たった今書き終えた手紙に目を通す。
机の上に置かれた封筒に宛先は無い。
宛名は、杜浦直弥様。
住所は知らない。
直弥は幼馴染。昔の。
小学校の低学年頃、私が引っ越してから会っていない。
連絡をとることもない。
だから、今どこに住んでいるのかも何をしているのかも不明。
生きてはいると思うけど。
<お久しぶり。おぼえてる?おぼえてるよね?成瀬だよ。>
<元気してる?私は相変わらず元気。>
何の変哲も無い書き出し。そして続く近況。
そして・・・
<あの時の約束・・・忘れちゃった?>
子供の頃の、他愛の無い約束。
・・・大きくなったら、結婚しようね・・・
そこから、素直になる自分。
<・・・会いたいな〜、なんて・・・>
<よければ、今度会わない?>
読まれる事がないと分かってるから書ける言葉。
でも、本心。
「ん・・・」
目を通し終わって、封筒に入れる。
そして、いつも通り机の中にしまう。
ここ―認識学力研究所―にやってきて5年。
こんなことを何回か繰り返した。
机の引出しには出せる筈もなかった手紙が束になっている。
宛名は、全部直弥。
私に力―予知夢―が有るのが分かったのは、小学校の高学年。
引っ越してからしばらくしてだった。
それ以来、私は一人だった。
初めはみんなもてはやしてくれた。
でも、結局怖がって私から離れていく。
クラスメートも友達も。
お父さんと、お母さんも一緒。
そんなこんなで私はこの研究所に預けられた。
要するに厄介払い。
この認識学力研究所とは、世間一般に言う超能力を本気で科学的に研究しているらしい。
その後、何人かの同じぐらいの年の人たちが来た。
みんな何らかの力を持っている。
研究員兼御守り役の依子さんが言うには、どの力も結局は同じ原理みたい。
なんでも、現実世界へのフィードバック効果とか何とかって言ってた。
私には難しいことは良くわからない。
研究のほうもいまいち進んでいないらしい。
結局のんびりとした生活が続いている。
もう、研究員の人たちともだいぶ顔見知りになった。
所長の青砥さんが力に理解ある人だけに、研究所の人たちは恐がったりしない。
研究の対象というよりは、患者的な扱いだ。
不自由もない。
他のみんなとも友達になった。
でも・・・本当に心を許せていない気がする。
それはみんなも同じ。
触れられたくない経験が有るみたいだ。
だから・・・ここに来てから直弥に会いたいと強く思うようになった。
私にとって、幸せだった頃の人。
あの頃の思い出を共有できる人。
力のなかった頃の人。
力を知ったらどうなるか分からないけど、不思議と理解してくれる様な気がする。
今の私が、唯一心を許せそうな人。
他愛のない結婚の約束も、今では本気で叶うといいと思っている。
トントン―
「成瀬ー。私。入るよ?」
不意のノックが私を現実に引き戻した。
慌てて、引出しを机に押し込む。
「いいよ。珠季」
珠季は私より2年ほど遅く入ってきた。
年が同じせいもあり、一番中がいい友達だ。
話してはくれないが、彼女もだいぶつらい経験をしてきているのだろうと感じる。
「成瀬、聞いた?次の日曜日に新しい人が来るらしいよ。いま、依子さんから聞いたんだけど」
「ほんと?久しぶりね。このところいなかったしね」
「あー、かっこいい男の子だと良いなー」
「珠季ってば。それが目的なの?」
「ん〜。ここって出会い少ないじゃない。年の近い男って彰人しかいないし」
「まあね。でも彰人君て珠季に興味が有りそうにしてるように見えるけど」
「えー」
「それに、彰人君ってそれなりにかっこいいと思うけど?」
「うー」
「付き合っちゃえば?」
「でも・・・、たにしマニアよ?私より、たにしの方に興味がありそうだし」
「あはは・・・。それがなければねぇ・・・」
「そうよ。それがなければ考えてもいいんだけどねぇ・・・。やっぱり今度来る人に期待しよ」
「男の子なんだ、新しい人って」
「ううん。分からない。依子さんもそこまで教えてくれなかったし。でも、期待するだけは勝手でしょ」
「それはそうだね。私も期待しようかな」
「え?成瀬?だめよ。かっこよかったら私の。かっこよくなかったら譲ってあげる」
「え〜?珠季の意地悪」
「ま、かっこいいにしろ悪いにしろ日曜になれば判るわね」
「そうだね」
「じゃ、そういうことで。私はそろそろ部屋にもどるね。おやすみ」
「おやすみ、珠季。明日は寝坊しないでね」
「うー。しないわよ」
パタン
そう音を立てて珠季が出て行った。
「そっか、新しい人来るんだ・・・」
直弥だったらいいな・・・。
そんなこと、あるわけもないだろうけど。
「期待、するだけは勝手だよね・・・」
ふぅ・・・とため息をついた。
目を上げて時計を見ると、もう11時を回っている。
私もそろそろ寝ることにする。
パジャマに着替えて、ベッドにもぐりこんだ。
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夢を見た。
研究所の廊下で、依子さんにつれられた直弥と会う夢。
次の日曜日。
直弥は昔とほとんど変っていない。
一目で直弥だとわかった。
「直弥っ!」
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話し掛けたところで、目がさめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
夢の内容を思い出してみる。
「・・・・・・・・直弥・・・・・・・。次の日曜日・・・」
ハッキリと覚えている・・・。
こういうときは・・・力の発現した時が多い・・・。
「うそ・・・」
心の奥がドキンと跳ねた
日曜日。
私は玄関前の廊下で待っていた。
彼が、直弥がやって来るのを・・・。
心臓はもう暴れまわっている。
あの夢を見た日から、落ち着かない日々が続いている。
授業もうわのそら、食事も喉を通らない。
期待で一杯で。
夢のことは誰にも言ってない。
本当は依子さん達には言わなきゃいけないんだけど。
言ったら冷やかされそうだし、それに・・・夢で終わってしまいそうになる気がしたから。
そんなことを考えながら、私は待った。
そして・・・しばらくして依子さんが戻ってきた。
新しい人・・・、直弥をつれて。
そして・・・
「直弥っ!」
私は彼に声をかけた。