羽化

今まで ただ じっと
眠り続けていたのだから
体が壊れるほどの痛みが襲ってくるのは
当然なのだとわかっていても
心が恐れるほどの痛みにさえ
耐え続けなければならない毎日は
さすがに この僕を 叩きのめそうとしている

自分はこれほど
 大それた役をやる人間ではない
自分はそれほど
 強く前向きな人間ではない
じっと蛹のように
 閉じているのがいちばん似合っている

昨日までは
気楽な毎日を何十年も正当化して
一人だけの幸せにありつこうとしていた

けれど 幸せは
向こうからやってくる運命ではなく
季節の風とともにめぐり来るものでもなく
ただ 人と人の間に生まれ
人の手から人の手へと
大きくふくらんでいくものだとわかったから

僕も幸せを誰かに繋ぐための
大きな背中と強い羽を持って
この場所から翔んでみようと
人並みに思えた自分に
少し照れ笑いを浮かべて

今まで ただ じっと
眠りつづけていた体と心が
音を立てて変わっていく日々を
いつか懐かしく
空の上から見下ろす朝を夢見て
重い頭を持ち上げれば
硬い殻の割れ目から
痛んだ筋肉に
日の光が差し込んでくる


         『文芸やいづ15号(平成16年度)』 掲載


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