09   トークバトル 1

◇子供部屋について (2002.5.5 静岡新聞朝刊に掲載)

 最近、学級懇談の席でもよく言っているのですが、小学生には、個室は必要ないと考えます。第2次性徴前の子供の脳は、一人で深い思考ができるようにはなっていません。個室で勉強するよりも、親と一緒の場所にいて、おしゃべりをしながら勉強をしたほうが、深い思考をすることができます。あふれるほどのおしゃべりの時期を経て、第2次性徴に突入した子は、その後、自分の脳の中で対話をしながら、思考を深めることができますが、小学生時代に一人きりでいたり、テレビゲームに多くの時間を費やした子は、自分の頭の中で、「思考の対話」ができなくなってしまうようです。

 個室ではなく、お母さんのいる台所で、今日学校であった出来事を話しながら勉強し、夜はお父さんを交え、テレビゲームではなくボードゲームを楽しむ。そういう暮らしが、子供の頭も心も順調に成長させます。

 プライベートという言葉をたてに個室の必要性を主張する親は、実は子供ではなく、親のほうが一日中子供と同じ部屋にいることを苦痛だと思っているのではありませんか。

 私は、小さな頃、6畳一間の家で暮らしました。自分の部屋にあこがれましたが、家族4人が一つの部屋で暮らすのですから、自分の部屋を望むべくもありません。高校生の娘と中学生の息子を持つ親となった今も、貧乏所帯ゆえ、家族4人が暮らす部屋は2部屋しかありません。娘も息子も心の中では個室を望んでいますが、ないものはどうしようもありません。

 子供の頃のことを思い浮かべても、子供を育ててきた年月を思い浮かべても、個室が作れないほど貧乏でよかったなあと、今思っています。
 
 

◇日本語の乱れについて(2002.8.25 静岡新聞朝刊に掲載)

 「させていただく」「共働き」「一生懸命」私が日本語の乱れを感じるのはこの3つの言葉です。

 謙譲は日本人の美徳と言われますが「させていただく」はへりくだりすぎです。30年前は使われていなかった乱れた日本語です。「共稼ぎ」の「稼ぐ」が嫌われて「共働き」が生まれたようですが、50年前にはなかった乱れた日本語です。江戸時代の人が使い始めた「一生懸命」は、鎌倉時代の「一所懸命」がもとですが、500年前にはなかった乱れた日本語です。どれも若者が乱したのではなく「大人」が乱したものです。

 これには、たくさんの反対意見をもらいそうですが、日本語の乱れについて意見がまとまらないのは、どの時代のどの地方の言葉を最も美しい日本語とするかという議論がしっかりとなされていないからです。しっかりと議論し、基準が確定すれば、美しい日本語はもっと簡単に守ることができます。

 しかし、それが最もよい方法かというと、そうでもないような気がします。言葉は生き物と言われますが、新陳代謝のなくなった生き物は死んでしまうからです。

 平賀源内が鰻屋さんのために「土用の丑の鰻」を発案したように、「一生懸命」も江戸時代のCMコピーから生まれたのではないか、なんて思いながら、日本語の乱れを楽しんではいかがでしょう。古い、新しいを問わず、美しい日本語を残しましょう。



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