ゴールデンウィーク

2002/05/04

  「え・・・?」

携帯電話から聞こえてきた言葉に、僕は言葉を失った。

  「ええと・・・でも・・・」

  「わかってます。先輩に恋人がいるのは」

彼女――児玉諒子――の声は強い。

その言葉に、想いの強さを感じる。

  「ご迷惑だとは思ってます。でも、チャレンジはしたかったんです」

  「割り切ったつもりだったんですけど、会えなくなったらやっぱり寂しくて」

黙ったままの僕に、彼女の独白が続く。

まったく気が付いていなかったわけではない。

大学のサークルの後輩である彼女は、僕が在学している頃から良く懐いてくれていた。

けれど、彼女がサークルに入ってきたとき、僕には既に恋人と呼べる人がいた。

大西綾子。

この春、お互いに大学を卒業し、別々の会社に就職した。

当時、つきあって3年目になろうとしていた僕らは、すっかり安定したカップルだった。

周囲もそれを認めていたほどだ。

僕としては、他の人を考える気にはなっていなかったし、なれなかった。

そんな僕の態度を知ってか、アプローチを受けることもなかった。

もっとも、もともと僕はそういうことが多い方では決してなかったのだが。

初めの頃は不慣れな僕にもわかるようなアプローチをかけてきた児玉さんも、秋口になる頃にはそういった態度をとらないようになっていた。

結局そのまま何事もなく、僕と綾子はあくる春に卒業した。

  「結婚式には呼べよな」

サークルの仲間からは、卒業式にそうからかわれた。

それから一ヶ月あまり、綾子とはおおむね順調につきあっている。

そんなゴールデンウィークの初日。

その日に児玉さんからの電話がかかってきたのだった。

  「お暇でしたら二人でどこか行きませんか?」

彼女の話を要約するとそういうことだった。

要約とはいっても、ほとんどそのままストレートに彼女は提案してきた。

彼女らしいといえば彼女らしいと思う。

僕としては好感が持てるタイプの女の子だと思う。

見た目としても、可愛いといってよい方に入ると思う。

それに、想いを告げられて悪い気がするものでもない。

綾子がいなければ児玉さんとつきあっていたかもれない。

いや、その可能性は非常に強かっただろう。

とはいえ、僕には綾子がいた。

そして今も。

だから、即座に「ごめんね」と言ってしまって良かったはずだ。

本来ならば。

それなのに、迷っている自分がわかる。

理由は自分でわかっている。

連休中の予定が入っていないこと。

だから僕は、

  「少し考えさせてもらって良いかな?」

そう児玉に告げ、電話を切ったのだった。


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  「ったく。どういうつもりだよ。綾子は・・」

4月21日日曜日午後2時23分。

電話を終えた僕は、さっきまで話していた相手に向かって悪態をついた。

幸いにも、双方とも大学からさほど離れていない会社に就職ができ、遠距離恋愛ということは避けられた。

とはいえ、さすがに学生時代ほど頻繁に会えるわけでない。

しかも、彼女の休みが水・日という変則的な週休二日のために、なかなかデートの日程が取れないでいる。

日曜日は二人とも休みなのだが、まだなれていない会社勤めに彼女が休息を取りたがっていた。

だからこそ、来週からのゴールデンウィークには二人でどこか遊びに行こうと考えていた。

「大学の友達と一緒に京都に行くんだ!」

それは4月の初めのこと。

綾子が僕に言ったこと。

僕が予定を相談しようとするその前に、綾子は予定を決めてきた。

5月の3日から5日まで。

2泊3日の予定の京都旅行。

聞けば卒業前からの約束があったらしい。

何でも京都の寺社建築を見に行く旅行だそうだ。

建築学科の仲間で行くということだった。

  「仕方ないな・・・」

それが僕の答えだった。

先に入っていた予定があるのならば仕方ない。

残念なことは残念だ。

出来れば二人でどこか泊りがけで旅行にでも行けたらと思っていたのだが、綾子の方が日程的にも金銭的にもつらくなりそうだった。

まあそれならば、ゴールデンウィークの前半に近くに遊びに行こうということになっていた。

それなのに。

  「来週、どうする?」

  「来週?」

  「連休。遊びに行こうっていってたよね?」
 
  「あー。ごめん。お父さんとお母さんが来ることになっちゃって・・・」

  「え?」

  「案内しなきゃいけなくなっちゃったんだよね・・・」

  「三連休、三日とも?」

  「うん」

  「じゃあ、6日は?空いてる?」

  「空いてはいるけど・・・疲れるから嫌」

  「・・・・・・」

  「仕方ないじゃん。今週になって急に来るって言いだしたんだから・・・」

  「・・・わかった・・・」

  「ごめんね。また今度遊びに行こっ」

  「それじゃ」

  「うん。じゃあね」

そして僕は、受話器を投げ捨てるように置いたのだった。

仕方ない。

それはわからなくはない。

親が出てくるというのに、案内をしないわけには行かないだろう。

それに、出てくるなとは言いにくいだろう。

もちろん、僕も一緒にというわけにも行かないだろう。

確かに、一緒にと言われる方が困ってしまう。

だけど・・・。


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  (わかった時点で連絡してくれても良いじゃないか)

  (日程を空けようとする努力も見られないし)

  (第一、もっと残念がってくれても良いと思うんだけど・・・)

それ以来、そんな不満を抱えている。

もともと学生時代から綾子はそういうところがあった。

いつでも会えるから後回し。

関係が安定してからは、そういう風に考えるところもあったし、学生時代は実際にいつでも会えたから別に気にはならなかった。

でも、最近はそうではなくなってきた。

会いたいのに会えない日々が続いている。

この後だって、ゴールデンウィークを逃したらいつ会えるかもわからない。

何せ4月になってから、いまだに会っていないのだから。

いや、会えないのならば仕方がない。

人には事情があるものだ。

僕にだって事情があるときもある。

それをわかりあえる関係にはなっていると思う。

だから会えないことが問題なのではない。

問題は、綾子に「会いたい」という意思が僕には感じられないことなのだと思う。

しばらく綾子の方から誘いがかかることがなくなっている。

会いたいと言っても断られる。

正直なところ、綾子は僕のことを好きでいてくれているのか、少し不安にもなってきている。

  (それならばいっそ・・・)

そろそろ考えを変えてみるのも良いかもしれない、とも思えた。

  「・・・ふぅ」

見つめていた携帯電話から目を離して、ため息をつく。

そしてゴロリとベッドに転がる。

まっすぐ天井を見る。

何度となく二人で見た天井だ。

  「俺も何を考えてんだか・・・」

呟くように声に出す。

  (児玉さんには悪いことしちゃったな・・・)

目を閉じながらそう思った。

自分でわかっている。

結局僕が綾子を選ぶことは。

綾子がどうであろうが、僕は綾子が好きだということ。

それがすべての理由。

会えないことを不満に思うこと自体、綾子のことが好きだからこそだ。

僕の方から手を放す気にはなれない。

  「・・・っしょっと」

体を引き起こすと、手に持ったままの携帯電話を目の前に上げた。

そして一番新しい着信の履歴を表示させる。

  (何と言って謝ろうか)

そう考えながら、僕は発信のボタンを押した。