2002/03/22
「・・・今、君たちの目の前には、大いなる未来が・・・」
正面のステージ上では、学長が祝いの言葉を言っている。
小・中・高、そして大学。
僕にとっては四回目の卒業式。
そしてそれは、四年間という小学校についで二番目に長い時を過ごした場所からの卒業式。
けれども、
(どうしてだろう・・・)
僕は不思議な感覚に囚われていた。
違和感と言っても良いかもしれない。
時間が無感動に過ぎて行く。
卒業式だというのに、何の感慨も沸いてこない。
これまで経験した卒業式では、涙を抑えるのに必死だった時もあった。
それが叶わなかったときもあった。
確かにこれまでと比べて、知らない人の割合は遥かに多い。
小学校・中学校は、学年全ての人の顔と名前は一致したし、高校にしても少なくとも半分はわかった。
それに対して、今日ここにいる人たちはほとんど知らない人だ。
同じ学科の中でも記憶にないような人もいる。
他の学科の人なんて知らない人がほとんどだ。
とは言え、友達の数を考えれば大差はない筈だ。
逆に住む場所が遠くなる友達は多い。
割合的に少ないとはいえ、理由としては不十分に思えた。
それに恐らくは、僕の人生の中で最後の卒業式。
自分自身の心とはいっても、完全に把握できている訳ではないとは思っている。
(歳の所為だろうか・・・)
この四年間で、僕の心も随分と硬くなってしまったのだろうか。
そうは思いたくない。
もちろん自分としては、そんなことはないと思っている。
四年間の思い出を思い浮かべてみる。
入学して・・・サークルにも入った。
入学式の時に知り合った友達と一緒に入ったサークル。
始めはあまり乗り気ではなかったけれど、二年になる頃にはすっかり楽しんでいた。
その友達は、もちろん今も友達だ。
学籍番号順に並んでいるから、二十人ほど後ろにいる筈だ。
サークルで学園祭にも出店した。
あんな馬鹿騒ぎなんて、今後することがあるのだろうかと思う。
別の友人と講義をサボって遊びに行ったりもした。
良く代返を人に頼んだものだ。
逆も多かったけど。
そして・・これはあまり思い出したくないけれど、卒業論文。
最後の追い込みの一週間、学校に泊り込んだ。
しかも二徹と三徹が一回づつ。
確かに苦しかったし、何度もやめようと思った。
けれど、終わった今となっては良い思い出だ。
パートナーとは良く喧嘩まがいの議論をした。
無事に合格したときには、ゼミの仲間と朝まで飲んだ。
思い出は一杯ある。
それも、大学でしか作れないような思い出が。
「校歌斉唱」
色々と考えて込んでいた僕を取り残して、式は進んでいた。
ステージ横の式次第を見ると、これが最後のようだ。
この後は、他の部屋で学位記を貰うことになっている。
祝辞の数々は耳にすら残っていない。
もっとも、それは今回に限ったことではないけれど。
祝辞なんてそんなものだ。
まともに聴く人なんて、ほんの一握り。
残念ながら僕はその一握りには入ってないし、そもそも一握りいるのかどうかも疑わしい。
祝辞を言う人も、それをわかっているのか当り障りのない祝辞ばかりだ・・・と思う。
伴奏が司会―どこかの学科の教授だろうか―の人の声に続く。
歌詞はうろ覚え。
何とか記憶の奥から引き出しながら歌う。
やはり特別な思いは湧かない。
校歌を歌う機会というのも、四年間でほとんどなかった。
それでも毎年の大学祭の閉会式では、知らない人と肩を組んで歌った。
思い入れがないわけではない。
高校の時だって、そんな程度だった。
(何か・・・足りない気がするんだよなぁ・・・)
それが何かは良くわからない。
でもやっぱり、歳と共に失った何かなのだろう。
認めたくはなかったけれど、他に理由は思いつかない。
(嫌な人間になったものだ)
自分に少し悲しくなる。
このままもっと歳を重ねた時のことを考えると心が沈む。
(・・・式の最中だというのに・・・)
そんなことを考えていた自分に呆れる。
そして、そんな内に式は終わった。
「ん〜」
会場の外に出た僕は、学位記を手に伸びをする。
見上げる空は真っ青。
天気は上々。
皮肉なことに、卒業式としては初めて晴れの卒業式だ。
「さて、何処にいるかな・・・?」
混みあった会場内で落ち合えなかった友達に連絡を取ろうと、胸のポケットに入れてあった携帯電話を取り出す。
そして、式の間は切ってあった電源を入れた。
友達の番号を探して、メモリーを探る。
チャッチャララ〜♪
着信を知らせるメロディーが流れ出す。
「おや?今日は仕事だって言ってたのに?」
ディスプレイに映った名前は、『鎌田里美』。
去年の年末にあったクラス会をきっかけにして付き合い始めた。
高校生の頃、彼女に片想いをしていた。
いや、正確には片想いをしていたと思っていた。
それが思い違いだとわかったのがクラス会だった。
里美は短大を卒業して、一足先に社会人になっている。
今日は仕事で来られないと言っていた筈だった。
さすがにまだ終業の時間には早い。
「よう!里美?どうしたの?仕事だって言ってなかったけ?」
友達は後回しにして、とりあえず電話にでる。
「あ、直哉?卒業おめでと!何とか早めに抜けさせてもらったんだよ」
「そうなんだ」
「うん!でね、お花を持ってきたんだけど・・・今何処かな?もう出て来てる?」
「来てくれたんだ。ありがと。え〜っとね・・・今ちょうど出たところだから正面出口の前なんだけど・・・」
「ん〜。あ、見つけた。やっほ〜!こっちこっち」
その場であたりを見回す。
少し離れた場所で大きく手を振っている里美を見つけた。
僕もそれに答えるように大きく手を振る。
「見つけたよ。そっち行くね」
「わかった」
彼女の言葉に答えて電話を切る。
パタン
小走りに近寄ってくる彼女の姿を見ながら、手元で携帯電話が閉じる音を聞いた。
「そうか・・・」
そしてその時。
僕は理解した。
違和感の理由を。
彼女の向こうに青空が見えた。
雲ひとつない。
(良かった・・・)
良い天気であることを、初めて嬉しく思った。
この記念すべき日が晴れであることに。
だって、今回は失わなくて良いのだから。