣いているのが孝之にばれるような気がしたから。

泣いているのを知られるわけにはいかなかったから。

  「あはははは・・・・・っ」

笑うことにした。無理に。

  「あはっ・・・あははっ・・・」

悲しかったけど。

辛かったけど。

確かに過ごした二年間は幸せだったから。

涙は止まらなかった。

でも、笑った。

真っ青な空の下で、指輪は銀色に光っていた。

  「そっか・・・」

ふと、思いついた。

あの二年間は、きっとこの指輪がくれたんだって。

だって、あのままだったら、ずっと友達のままだったのだから。

この指輪が、幸せを前借りさせてくれたんだ。きっと。

そんな呪いの指輪なんだって。

天罰なんかじゃなくて、清算なんだって。

迷信・・・だとは思えなかった。

だから、私は決めた。

この指輪は捨てない。

孝之には悪いかもしれないけど。

だって、これは幸せな日々の象徴だから。

だって、これは背負わなければならない十字架なのだから。

私と、孝之と、遙と、慎二君と。

みんながいつの日か、いつの日か元に戻れるまで。

その時まで、私はこの呪いに縛らてれ生きるんだって。

だから、薬指からもはずさない。

ここにあるのが、一番辛いから。



真っ青な空の下で、指輪は銀色に光っている。

そうに違いない。

滲んでよく分からないけれど。

きっと。


君が望む永遠ageの著作です。
ageは、当方とは一切関わりはありません。