「おい、ちょっと待て、おまえ、何処に行くつもりだ!!!」
「大丈夫だから心配しないで!シド兄貴」
「大丈夫ってなぁ、っておい、リューク!!」
「設計図!!!命より大切なモノだって兄貴言ってたじゃんか!取ってくるよ」
「そりゃそうだが、大体は頭に入ってるし、なにより時間がねえ。いいから戻れ、リューク!!!」
「大丈夫だって。兄貴は船を用意しておいて!すぐ飛べるように!!」
「おい!!!!リューク!!!おい!!!」
俺に声を無視するように、リュークは街の方へと走って行った。
「ったく、アイツは」
こうなったら仕方がない。
あいつが戻ってきたらすぐに出発できるようにするまでだ。
俺は飛空船の動力を解放する。
太陽の炎は順調に燃えている。
「燃焼機関、問題なし」
次は動力を少しづつ駆動部に伝える。
ひゅひゅひゅひょひゅひゅひゅふ・・・・
頭上で羽根が旋回する音が始まる。
「駆動機関、異常なし」
方向舵を切る。
いつもの重さだ。
後ろの方でバタン、バタンと音もする。
「航行機関、O.K.」
全てにおいて問題なし。
そりゃそうだ。
こいつは俺の自慢の飛空船だ。
世界に一隻、俺だけの船だ。
どんな日だって手入れを欠かしたことなんてありはしない。
さすがにあの憎たらしい帝国の大戦艦にとっつかまった時には出来なかったが。
あれは俺の一生の不覚だ。
「浮上する!」
(あいあいさー)
いつも返ってくる声は無い。
ひゅふふふふふふふふ・・・・・・・・
頭上の音が次第に高くなると共に、ゆっくりと船が浮き上がり始めた。
その時。
グラッ・・・ギシシシ・・・・・
船が横に流された。
横風だ。
とは言っても、こんなこと滅多にあるもんじゃない。
リュークの野郎が練習しているならばともかく、今舵を握っているのはこのシド様だ。
確かに浮上時の横風にはちょっと弱いが、俺が舵を握っている限りどんな急発進の時だって流された記憶はない。
「ちっ。もうそんなに影響があるのかよ!」
影響。
俺が眺めた先には、巨大な竜巻が渦を巻いていた。
今しがた突如としてアルテアの方角に現れた竜巻だ。
俺の記憶の限り、この辺りで竜巻が起こったことなんて聞いたことがない。
親父の代も、その前も、さらにその前の前も。
「っのクソ皇帝め!」
そう。
その竜巻は皇帝の魔力によるモノだと言うのがもっぱらの噂だ。
俺もそう思う。
というより、それしか考えられない。
現れた竜巻は、あっという間にアルテア、ガデア、パルムを飲み込んで一直線にこのポフトに向かって来ている。
その早さも尋常じゃない。
いや、普通の竜巻の早さを知っているわけではないが、この飛空船もかくやの勢いで近づいてきている。
幸いこの町の人間は、この飛空船でフィンの城に避難させられる。
船底には全員とはいかなかったが女子供を中心に町の奴らが乗っている。
男衆は足で逃げたが・・・、多分ダメだ。
そして、おそらくは竜巻が破壊してきたアルテアもガデアもパルムも。
全滅だろう。
仕方がない。
時間的にもこれが精一杯だ。
そもそもあの竜巻の前じゃあ、フィンの城だって気休めにしかならないかもしれない。
「あの野郎めが!なにグズグズやってやがるんでぇ!!!」
悪態をつく。
もちろんリュークのことだ。
そうこうしているうちにも、竜巻の姿はぐんぐんと大きくなっている。
当然、風の勢いもどんどん強くなる。
地上1メートルぐらいのところで待機しているが、船体を安定に保っているのが大分難しくなってきている。
遅い。
いや、逆だ。
速すぎる。
リュークが遅いのではない。
竜巻のスピードが速すぎる。
ぎしししししし・・・・・・
船体が鳴る。
羽根の風切り音にも異音が混ざり始めている。
「っきしょぅ・・・」
もうそろそろ限界・・・・、そう思った時だった。
遠くに影が見えた。
「あーにーきー」
声も微かに聞こえる。
「リューーク!!」
「シードーあーにーきー」
間違いない。
リュークだ。
姿も声も次第に大きくなっている。
俺は船を街の方に向けた。
どのみち、もう着陸している余裕はない。
このまま縄梯子で捕まえる。
そう考えてリュークの側で船を泊める。
錨は降ろせるわけもない。
「リューク!早く上がれ!!」
縄梯子を降ろす。
風はかなり強い。
限界だ。
一刻も早く飛び立たなければ船体がもたなくなる。
「兄貴。あったぜ!!!」
縄梯子を上がってきたリュークが片手を手摺りに掛ける。
そして得意顔で反対の手に持った羊皮紙の束を差し出す。
飛空船の設計図だ。
それと、
「こいつも探してたら遅くなっちゃった」
取扱説明書。
操縦の教科書でもある。
リュークが練習するときにいつも渡してやってるやつだ。
俺はそれらをリュークからもぎ取って、飛ばされないように腰に括りつけた。
そしてリュークに言う。
「そんなことより、早く上がってこい!!すぐに出発するぞ!!!」
「あいあいさー」
リュークの声が俺の耳に届く。
その瞬間だった。
ドン
そういう音と共に、船体が大きく傾く。
今までにない強さの突風だ。
横と言うより、下から突き上げるような突風。
俺も跳ね飛ばされる。
(しまった)
そう思うやいなや、思い切り羽根柱に叩きつけられた。
バキバキィ
そんな音が体の中で音がするのがなぜか判った。
痛い。
いや、むしろ重い。
そんな感覚が体中を突き抜ける。
意識が遠のきかける。
そんな意識を目に映ったモノが引き戻した。
「・・・・・・・」
何か叫んでいるようだった。
しかし、それは聞こえない。
俺の耳がバカになってしまったのか、それとも風にかき消されているのか。
空と一緒にリュークの姿が見えた。
(リューーーク!!!!!)
叫ぼうとした。
が、声が出ない。
代わりにでてくるのは、真っ赤な液体。
それと、ゴボッという音。
ズッシリとした重さ。
(ちっっきしょうっっ)
目から涙が溢れる。
悔しい。
何よりもそれが大きかった。
あいつを、いつも「兄貴」と慕ってくれたリュークを。
俺は守ることもできなかった。
しかも、この飛空船に手を掛けていたにも関わらずに。
頬が熱い。
体中が痛みを感じることもできなくなっていたにも関わらず。
何故か頬に熱さを感じた。
そして、手を腰に伸ばす。
(あった・・・あったぞ。リューク!)
そこで手に触れたもの。
それは羊皮紙の束。
リュークの命。
だとしたら。
(俺のやることは一つだ)
頭に三人の顔が浮かぶ。
いけ好かない優男。
そいつに想いを寄せる美しい娘。
その二人を守るようにいる朴念仁な大男。
(そのためにも・・・)
必死に体を左に向けて動かす。
確認するまでもない。
これは俺が作った船だ。
舵はすぐそこにある。
これならば這ってでも行ける。
幸い・・・いやこんな時に幸いと言って良いものだろうか。
船は水平を保てている。
「・・・・・・っ」
舵にしがみつく。
最後の力を振り絞る。
(こ・・・・の・・・。言う・・・ことを聞きやがれ・・・!)
体に鞭打って、飛空船を一気に上空に引きあげる。
急に掛かった力に、意識が悲鳴を上げる。
(ま・・・だ・・・まだ・・・!)
気合いで意識を保つ。
ここで力つきては、リュークに合わせる顔がない。
できるだけ船を町から離す。
きゅひぃ・・・きゅひぃ・・・きゅひぃ・・・
羽根が嫌な音を立てて廻っている。
船体の軋む音も激しい。
(おまえも頑張れっ!このやろう!)
船を叱咤する。
(壊れるんじゃねぇぞ・・・)
もう、直してやれる人間はいない。
いや、設計図があれば何とかなるかもしれないが時間がかかる。
それじゃあ意味がない。
(すぐに仕事が待ってるんだからよ!)
祈るような気持ちで船を操る。
いつもは祈るなんてバカらしいことはしない。
祈ったところでどうなるものでもない。
神様は何もしてくれない。
そんなものいるのかどうかも疑わしい。
俺はいつもそう思ってきた。
信じていられるのは自分の技術と、そしてこの船だけ。
だから祈ったりなんかしてこなかった。
でも今は違う。
(なんとしてでも、やつらに残さなきゃならねぇんだ)
正直なところ、船がもつ自信はなかった。
それでも何とかしなくちゃならなかった。
意識とも戦いながら俺は舵を握った。
そして、
ひゅふふふふふふふふ・・・・・・・・
風を抜けた。
しばらくして竜巻はフィンの方へ向きを変えた。
あらかた街を破壊したのだろう。
迫ってきたのと同じ勢いで遠のいて行く。
ポフトの街が跡形もなくなっているのが見える。
とにかく一安心だ。
と、そのとたんに意識が遠くなり始める。
緊張の糸が切れてしまったのだろう。
(もう・・・すこし・・・)
俺は頭を舵に打ち付けた。
何とか意識が戻ってくる。
(悪いがフィンまでは無理そうなんでな・・・・)
ポフトの街の側に降ろしておけば何とかなる。
あとはフィンのやつらに任せておけばいい。
むろん、フィンが無事ならばだが。
そして俺は船を着陸態勢に入らせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次に目が覚めたのは・・・どこだか判らなかった。
知らない天井。
(死んだか?)
それにしては体が・・・あるみたいだ。
感覚は良く分からないが。
少なくとも、元気な体ではない。
「よう。生きてるかい?」
しばらくして目の前に顔が出てきた。
黒い頭巾のようなものを被っている。
「おっと、しゃべらなくて良いぜ。俺はポールっていうんだ。ま、世界一の大泥棒だ」
ポール?
聞いたことのあるようなないような名前だ。
「ここはな、フィンの俺の家だ。酷い怪我だったんでな・・・」
「船・・・。俺の船は・・・」
身の上話を聞いても仕方がない。
ポールの言葉を遮るように掠れた声を出す。
「あんたシドだろ?話にゃあ聞いてるぜ。心配するな、船は大丈夫だ。動かせないんで見た目にはだがな」
「・・・そうか」
「ああ、それとな、腰に括りつけてあった紙な、そこの机の上に置いてあるからな」
よし。
それさえあれば何とかなる。
「・・・すまねぇ」
「なあに、良いってことよ。だから、安心しろ」
「・・ああ。もう・・・一つ・・・」
「ん?」
「フリオ・・ニー・・・ぐっ・・・」
ごふっ
血が口から吹き出してきた。
「おっと、しゃべるな。しゃべるな。フリオニールか?わかった。探してきてやる。待ってろ」
「・・・・・・」
無言で頷く。
いや、声は出せなかった。
そして目を閉じる。
(遅れたりしたら許さねえぞ・・・フリオニール)
瞼の奥にリュークの顔が浮かぶ。
(リュークとは違うからな。許してやらねえぞ)
ごふっ
また血が溢れてくる。
(早く来やがっれってんだ。ちくしょうめ)
意識も少しずつ遠くなっていく。
今度は、もうどうしようもない。
自分の体だ。
(遅れたりしたら一生恨んでやる)
その時、
バタンッ
扉が勢いよく開く音がした。
そして喧しい足音。
(やっと来やがったな。待たせやがって)
文句を思い浮かべながら力を振り絞る。
やつらに弱いところを見せる訳にはいかない。
(あの船を、俺とリュークの命を。粗末に使われるわけにはいかないからな)
俺はベッドから体を起こした。
そして部屋の入り口に向かう。
「シド!」
廊下の向こうの方からは嫌な声が聞こえてきた。
俺は、壁に寄りかかってその声を待つことにした。