≪──はいは〜い。こちらオペラさんです≫ その呼び掛けは、本当に思いもしませんでした。 いえ、確かに緊急事態ということでは、あってもおかしくはないかもしれないです。今、この学園に起こってるのは、それこそ小規模ながら滅界戦争と同じと言っても良いぐらいの事態です。収束のしかたを誤ってしまえば、過言ではなく第二次の滅界戦争が起こってしまうでしょう。 でも、かといって── ≪どちらさまでしょう……ってことはないですよねぇ。バリアリーフせんせ?≫ ≪当たり前です。それとも、他にもこれを使える者がいるとでも?≫ よりにもよってこんな状況でだなんて、まったく相変わらず怖いもの知らずです。 ≪いるわけないじゃないですかー。そもそも、知ってるのだってほんの数人ですよ──だからこそ秘密も保たれている訳ですし≫ ≪確かに、ウルル様も知らないくらいですものね≫ ≪ええ、モチロン。この不肖オペラ、どんなことがあってもこれだけは墓場まで持っていくつもりですから。特にウルルさまのお耳には、その耳に入り込んででも阻止してみせます≫ ≪今回の騒動からすれば、それが賢明ですわね≫ 魔族の秘密兵器である魔剣と、神族のカウンター兵器であるノートさま。今の状況を引き起こした二つに三つ目がないなんて、世界のバランスを保つ上ではあり得ません。もちろんそれが、既に明るみに出ているどちらかのものであることなど、さらにあり得る訳もないです。 ≪万が一があっても、ウルルさまに責任を負わせるわけにいきませんから≫ そうです。これはあの魔法を得意とする神族さえも未だなし得ていないテレパシー、それも視線の通らない遠隔した他者間での完全なる意志疎通です。ともすれば戦略的に硬直化し各個撃破されてしまいがちな、竜族の特性。それを最大限発揮させる戦闘指揮を可能にするために開発され、滅界戦争でも一部試験的に運用された──まさしく竜族の隠し球の言えるものなのです。 その効果は── ≪確かに、二つ名が本来ならば貴女にも付けられるべきだと分かれば、魔族も黙ってはくれませんね。しかもそれが個人に依存した能力でなく、量産可能な魔法具によるものとなればなおのこと≫ 『デモン・ハント』の名が今でも魔族に語り継がれるほどには、実証できています。 ≪いえ、あの、結局そこは未完成のままなのですが……≫ それが公に使われることにならなかったのは、主にあくまで若手開発者の個人研究による成果であったためでした。より具体的には、 ≪あら。そんなもの、いつでも解消できたのではなくって──貴女さえその気になっていれば?≫ 私、オペラ=ハウスの。 ≪お褒めの言葉は嬉しいのですが、それほど簡単なことじゃないんですよ。まだまだ他にも解決しないといけない問題も山積みですし。対象者の身体に埋め込まないといけないところとか≫ ≪なにを今更。あれだけ私を操ってくれた貴女のことです、いつか今回みたいな状況が起こることを予想して、完全に隠しておけるようにワザとそうしたんではなくって? 竜鱗の銀月──オペラ=ハウス?≫ ≪いえいえいえいえ。その名前はバリアリーフが一人で勝手に付けて呼んでるだけですから。それはまあ、フォンさまの完全な逆パターンではありますけれど≫ 竜族の子でありながらも魔族として生まれたフォンさまの『竜魔の紅刃』。それとは逆に私は、竜族として生まれながらも父親である神族の能力の方を大きく──そんじょそこらの神族の方よりは遥かに強く──受け継いだのでした。 ですから回復魔法も使えますし、魔法の研究への適性も抜群だったのです。もっとも、行使に際してちゃんと威力を出すためには、肉体的な竜族の特徴を隠す必要があるのですが。 ≪重すぎる二つ名を一人で背負わされる私の気持ちを汲んでくれても良いのではなくって? 真に贈られるべきは、貴女だというのに≫ ≪バリアリーフの活躍のおかげで、こうしてウルルさまのお側役を拝命することができましたので、それだけで十分です♪≫ ≪まあ、その辺はまた今度責め立ててるとして──≫ ≪──なにが、ありましたか?≫ 私の軽いノリに付き合うようにしていた声に急に重みが増したように感じるのは、きっと気のせいではないのでしょう。 そう。絶対に公にはできないと決めたこの能力を、よりにもよって恐れた事態のまっただ中で使う以上、それは重大事態が発生した以外の何物でもないはずです。それこそ、バレてしまう危険性を考慮に入れてた上でも伝えなければならない程の。 ≪そちらの状況はどうです?≫ ≪一通り片付いた……といったところですね。そろそろ養護室に戻ろうかと相談してたところです≫ ≪そうですか。それは良かったですが……だとすれば、生徒ヴェルのことは知りませんね?≫ ≪ヴェルさま、ですか? ええ。養護室で白鷺さまが──≫ そこまで考えて、しまったと気づきました。ヴェルさまならば、白鷺さまを危険にさらすまいと一芝居打つ可能性を考えておくべきでした。よくよく考えれば、フォンさまも一緒です。 ≪その生徒ヴェルとは、先ほど西塔への渡り廊下で会いました。良い眼をしていましたが……貴女の見立てとしては?≫ ≪西塔、ですか……≫ 西塔──。 そちらにヴェルさまが迷いなく向かっているというのであれば、ノートさまが大聖堂にいると考えて間違いはないでしょう。どうやって知ったのかは分かりませんが──いえ、そうではありませんね。可能性は、一つしか考えられません。 ≪その様子からしますと、決して望ましくはないのですね?≫ ≪はい、恐らくは……。相性もありますが……それ以上にノートさまの覚悟が強すぎるかと≫ ≪そうですか……。ですが、今したいのは、その話ではありません≫ ≪──ですね≫ より一層真剣味を増したバリアリーフの言葉に次があることは、先に予想できていました。 極秘回線を使うほどの重要事項と、ヴェルさまの行動。その二つを結びつけるのは、ただ一つしかあり得ません。 ≪その後、生徒アミア=ルゥムが現れました。一人です≫ その名前は、今回の事件には欠かせないはずの、そして今の今まで表に現れていない彼女のものでした。 ≪はい≫ どういうことか分かっているという意味を込めて、短く返します。 彼女──アミアさまは、今回の事件においては、ある意味で最も重要な人物です。もちろん単純に戦力のバランスを左右するだけの戦闘力をお持ちですし、神族にしても魔族にしても、ノートさまの妹である彼女は何かを企てるためのための理由になれてしまいます。 そして、それ以上に。 事件後を考えれば、この騒動を第二次滅界戦争の発端としないための鍵になるはずです──ノートさま亡きあとの神界第一王女、それもルアンさまの立場までもが危うい状況での。 ただ、まだ足りません。一人でということは、過激な神族の先頭に立っても、怒りに満ちた魔族に捕らえられもいないということでしょう。そのどちらもが最悪の状況であることを思えば、バリアリーフが保護できる現状に緊急性は思い当たりません。 だとすれば、あと考えられるのは、アミアさま自身に何か起こってしまったことです。 ≪そのアミア様に、何か?≫ 初めてこちらから聞き返しながらも、頭はもうある一つの可能性を導きだしていました。 ノートさまとアミアさま、神界の今後と、白鷺さまにヴェルさま。そこから考えられるのは、最も容易に予想できたはずの、前の2つに匹敵し得る最悪の事態です。 そして── ≪まるで生徒ヴェルが去るのを待つかのようにして、でした。それも──とてもあの生徒アミア=ルゥムとは思えない、暗く沈んだ様相で≫ 当たって欲しくないという期待を抱くことができたのは、ほんの一瞬だけでした。 ≪そう……ですか≫ 後悔というよりも、悪い方向に限って転がろうとする世界へのやっかみを、周りのウルルさまたちに気づかれないように苦々しく噛みます。 しかも、 (きっとアミアさまは──) そんなまだ推測でしかない理由をバリアリーフに伝えようかと迷った私の耳に届いたのは、 『学園内にいるすべての方々に、改めて通告します』 よりにもよって、ノートさまの二度目の最後通牒なのでした。