大切な人を幸せに

 「相手に喜んでもらえる贈り物はどちらでしょう。@ケーキA水」
 これは、私が小学生を相手に、親切について授業をする時の最初の質問です。子供たちは口をそろえてこう答えます。「もちろん、ケーキに決まってる」

 「本当にどんな時でもケーキの方が喜ばれますか」続いての質問に、半分の子は「もちろん」と答えますが、もう半分の子は首をかしげます。先生が念を押すような質問を繰り返す時は、別の答えが待っているに違いないのです。

 しばらくすると、首をかしげていた子の中から、「お腹がいっぱいのときは、水の方がいいかもしれない」、「マラソンの後、喉がからからの時も、水が欲しいよ」という声が出てきます。さらに、「いくらおいしいケーキでも、喉がからからの時に食べろといわれたら親切じゃなくて、意地悪だと思えるよね」と話は発展していきます。その後、自分たちの体験した親切な行為を一つずつ思い出しながら、親切や贈り物は、相手の気持ちを思いやることがたいせつなのだと学んでいきます。

 こんな授業の後は、学級の中に優しい気持ちや行為が広がって生きます。親切な行為が、押し付けではなく、相手の気持ちを考えた自然なものになっていきます。

 また、子供たちは、これまで自分たちのしてきた贈り物についても、考えを巡らせるようになります。お誕生日会などに招待し合い、高価なプレゼントを交換していた子が、こんな風に振り返ります。「自分で稼いだお金じゃないのに、これって本当に心のこもった贈り物なのかな」そして彼らは、本当の贈り物を見つけ出します。「こんな遊びをはじめて知ったけれど楽しかったよ。だから、一緒にやってみようよ。」

 私たち大人は、贈り物を考える時、うっかりすると、値段とか評判という「形」に縛られて、物を選んでしまうことがあります。値段が高いからこちらにしておこう。食べたことはないけれど、評判がいいからとりあえずこれを送ろう。こんな私たち大人に、子どもたちの心の成長は、時に、大切なことを教えてくれます。(高価なものが悪い贈り物というわけではありません。一所懸命働いて稼いだお金で買うものです。高価であればあるほど、その人がそのお金を稼ぐためにたくさんの時間を使ったということです。言い換えれば、相手を思う時間がそれだけ長かったということです。相手を思う時間の長さと深さが、贈り物の本当の価値を決めるのだと思います。)

 時には、「あの人にこうしてあげたいけれど、本当にあの人は、これを望んでいるのだろうか」と、親切な行為や贈り物に、億劫になってしまう子も出てきます。でも、大丈夫。「君が本当にそれに感動しているなら、友だちにもその感動を味わってもらおうよ」そう言ってやれば、その子の顔はすぐに輝きだします。

 相手の気持ちを思いやれるように、いろいろな体験を数多くしよう。そして、心の底から感動しよう。そこから生まれた贈り物は、大切な人を幸せにできる本当の贈り物なんだよ。そんな風に子どもたちに話しながら、自分の贈り物はどうかと、少し反省もしてみる毎日です。


                      株式会社坂角総本舗発行
                       「心の時代における贈答ギフトのあり方」
                      に載せた文に一部加筆しました。



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