〜kanonサイドストーリー〜
〜水瀬名雪〜

  「・・・・・・・・」

チチッチッチチッ・・・・・・。

部屋には無数の目覚し時計の針が時を刻む音が響いている。

いつもならば気にならないはずの音がなぜだか気になった。

  「ふぅ・・・」

ため息をついて時計たちの方を見た。

  「・・・。もう3時半だよ・・・」

隣の部屋からは物音はしない。

  「祐一ってば寝ちゃってる。ひどいよ・・・。私もねむい・・・」

愚痴を言って、私は手元の人形に目をやった。

だいぶ汚れた天使の人形。

これでも見つけたときよりは随分きれいになった。

見つけたときは羽も取れ、ひどい状態だった。

結局のところほとんど作り直しているような感じだった。

直し始めたのは20:00。

もうかれこれ7時間になる。

もちろん普段ならば、もう寝ている時間。

  「今日は徹夜になっちゃうよ・・・。せめて説明してくれれば良いのに・・・」

人形を直してくれとは頼まれたけど、結局この人形が何なのかは教えてもらっていない。

とっても大切な物だって事はわかる。

そうでなければこんな人形を直してくれとは言わないはず。

まして、急いでなんて。

もちろんそれが分かったから、私もこんな時間までやってるのだけど。

最近の祐一の元気のなさも、この人形が関わってるようだし。

でも、思ったよりてこずっているのも確か。

  「もうちょっと早く終わると思ったんだけどな・・・」

仕方ない、と思いながらまた作業を始めた。

あともう少し。朝には出来上がると思う。

  「イチゴサンデー・・・」

ご褒美を夢見てがんばる。

それと・・・祐一の笑顔が見れると思うから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「できたぁ」

最後の糸を止め終わって、思わず声が出た。

  「・・・6時・・・。結局徹夜だったよ・・・。ねむい・・・」

疲労感がどっと押し寄せてくる。

でも、今から寝てしまってはとても起きられなさそう。

朝に祐一に渡してあげたい。

祐一も7時頃には起きてくるだろう。

  「しょうがない。おきておくことにするよ〜」

・・・。

・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

  「はっ!」

  「ふぁいと、だよ」

ねむさに負けそうになる自分を励ます。

  「退屈だと眠くなるよ・・・」

辺りを見回してみる。

机の上にはさっき直し終わったばっかりの天使の人形があった。

真っ黒だった服も新しいものと変えて、

片方取れていた羽と、なくなっていた天使の輪も新しく付け直した。

  「我ながら良い出来だよ〜」

手にとって出来を確かめる。

  「それにしても何なのかな・・・」

祐一の・・・ということはないよね。

さすがに人形を大事に持ってるとは思えないし。

そうするとやっぱり・・・他の人・・・女の子・・・・・・。

しかも大切な・・・。

  「祐一・・・」

  「やっぱり私のことは見てくれないんだね・・・」

  「・・・7年前といっしょだよ・・・」

ポタっ・・・ポタっ・・・

いつの間にか頬を伝っていた雫が人形の顔を濡らしていた。

  「・・・あれっ?あれ?・・・。止まらないよ〜」

左の手で目を拭う。

それでも雫は人形に落ちつづけていた。

  「せっかくきれいになったのに汚れちゃうよ」

わかっていても人形を手放せなかった。

見ていれば見ているほど涙は多くなってくる。

  「・・・ふぁいと・・・、だよ・・・」

いつもの口癖で自分を元気付ける。

でも、無駄だった。

  「祐一・・・。私じゃ・・・」

  「私じゃだめなの・・・・?」

  「どうして・・・」

人形を持った右手に力が入る。

  「こんな人形・・・・・・・・」

右手を思い切り振り上げる。

そして・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・出来なかった。

床にたたきつけようと上げた手をゆっくり下ろす。

  「祐一の・・・大切な・・・物だよね・・・」

胸の前まで持ってきた人形を見る。

そして、やさしく抱きしめた。

  「祐一を・・・幸せにしてあげて・・・。天使さん。それが私のお願いだよ・・・」

そうつぶやいて、そっと机の上においた。



  「朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校に行くよ〜」

隣の部屋から、私の声が聞こえてきた。

  「朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べ・・」

目覚ましの声が止まった。

  「祐一、起きたみたいだよ」

両手で目をこすって涙を拭う。

そして人形を持つと祐一の部屋に向かう。

トントン

ノックをして、部屋に入る。

  「おはよ。祐一。人形できたよ〜」

さっきまでの涙を隠して、出来るだけ明るく言う。

祐一を少しでも元気付けてあげたいから。

  「さんきゅ。今度おごるな」

  「イチゴサンデー」

  「ああ」

  「徹夜だったんだよ〜」

  「いくつでもおごる」

  「うれしいよ〜」

  「目、真っ赤だぞ」

  「徹夜だったんだもん。ねむいよ〜」

徹夜のせいにした。泣いていたのはもちろん秘密。

  「ほんとにサンキュ。それじゃ、出かけるから」

  「うん。行ってらっしゃい。帰りは?」

  「分からない。今日は帰らないかも」

  「わかったよ。お母さんには言っておくから」

  「何から何までありがとな」

  「イチゴサンデーいっぱい食べるよ〜」

  「好きなだけ食え」

  「うん」

  「じゃ、行くぞ」

  「行ってらっしゃい」

・・・・・・・・・・・・・・・。

祐一の背中を見送って、私は部屋に戻った。

ベッドに倒れこむ。

  「きっと帰ってくるよ〜」


小さくそうつぶやいて、目を閉じる。

帰ってきたときに元気に会えるように。


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