巣立つ



改札の向こう

階段の途中で振り向き手を振る

周りの景色はドラマチックに

スローモーションのように進むはずもなく

人の流れは速さを変えずに君を追い抜き

クローズアップさえしない君の顔の横を

見知らぬ人の肩が通過する



期待に少し口角を上げ

寂しさに少し目を見開いている

君の十八年は君の人生のすべてで

私の人生の五分の二なのに

私の顔は、きっと一色だろう

十八年の思い出は走馬灯のように

どころか

撮り過ぎたデジタル写真のように

一枚も探し当てることができず

ただ胸に穴のあいた感覚だけが

食道を遡ってくる



掲示板の数字が変わり

下りの新幹線が発車したことを告げる

降車客の波が来る前に行けという私の合図を

理解できたかわからないまま

君は行く方向に体を戻し階段を上り出す

あと三歩進めば

君はこの景色からいなくなる

私の人生の五分の二が

東京に向かって消えた



       「文芸やいづ」第30号に掲載

          うたの部屋へ    ホームへ