啓示
〜FinalFantasyIIサイドストーリー〜
〜ミンウ〜

それは、もうどのくらい前の日のことだっただろうか。

遠い昔のような気もするし、つい昨日のような気もする。

だが、はっきりと瞼の裏にそのときのことは浮かんだ。

  「大丈夫でしょう。強い力を感じます」

王女の心配そうな問いに、私はそう答えたのだった。

  「この魔法陣が生命の力を増幅してくれます」

しかし、付け加えたその言葉は嘘であった。

王女を安心させるための。

しかしそのとき、私にはわかっていた。

彼等が助かるということも。

そして、今このときのことも。

  「そうですか・・・」

  「はい」

  「それでは・・・行きましょう」

そして、魔法陣の中心に横たわっている三人に背を向け、王女の後に続いて出口へと向かった。

  (ついに・・・か・・・)

振り返ることなしに、彼等の姿を思いながら。

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彼等はカシュオーンの若い騎士に連れられて、このアルテアのアジトへやってきた。

いや、連れられてというのは正しくない。

正しくは運ばれてだ。

そのとき、三人は既に意識がなかった。

かろうじて息だけはしている程度。

魔法で傷は治る。

生き返りもする。

だが、それはあくまで生き残るべき定めと意思を持つ者のみだ。

それ以上は私にはどうしようもない。

床に伏せっている王が典型だ。

そして、この三人に限ってはそれ以前の問題だった。

フィン防衛戦の後、アルテアへの撤退。

さらには王の負傷。

私に精神は既に限界であった。

薬品の類も底を尽いている。

騎士たちの中にさえ、軽傷のためにロクな手当てを受けてない者も多い。

  (かわいそうだが・・・)

王女と共に病室に彼等を診に行ったとき、私はそう思った。

そして、私は王女に首を振ろうとしたのだった。

だが、そのとき。

部屋の扉が、音を立てて開かれた。

  「ヒルダ王女!」

部屋に響くその声に、そちらの方を振り向く。

同じように振りかえった王女の後姿の向こうで、鎧姿の若者が手にした杖に身を預けていた。

その顔も鎧も血と泥にまみれている。

杖を持っている方の腕からは出血しているらしく、杖が次第に赤黒く染まっていっている。

もう一方の腕は、根元からだらりと力なく垂れ下がっていた。

  「あなたは・・・」

そう言って一歩前に出ようとする王女を後から制する。

  「カシュオーンの騎士殿とお見受けしますが?この者たちを連れて来られた方でしょうか?」

王女の前に出て問いかけた。

  「はっ。その通りにございます」

  「そうですか・・・。しかし残念ではあるのですが・・・」

治療の余裕がないと言おうとしたときだった。

杖を外した彼が、肩から崩れ落ちた。

石の床と鎧がしたたかに打ち合わさる音が鳴る。

起き上がろうとする彼に手を貸すために、駆け寄ろうとした。

しかし彼はその私を手で制し、頭と右肩で上体を支えた格好で静止した。

そして彼は言った。

  「ご無礼と思いつつ、言上仕ります」

  「フィン王におかれましても傷を召され、騎士団の皆様にも多数の負傷者が出ている中で大変な無理、
   そして非礼なお願いであるとは承知の上にございます」

  「しかし、しかし・・・」

  「その者たちを是非にお救い下さいませ!!」

ガシャン

上体を起こそうとした彼が、再びその場に崩れる。

今度は彼に駆け寄った。

王女も後から続いている。

  「無理をなさるな」

扉を出て、彼の肩に手を触れたときだった。

金属が石の上で引き摺られる音が、背後から聞こえることに気がついた。

  「ミンウ!」

王女の悲痛な声が、私の耳に届く。

振り向く私の目に映ったのは、廊下の向こうで床を這う鎧の男が顔を上げている姿だった。

その彼は、僅かづつこちらに近づいてこようとしている。

それも、左の脚の力のみで。

肩当を床に押し付けながら。

  「我らを治療するならば、その分だけでも彼等に!!」

廊下の先から、顔を上げて彼が叫ぶ。

  「お願いに・・・ございます」

膝元からもそれを願う声。

  「王子の遺志を・・・スコット王子の・・・御遺志を、御請け・・・いただけますよう」

何かをのどに詰まらせたように。

  「伏して、伏して、お願い申し上げます!」

  「スコ・・・ット・・・・・・の?」

咄嗟に見上げた王女の顔から、血の色が抜けていくのが見て取れる。

  「・・・遺志・・・」

目も、焦点を合わせることができなくなっているようだった。

騎士に向けられている視線は、既に虚ろなものになっている。

だが、

  「王女、しっかりなさいませ」

私がそう声をかけようとした時だった。

  「できません」

凛とした声が廊下に響く。

  「申し訳ないですが、それはできません」

強い光が戻った目で、目の前の騎士を見つめている。

  「彼等を貴方たちに託したということは、貴方達の命、それもスコット王子の御遺志なのでしょう?」

そして諭すように言った。

  「だれか!!」

その言葉を聞いて、私は廊下の向こうに声をかける。

  「この二人にできる限りの治療を!」

  「はっ」

慌しくやって来た者に、そう告げた。

  「大丈夫です。ご自分のお体を気にかけますよう」

担架に乗せられた二人に、王女が声をかける。

  「ミンウ・・・」

二人が運ばれていった後、王女が私の名を呼んだ。

その声は低い。

  「王女?」

王女が何を言いたいのかは、表情から読み取れた。

だが、言葉に出していただかねばならない。

王女の命令でなければ、私は彼等の治療をしようとは思わない。

  「彼等も、よろしくお願いします・・・。フィンにとっては、すべきことではないのでしょうけど・・・」

王女の声は震えていた。

手も強く握り締めいているようだった。

そして、気丈に上げた顔には、噛み締められた唇があった。

  「けれど・・・私の、ヒルダの、フィン王女としてではない私の、最後の我儘です」

「わかりました」と私が答える前に、王女は言葉を続けた。

  「御意」

だからそれ以外、私は返す音を持たなかった。



とはいえ、私にも施せる手はほとんど残っていなかった。

先ほどのカシュオーンの騎士たちには、ポーションも効くだろう。

が、眼下に横たわっている三人には、ポーションでは焼け石に水だ。

フェニックスの尾などが残っている訳もない。

せめてハイポーションでもあればと思うが、既に底を尽きている。

そして、王の急変に備えてあるエーテルを使わないことは、王女も同意してくれた。

だから、私は彼等をこの部屋に運んだ。

賭けと言っても良いだろう。

この方法は運命を強くするものなのだから。

もし、彼等が生きるべき運命を強く持っているならば、きっと息を吹き返すだろう。

そうでないならば、どうにもならない。

かといって、他に採るべき方法はなかった。

彼等を囲むようにして、手の平から青い石畳に白い砂を落としていった。

  「・・・我が掌より流れ落つる白き時の導きを示し・・・」

口では言霊を紡ぎながら。

そして六つの頂点を結び終わったとき、私の頭の中でバチッと音がしたのだった。

そう。見えたのだ。

遥か高い天井が、聳え立つ扉が。

私を抱きかかえる彼等の顔が。

だから私は答えたのだ。

王女の問いに。

「強い力を感じます」と。

それが私の運命であるのだから。

私の成すべきことであるのだから。

彼等のために。

そして、その人のために。



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  「・・・・・・」

それが私の最期の言葉となった。

私の体を支えている彼等に聞こえたのかはわからない。

だが、私は確かに口にした。

初めて呼ぶ、その名を。

愛しいと想う人の名を。

ヒルダ、と。


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