牛を見る人

夕ぐれの牛舎の前

彼は毎日牛を見ている

仕事帰りのようだ

決まって同じ時刻同じ時間

決まって同じ場所同じ方向

彼はじっと牛を見ている



散歩する人はみな彼を見て立ち止まり

意味のあることかと

心の中で彼に問う

走る私も彼を見て立ち止まり

意味のないことなのかと

つぶやきながら自分に問う



私は彼を見ながら

「人」という枠の中で

生きることについて

思いをめぐらせている

だとしたら

彼は牛を見ながら

「生きもの」という大きな枠の中で

生きることについて

思いをめぐらせているのかもしれない



顔をあげると夕ぐれの空は

彼と牛を

そして私を

宇宙に溶け込ませようとするかのごとく

星をまぶしはじめた



私は一つ深めに息を吸い

彼が牛舎の前を立ち去ることを確かめずに

また走り出した


      『文芸やいづ』第17号(平成19年3月) 奨励賞