15インチテレビ

 雨の東名高速、渋滞の環八、土砂降りの関越道を走り、静岡から6時間かけて、私たち家族は埼玉県の坂戸に着きました。

女子栄養大学に入学する娘の引越しのためです。



 娘は4歳の時からインスリン注射が欠かせず、小学校1年生の夏からは、自分で注射をしてきました。

しかし、血糖値のバランスをとるのは難しく、今でも時々低血糖発作を起こします。

そんな娘が一人暮らしをするのは、親としては心配で仕方ないのですが、子供というのはいつかは家を出て行くもの。

元気でやってくれと願うしかありません。



 引越しも終えて、何か一つ買ってあげるよ、と言うと、娘は寂しいからテレビがほしいと言います。

一緒に電気店に行き、娘が選んだテレビを買いました。

一番安い15インチテレビでした。



 28年前、私が大学に入学するために引っ越した日も雨でした。

当時、家に車などなくて、叔父がレンタカーを借り、叔父と父、母、私の4人で、大学のある三重県に向かいました。

その時、父が、何か一つ新しく買ってやると言ってくれて、買ったのが15インチテレビでした。

当時家に自分の部屋がなかった私は、買ってもらったテレビと、新しい生活がうれしくて、静岡に戻っていく父や母の顔もよく見ないで、下宿の部屋に戻ったような気がします。



 娘は、大学の寮の前で、走り出す私達の車に手を振りつづけていました。

私よりずっと親孝行な子供に育ってくれた娘と、そんなふうに育ててくれた妻に感謝しています。

車が角を曲がり、娘の姿がルームミラーから消えた時、私たちの家族は、一つの時代を終えました。



 28年前に買ってもらった15インチテレビは、まだ、私たちの寝室で元気に働いています。




ニッポン放送『高嶋ひでたけのおはよう中年探偵団〜心のスケッチブック〜』
2003年6月5日(木) 放送

     Overflowへ         ホームへ