「ちょっと雪音、あんたどういうことよ!」
電話口に出るなり、怒鳴り声が聞こえた。
あられだ。
いつかこういう日が来るとは思ってた。
どちらかというと、案外遅かったと思う。
直弥と別れて3ヶ月。
やっとあられの耳に伝わったようだ。
直弥も話してなかったんだとわかった。
別れてからは、話をすることもなくなった。
学科も違うし、たまたま会っても黙ってすれ違うだけ。
彼の方が私を避けてる、そう言う感じ。
「雪音!?聞いてるの?」
受話器が震えるほどの怒声が耳を裂く。
「そんなに大きな声出さなくても、聞こえてるよ」
自分でも素っ気ない口調になってしまったなと感じる。
正直なところ、あられとはこの話をしたくない。
だから、わざわざ私の方から話してもいなかった。
彼の方も同じだったようだ。
「聞こえてるって、あんたねぇ、そうならもう少し反応しなさいよ!」
そういうあられの声の裏にガヤガヤという音が混じる。
携帯電話特有のノイズも入っている。
どうやら、聞いたその場で電話をしてきているみたいだ。
と、いうことは。
(直弥もそこにいるんだ・・・)
気分がさらに憂鬱になる。
別に嫌いになった訳じゃない。
ただ、好きじゃなくなっただけ。
そして、他に好きな人が出来ただけ。
大学に入って1年。
人の気持ちは変わるものだと知っただけ。
「そんなこと言っても・・・」
返事も自然と歯切れが悪くなる。
「どうもこうもないわよ!なんで、なんで別れたりしたの?」
あられの気持ち。
一応は薄々気が付いていた。
それなのに必死に私と彼を繋げようとしてくれた。
自分を犠牲にして。
だから、こんな事になって彼女にも申し訳ないと思ってる。
それでも。
「なんでって・・・、仕方ないじゃない」
仕方がない。
まさにその通りだと思えた。
私の心は、明らかに彼ではない人を求めるようになってしまったのだから。
それは、どうしようもない、仕方のないこと。
わざとそうした訳ではないのだから。
「しかたない・・・って・・・、理由はなんなのよ!理由は!」
やっぱりそう来た。
それを言いたくなかったから、話さなかったのに。
やっぱり後ろめたくはあるんだから。
「それより、どうしたの?急に。別れたのって、ずいぶん前だよ?」
「直弥に聞いたのよ。今日、クラス会で」
「そうなんだ」
やっぱり。
でも、なんで今まで言ってなかったんだろう。
やっぱり、彼もあられには話したくなかったのだろうか。
「そうよ。それで、理由は何?」
「彼から聞けばいいじゃない。そこにいるんでしょ?後ろ、騒がしいよ?」
そうしてくれるとありがたい。
悪く言われるかもしれないけれど。
「聞いたわよ。でも、直弥、ただ別れたって言うだけで理由は答えないの」
「そうなんだ。でも、別れたことは言ったんだね・・・」
「聞き出したのよ!私が。雪音のこと聞いたらあいつ、歯切れが悪い返事したから」
「ん・・・」
(自分から言った訳ではないんだ)
なんだか少しほっとした。
どうしてだかはわからない。
「いいの?それで。あんなに頑張ったんじゃない!」
「仕方なかったんだよ」
「知ってる?あの風花っていう女、あなた達と同じ大学入ってるんだってよ?」
「そうなんだ・・・。会ったことないなぁ・・・」
「それに、直弥と同じ学科なんだってよ?追いかけてきたって、そう言ったんだってよ?」
「へえ・・・すごいね」
「すごいって、雪音、あなた」
「別に構わないじゃない。私にはもう関係ないんだし」
「関係ない・・・って・・・。本当にいいの?」
「うん・・・。別に、構わないんじゃないかな」
「それ、本気で言ってるの?私が話しつけてあげるよ?」
「話つける・・・って、何の?」
「よりを戻すことに決まってるじゃない!なに言ってるのよ、雪音」
「え・・・?よ・・・り?って、あられ?なに言ってるの?」
「私から考え直すように言ってあげるって言ってるの!アイツってばもう・・・」
「・・・あられ、もしかして聞いてないの?」
「なにを?」
「そっか、直弥君、それも言ってないんだね」
「は?」
訳がわからない、あられはそんな様子だ。
「あのね、別れようって言ったの、私の方なんだよ」
「はい?ちょっと、雪音?」
「だからね、そんな話、しなくていいんだよ」
「・・・・・・」
「うん。そうなの。私の方が振ったんだから」
「・・・・・・」
「だからね、心配ならしなくて大丈夫だよ」
「・・・・・・」
「・・・彼、元気?」
「・・・元気よ。元気すぎるぐらいに」
あられの声が硬い。
「そう。よかった。立ち直ってくれたんだ」
「・・・どうしてよ」
「え?」
「・・・どうして別れようなんて言ったのよ!どうして!?」
「言いたくない・・・っていうのは・・・駄目かな?」
無駄だとは思う。でも聞いてみる。
「当たり前じゃない!言いなさいよ!」
「彼から聞いたら?私が良いよって言ってたって言えば話してくれると思うけど・・・」
「・・・そうね。でも、私はあなたから聞きたい。どうしても。聞きたくなったの」
「でも、私は言いたくないな」
「なんで?言いなさいよ。そうじゃなきゃ・・・絶交するよ?」
「・・・聞いてもきっとそう言うよ?」
あられの言葉にため息交じりで答える。
別れたときから一応の覚悟はしてたつもり。
でも、やっぱりそれは避けたいと思う。
「いいから、いいから言いなさいよ!」
「・・・・・・好きな人・・・・・・」
「え?」
「好きな人、出来たの」
「・・・・・・」
「だから、仕方なかったの」
「・・・・・・」
「あられには悪いと思ってる」
「・・・・・・」
「ね?絶交したくなったでしょ?」
「だれよ?どんな人なのよ」
怒気、ううん、寧ろ呆れてるという感じのあられの声。
「柏木君。あられも知ってるよね?彼も同じ大学なの。今は私と同じクラス」
「柏木・・・って、アイツか。なんでなの?」
「なんでって言われても・・・」
「あんなに二人好き合ってたじゃない。付け入る隙もないぐらい」
「でも、好きになっちゃったんだから」
「あの3ヶ月は何だったのよぅ・・・」
あられの声に涙が混じる。
「あのね、あられ?」
「・・・なによぅ・・・」
「今思えばね、その3ヶ月がいけなかったかなって」
「・・・・・・」
返事はない。
「もともと、長く付き合ってた訳でもなかったし」
「むしろ、外的要因によって劇的に関係が変化したことで、急に、私たちの意志とは不釣合いに想いすぎた・・・」
「ちょっと違うかもしれないけど、そんな感じ。あの3ヶ月間、無理をしすぎてた感じがするの」
「うん、そうだね。3ヶ月間、無理に好きだって言う気持ちを保ち続けてたんじゃないかって思うの」
「引っ越す前、彼に『大丈夫』って言い続けた。引っ越した後も」
「それはね、きっと私が自分に言い聞かせ続けてたんだと思う」
「そうすることで、彼を好きだって言うことを意識的に思うことで、彼を好きだった」
「だからなのかな、同じ大学に入って、一年経って。好きだって言うことを意識する必要がなくなって」
「そうしたら、いつの間にか、気持ちが薄れてた」
「もちろん、初めのうちは幸せで一杯だったんだけどね」
「やっとお互いに色々と話せるようになっていったし」
「でもやっぱり、頑張らなくて良くなって・・・」
「夢から醒めた・・・、そんな感じになったの」
「・・・・・・」
あられはずっと黙ったまま。
私の言っていることを少しはわかってくれているのだろうか。
不安。
でも、話すしかないと思えた。
そういう私も、言葉に出すことを考えて、心が初めて形になってきた感じがしていた。
だから、話したいと思った。
私だって、彼と別れて何とも思ってない訳ではない。
どこか心に引っかかる物があった。
話せば自分の中から、そのもやもやしたものを追い出せると思った。
「柏木君を好きな理由はね、良くは分からない」
「でも、彼と一緒にいると嬉しいの。恋人だからとか、そう言うこととは関係なしに」
「だから好きだって。そう思ったの」
「好きだと思うから好きなのではなくて、嬉しいから好きだと思ったの」
返事はない。
「直弥君のこと、好きだった。好きだと思ってた。でも、嬉しいのは柏木君だった」
「それに気が付いたの。だから、だから別れたの」
「これが多分、私の本当の気持ち。自分でもやっとまとまったって言う感じだし、直弥君にも言ってないんだけどね」
「そうだな・・・」
え?
急に男の人の声。
聞き間違えようもない。たとえ別れたって。
直弥君。
「直弥・・・くん・・・?どう・・・して・・・?」
「悪いな、あられに無理矢理変わって貰った」
良く聞けば、電話の向こうであられが「かえせー」と騒いでいるのが聞こえる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ごめん・・・ね・・・」
沈黙の後、思わず私の口から出た言葉。
「それは、何に対して?別れたこと?」
「ううん。いままで理由、話してなかったこと」
「そうだな」
「別れたことは、悪かったとは思ってるけど、謝るつもりはないよ」
「そうみたいだな」
「好きじゃなくなったから。それはどうしようもないことだと思うから」
「ああ」
穏やかな返答が続く。
「好きじゃないまま付き合うなんて、好きじゃないまま抱かれるんて、そんなこと私には出来ないから」
「俺も、そんなことして欲しくはないしな」
「そう言ってくれると、気が楽になるよ」
「できれば好きなままでいて欲しかったんだけどな」
「そうだったら良かったね。お互いすれ違うときに苦しい思いもしなくて済んだのにね」
「ああ」
「ところで、どこから聞いてたの?」
「3ヶ月がいけなかったとか言う辺りから」
「じゃあ、ほとんど全部だね」
「そうか」
「別れた時にはハッキリしてなかった部分も多いんだよ」
「それにしても・・・、うまくいかないものだな・・・」
「え・・・?」
「俺は、あの3ヶ月間、雪音・・・おっと白坂さんのがいいか」
「いいよ、雪音で」
「じゃあ、雪音って、今は呼ぶな」
「うん」
「あの3ヶ月間な、雪音のこと好きだった。でも、それが雪音じゃなきゃいけなかったかは良く分からなかったんだ」
黙って聞く。彼の話を。
「雪音を雪音として好きなんじゃなくて、彼女だから好きって思ってたかもしれない」
「いや、雪音を好きって思ってたけど、それが本当にそうなのか確認してなかったんだと思う」
「それに気付いたのは、あのクリスマスの後なんだけど」
「もちろん、初めに付き合いたいって言った時にはちゃんと雪音のことが好きだった」
「それは自信を持っていえる」
「それが、付き合い始めて、転校して、離ればなれになって」
「そうこうしているうちに、雪音じゃなくて彼女、彼女としての雪音ってことな、のことを好きと思うようになっていってたのかも」
「好きでいなくちゃいけない、無意識にそう思っていたのかもしれないな」
「まあ、今思えばだけどな」
「私と似てるね」
「ああ、そうだな。でもな、それに気が付いたのは雪音のことが本当に好きだって、そう気が付いたからなんだけどな」
「雪音が目を覚ましてくれたとき、いや、違うな。雪の中、高見湯沢の駅に来てくれたとき」
「あはは・・・。あれは行ったって言って良いのかな」
「事実はどうあれ、俺にとっては来てくれていたよ」
「うん・・・」
「で、その時な、雪音がいてくれたことが本当に嬉しかった。次の日の朝は参ったけど」
「だから、雪音が目を覚ましてくれたときも本当に嬉しかったし、雪音のこと、本当に好きだったんだって気が付いた」
「だから、その後、大学に入って、一年経って。本当に嬉しかった。雪音が隣にいることが。ちゃんと向き合えることが」
「むしろ、そこからどんどん嬉しく感じるようになっていった」
「ようやく雪音と本当の意味で好き合う関係になれたんじゃないかなと思ってた」
「・・・・・・」
言葉が出ない。
何処でどう食い違ったんだろう。
私が彼から離れていっているとき、彼の心は私に向かってきていてくれた。
「だから、やっぱり『別れよう』って言われたときはショックだったよ」
「しばらくはなにも手につかなかったしな」
「俺にとっては突然だったし、雪音、『好きな人できた』としか言わなかったし」
「それは・・・ごめんね・・・」
「いや、まあ、今のを聞いて仕方なかったと思える。少なくとも今は」
「ありがとう・・・」
「許せるかどうかは別として、だけどな」
「やっぱり、そうだよね」
「ああ」
「ところで、風花さんとはどうなの?あられが何とかって言ってたけど」
「藤野が?ったくアイツしょうがねえな・・・」
「・・・ごめん。私が聞くことじゃないよね」
「いや、別にそれは構わないんだが・・・。あ、風花・・・な、今はそう呼んでる」
「それじゃあ・・・」
「ああ。付き合ってる。昨日からな。まだ藤野には言ってないけど」
「そうなんだ。・・・おめでとう・・・って言って良いのかな?」
「ちょっと複雑だけどな。まあ、良いんじゃないか?」
「私の方のことは知ってる?」
「知ってると言うか、学校で見かけたよ。二人で楽しそうに歩いてるの。付き合ってるんだろ?」
「うん・・・」
「さすがに祝福する気にはなれないけどな」
「さすがにそれは仕方ないよね」
「わかってくれるとありがたい」
「ね、もし、もしもね、あの3ヶ月がなかったとしたらね、今でも二人、幸せだったかな・・・」
「・・・随分と今更だな・・・」
「・・・そうだね・・・」
しまった。
昔みたいに話しているからだろうか、つい口が滑った。
彼にとって決して気持ちのいい話ではないはずなのに。
「・・・わからないな・・・」
「え?」
ちょっと意外な答えに思わず聞き返す。
「もしもの話だしな。なってみないことにはわからない。とは言っても、もう無理だけど」
「わからない・・・か・・・。そうだよね・・・。今の状況だってなってみて始めてわかるんだからね・・・」
「でも」
「でも?」
「少なくとも、今と同じことにはなってないんじゃないか?それが幸せか・・・良いか悪いかは別としても」
「どっちにしても、違う二人がいるってことね」
「ああ。今の今が良いのか悪いのか、幸せなのかそうじゃないのか。それだって後から考えないとわからないしな」
「そうだね・・・。あ、でもね」
「ん?」
「今考えるとね。あの3ヶ月は・・・、ううん、直弥君と付き合った日々は、私にとって幸せな日々だったよ」
「そうか・・・」
「うん」
「俺も・・・幸せだったよ・・・」
「・・・うん」
なんだか暖かい空気が流れた。
きっと、あのときにこういう話ができていたら違う今があるんだろうと思う。
もちろん、今となってはどうしようもないこと。
すでに昔のこと。
「悪いな、なんだか長々話しちゃって」
「ううん。こちらこそごめんね」
「じゃあ、あられに変わるから」
「うん」
「あ、そうそう。藤野には俺から言っておくから、変わらずに仲良くしてやってくれよな」
「もちろん。直弥君もね」
「ああ。俺たち同士は友達って訳にはいかないけどな。悪いけど」
「ううん。悪いのは私の方だから。それじゃ、明日からはあられの共通の友達ってことで」
「そうだな。・・・しかし、本当にうまくいかないものだな・・・」
「あ、もう一つ聞かせてくれる?」
「なに?」
「どうして今まであられに言ってなかったの?」
「別れたこと?」
「うん。それと、私が切り出したってこと」
「・・・認めたくなかったからだよ。やり直せれば言う必要もないだろうと思ったから。」
「あ・・・」
「それと、藤野とは友達でいたいし、雪音と藤野も友達でいてほしいからな」
「・・・・・・」
「まあ、今日は聞かれるだろうとは思ってたけどな。だから自分で区切りをつけるためにも風花と付き合うことにしてきたんだけどな」
「ありがと・・・」
「ん?」
「実を言うと怖かったんだ。あられに何て伝わってるか。でも、これで自分で話せる」
「そうか・・・」
「うん。だから、あられに聞かれても何も言わないでね。必ず私から言うから」
「わかった。俺のほうも風花とのこと、自分で言うから教えないでおいてくれよな」
「うん」
「じゃ、藤野に変わるな」
「うん」
彼の気配が電話の向こうから離れる。
昔、あの3ヶ月間、電話を切るときのような悲しさはない。
でも、少し寂しい。
それは、彼との会話が終わるからではなくて、彼と過ごした日々に完全に区切りがついてしまうから。
ただの過去へのノスタルジー。
「・・・雪音・・・」
「あられ?」
「また、あとで電話する。言いたくないのなら、直弥から聞き出すことにするけど」
「ううん。私から言う。言わせて?」
「そう。それならそうする」
「でもね、ゆっくり話したいの。だから、また後で、帰ってから連絡して欲しいな」
「ああ。じゃあ、また後で」
「うん。それじゃ・・・」
「悪かったな」
携帯のボタンを押すなり直弥に話し掛けられた。
「別にいいさ。雪音も怒ってないみたいだしな」
「それは良かった。それとさ」
「あ?」
「ありがとな。おかげでゆっくり話できたし、理由もちゃんと聞けた」
「私はまだ聞いてないけどな」
憮然とした風な口調で言う。
「ああ。それは雪・・・白坂から聞いてくれ。自分で話したがってたから」
「そうだな。そう言ってた」
「でも、その前にな、藤野にいっておきたいことがある」
「え・・・?」
少し。
ほんの少しだけ。
私は期待した。
きっと今の電話で雪音との区切りはついてる、そう思ったから。
それならば、私にだって・・・
「まずな、白坂と俺のこと」
「うん」
「もう二人の間では了承済みなんだ。割り切れてる。だから、いまさら白坂と喧嘩なんてしないでくれ」
「するつもりはねぇよ」
「ほんとだな?」
「決まってんだろ?喧嘩してどうするんだよ」
「頼むぞ」
「しかし、おまえってお人よしだなぁ。振られた彼女のこと心配するなんて」
「別にそういう訳じゃない」
「そうか?」
「そうだ。それともう一つ、金城、いや、風花のことなんだけどな」
「え?」
風花?
金城・・・を言い直した?
もしかして・・・
「風花とな、昨日から付き合ってる」
「・・・・・・」
言葉が出ない。
声にならない。
「おまえには、友達でいて欲しかったから。白坂とも友達でいて欲しいから」
「ちょっとまてよ、それって・・・」
ガチンと何かで頭を殴られたような衝撃。
「区切りをつけておきたかった。それから藤野に会いたかった」
「なん・・だよ、それ・・・」
「白坂が悪いわけじゃない。全部俺の我侭だ。白坂を悪く思わないでくれよな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「はぁ・・・。ったくしょうがねえなあ・・・。そうしといてやるよ」
しばらくの沈黙の後、ため息混じりに答える。
「ああ。サンキュな」
「一応、聞いといていいか?」
「何をだ?」
「金城のこと、好きなんだろ?」
「ああ」
「やっぱり、私が先に言ってても駄目だったんだよな?」
「悪いけどな。きっと断ってる」
「ん。わかった。それだけだ」
「すまねえ」
「あ〜あ、それじゃ私も彼氏作るとするかな〜」
「当てでもあるのか?」
「内緒だ。付き合い始めたら教えてやる」
「楽しみにしてるぞ」
「誰でも文句言うなよ?」
「言えた義理じゃない」
「ま、そりゃそうだ」
「で?当てがあるのか?」
「一応はな。昨日オファーがあったんだよ。今日会う前にって」
「今日会う?」
「そ。大体わかるだろ?誰だか」
「・・・篤・・・。いや、聞かないでおこう。報告がつまらなくなる」
「そうしてくれ。変な迷いがでなくてすむ。うまくいってからのお楽しみだ」
「オファーがあったんだろ?後は藤野次第じゃないか。まんざらでもないんだろ?」
「まあ・・・な。気心の知れた相手だしな」
「いつか6人で会おうや」
「そうなると良いな」
「なるさ、きっと」
「さて、じゃあ、返事、してくるな。うまくいくように祈っててくれ」
「どじ踏むなよ?」
「わかってるって」
「どうだか」
「おまえほどじゃないさ」
「言ってくれるじゃん」
「ははは。じゃあ、また後で」
「おう」
直弥の返事を聞いて背を向ける。
ちょっとだけこぼれかけた涙を押し込める。
ため息を一つ。
続いて深呼吸。
前を向く。
篤志を探す。
そして、私はゆっくりと歩き出した。
彼に向かって。
「ありがとう」と返事をするために。