■ちょっぴりGG(&石渡氏)語り■

実は、ギルティギアというゲームをはじめてPLAYしたのは、今から1年前、つまり1999年の9月末くらいでした。
このゲームのことは、ゲーム誌に見開きで大きく取り上げられている頃(本当に情報が出てきたばかりの頃)知って、すごく楽しみにしていたんです。・・・すごいエンピツ線だらけのラフ画がたくさん載っている中で、カイにまず目がいったのをよく覚えています(笑)。
]それで、友人たち数名に「こういう面白そうな、なんだかバ○タードくさい(笑)格ゲーがでるんだよ〜」とか大はしゃぎで雑誌を見せつつ語ったなあ(苦笑)。

それからしばらくして、私は「発売前になにか別の格ゲーで練習しておこう♪」とウェイトレス格闘(笑)のヴァリアブルジオ(PS版)を買ってきました。高校生くらいの頃にパソコン誌(当時パソコンが家になかったくせに毎月買ってました。すべて日本ファ○コムさんの記事目当てで・・・)に載っているのを見て「うお〜これはいつかやらねば!!」と鼻息荒くしていたので(笑)出たばかりのPS版を迷うことなく選びました。
・・・少し話しが脱線してしまいましたが、私はさっそく特訓を開始しました。
・・・結果。全然ダメ(滅)。情けないことに、一人目にすら勝てないのです(ダセー)。そこへY(兄)がやってきて、なにげにPLAY(椎名へきるちゃんファンのYは、このゲームに彼女が声の出演をしていると知るやいなや、喜び勇んでコントローラーを手にしていました)。・・・なんかラスボスまでいってるよこの人!!(驚)つーか格ゲーやったことでもあるのか?とか思った(多分それまではなかったと思われる)。
まあそんなわけでめちゃヘコんだ私は、結局ギルティギアのPLAYをあきらめ、格ゲー自体も触らなくなっていきました(根性ねぇな・・・)。

ここで補足しておくと、実は私は自分が格ゲーに向いていないことを知っていました。格ゲーブームの頃少しだけやって、「駄目だコリャ」とあっさりあきらめていたくらいですから。・・・そんな私にも、ひとつだけ、まともにPLAYできる格ゲーがありました。「闘神伝」シリーズです。そのあと、申し訳程度に格ゲーを触ってみて分かったのは、「“武器もち3D”ならまともにPLAYできる」ということで、素手・2Dなんかはまるで駄目ということだけは、わずかながらの経験から感じ取っていたのです。
でも結局、「いいや〜別に」としらんぷりして、ずっとすごしてきたんですね。「闘神伝」を除いては(苦笑)。

・・・さて、それから何年経ったのか、私は「なんか面白いゲームないかな〜」と、電化用品店をぶらついていました。すると、なにげにカッコよさげなパッケージが目に飛び込んできたのです!!
「おぉ!? なんじゃこのカッチョイイ(死語)兄ちゃんたちは!!」と思ってよく見たら、それはなんとかつて「発売されたら絶対やるぞ〜」と意気込んでいた、あのゲームではありませんか!! 発売されてたんだ・・・。しかも、その時点ですでに復刻版でした(滅)。「うぅ・・・! 格ゲーは闘神伝以外やるまいと思っていたのに・・・!!」ああしかし、ちょうど夏に出たばかりのシリーズ最新作(敢えてタイトルは詳しく書かない)にガックリきて速攻で売り飛ばした私は、値段の安さ(復刻版だしね)と攻略本もあることも手伝ってあっさり購入してしまいました(苦笑)。
こうして、深夜の闘いの日々が始まりました(やってると家族がうるさがるので夜中こっそりPLAY)。やはりというか、使用キャラは美しき天才剣士(笑)カイ=キスク団長!!・・・全然勝てません、団長!!(涙)当分、殺界技での猛攻でクリアしまくっていました(苦笑)。・・・なんどもしつこくやれば、あのジャスティスにだって殺界は入るのです!!ソルは大変でしたがね〜膝蹴りだから(汗)。そこまでしてPLAYするのはなぜか。・・・ハマッてたからですよ、そう気がつくまでには少々時間がかかりましたが。

まあそんな私も、Xが出た今ではなんとか団長でライバルのバッドガイさんに会えるまでになりました(1コインで)。うまい人から見れば「なんでぃ、そのぐらい」とか言われるかもしれませんが、ガロウをやれば良くても4人目駄目なときは2人目でゲームオーバーの私にしてはがんばっていると思います。武器もち、ってのが大きいのかとも思いますが、やはりではないかと(笑)。
ちなみに、PS版ではソル、Xではカイを使用キャラとしています。個人的に、PS版はカイが、Xではソルが使いにくいので・・・。





・・・ところで話はまるで変わるのですが、石渡氏について。
何か、すっごいマルチな才能を持っておられる石渡氏ですが、ア○ューズメント○ディア総合学院出身だと広告で見て・・・1996年卒業・・・えぇ!?
今だから言える話なのですが、実は私もそこの説明会、行ってたんですよ。結局、どういうわけか自動車工業科の短大へと進んでしまったのですが・・・。でも、「なんで行かなかったのさ、自分!!」とこの瞬間激しく後悔(いや・・・後悔はしてませんけど)。なぜなら、そのままそこに進学していたら、私、石渡氏と同期生になっていたはずなのですよ(ぎゃっ、トシばれる!?)。う〜わ〜、もしかしたら、あの、ソルの声で「オイ、レポート見せてくんねぇかァ?」とか言われちゃったりなんかしちゃったりしたかも!?(・・・と友人に話したら{しかも声マネして}「そんなわけねぇだろ!!」と突っ込まれた)ああ、もったいない!!(笑)
・・・まあ、学校はとても楽しかったし、今ではゲームは作るより楽しむ側の方が絶対いい、と思っているので全然今のままでOKなんですがね。ただ、学生の石渡氏が見られたかも!?とか思うと少し惜しい。





そして、最後に少しオマケ。
えっと、私は2000年の2月末(PS2の発売直前ですね)から夏くらいまでソ○ーの倉庫で働いていたのですが(主にPSソフトの出荷を担当)、ありましたよ、GG復刻版!! その棚の前を通るたび、「減ってる、減ってる」とほくそえみながら(笑)仕事をしていました。Xが発表されたから、その前にぜひ!!ってカンジだったのかな〜♪




・・・読物 INDEXへ・・・