空を見上げて

作成日不明


肌寒い中にも僅かに春の匂いのする中、僕は空を見上げていた。

  「7年・・・か・・・」

今日の空はあの日とは違って青い空だった。

7年前の今日。

今でもこの季節になるとあの日を思い出してしまう。

鉛色の空から落ちる真っ白な雪。

その日から雪を悲しく見るようになった。

最後に交わした笑顔を今も忘れることができないから。


--------------------------7年前--------------------------


3月9日。その日は朝から灰色の空だった。

  「・・・さむっ・・・」

僕は恨めしそうに空を見上げると、何に向かうでもなく不満を漏らした。

そして、いつもと同じように自転車に乗りペダルをこぎ始めた。

いつもより重く感じるペダル。

それは僕の気のせいであることはわかっていた。

その理由も。

今日は卒業式。

あの人と共有する空間が消えてしまう日。

目を覚ましたとき、僕の目は赤くなっていた。

この前の数学の授業で、先生がこんなことを言っていた。

  「二人の人間がお互いの人生に影響を及ぼす確率は、距離の二乗に反比例する。」

学校という共有する空間を失った後、あの人との距離は今の何倍になるだろう。

離れる距離の二乗だけ、あの人とかかわることが少なくなる。

距離が10倍なら1/100に。

距離が100倍なら1/10000に。

そう思うと自然と視界が滲んでくるのだった。

今のところ、僕には二人が出会うときを見つけ出すことはできなかった。

今日で最後。

最後の願いを込めた手紙を途中のポストに入れて、僕は学校へむかった。。



学校に着くとしばらくして式は始まった。

体育館がいつもより寒く思えたのも、僕の心のせいだろう。

他の在校生は卒業式よりも明日から始まる学年末テストが気になっているようで、教科書を見ている人もいた。

僕はというとテスト勉強など手につく状態ではなく、ほとんど何もしていなかった。

どのみちしたとしても頭に入るとは思えない。

気晴らしにはなるかもしれないとも思ったが、やはりする気にはならなかった。

開式の言葉。

校長の祝辞。

来賓紹介。

式は淡々と進み、卒業証書授与。

あの人の名前も呼ばれた。

冷たく濡れた空気に、はっきりとした返事が良く響いた様に思えた。

そのうち式は終わり、卒業生退場。

出口に消えていく背中にあの人の姿は見つけることができなかった。

式の後。

HRが終わると、僕は教室を出てすぐに昇降口へと向かった。

もう会わないでおこう。そう思っていたから。

外に出ると白い雪が降っていた。

重たそうなボタン雪だった。

  「・・・ふぅ・・・」

ため息をついて僕は自転車へと向かった。

今になって傘をもってくれば良かったと思うが、どうしようもない。

幸いまだ積もってはいなかったので、自転車にまたがると重たいペダルをこぎ始めた。

そして校門前。

雪にもかかわらず集まっている卒業生達の輪の中にあの人の姿があった。

級友と別れを惜しんでいるのであろう。

気づかれないように目を伏せて通り過ぎようとした。

その瞬間。目が合った。

そして、

あの人は、先輩は、

僕に向けて微笑んで手を振ってくれた。

いつもと同じ笑顔で。

僕はそれに精一杯の笑顔で会釈して通り過ぎた。

それだけしかできなかった。



帰り道。

雪は冷たかった。

指は冷たくなり、感覚は鈍くなっていた。

頭にも雪が積もっていた。

でも、傘を忘れていて良かったと思った。

目が濡れているのがわかったから。

解けた雪が頬を濡らしているのがわかったから。

冷え切った体とは裏腹に、目の周りだけはあつくなっていた。



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視線を戻して、僕はすこし向こうに見える時計に目をやった。

  「むぅ。遅いな」

待ち合わせの時間から15分が経っていた。

結局、あの人からは「ごめんなさい」と、返事をもらった。

わかっていたとはいえ、改めて現実を突きつけられた時はやはり悲しかった。

テストが終わってから図ったように返事をくれたのは、あの人のおもいやりだろう。

どちらにせよ勉強など手につかなかったが。

その後、遠くの大学に進学したと聞いた。

でも、それっきり何もわからない。

順調に行ってればもう卒業しているはずだ。

こっちに戻ってきているのか、そのままそこで就職しているのかもわからない。

今では僕にも彼女ができ、幸せな日々を送っている。

今日はすこし肌寒いとはいえ、デート日よりといってよさそうだ。

彼女のことは心から好きだといえるし、今は本当に幸せだと思う。

あの人のことを思い出してしまうのは、きっと憧れ。

そう思う。

でも・・・・・・

もし会ったら?

そう思うときもある。

1/10000。

奇跡が起こることはないと思いながら。