何度目かの静けさの中で
 

「本日は、お忙しい中、長男・・・」

決まりきった言葉が

  少し乱れた それでも

決まりきったリズムで

今日、何度目かの静けさの中に

響き始めた
 

彼のお父さんの声は震えていた

原稿を持つ指はもっと震えていた

どうして「昔の人」は

一生に何度もない大切な思いを

自分の言葉で語らないのだろう

この疑問は晴れないけれど

彼のお父さんは

「結婚式スピーチ集」から

そのまま写した文を読みながら

本当の気持ちを伝えていた
 

もしかしたら この世には

本当のことを伝えるただ一つの言葉など

存在しないのかもしれない
 

「・・・若輩者の二人ではありますが・・・」

何度か繰られた紙は

あと二、三行で終わる

しばらく後に会場にあふれるはずの

演出された拍手と涙の中にも

いくつかの真実がこぼれるのだろう

彼のお父さんの人生を知る人の胸の中から

きっと こぼれ落ちるのだろう

                   掲載 『静岡新聞』

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