門池の竜

その2

「ああ、どうしよう。」
 ふたりの竜は、青ざめた顔で雲の切れ間から下界をのぞきこみました。
 玉は、はるか下界の山へ落ちてキラキラとかがやきながら木々の間をころがっていきます。やがて、沢を下り、まばゆい光をはなちながら広い芦の原のしげみにその姿を消しました。間もなく
「ドボン。」
としぶきを上げて大きな門池にしずんでしまいました。
水面には、金色にかがやくさざ波の輪が静かに広がりました。
 ふたりは、身動きもしないで、玉の落ちた芦のおいしげっている池のあたりをのぞきこんでいました。
夫の竜は、大きなため息をつきました。
「たいへんなことをしてしまった。帝釈天様になんといっておわびをしたらいいんだ。どうしたらいいんだ。」
 雲の下に見える下界はなにごともなかったように、のどかな春の光に包まれています。
「こまった、こまった。よい方法はないものか。」
とつぶやく夫の竜のかたわらでふるえていた妻の竜は、とうとう泣き出してしまいました。
「わたしが悪いんです。わたしが落としたのです。わたしが気をつければこんなことにはならなかったのです。あの池へ下りて玉を探してきます。」
 夫の竜はびっくりしました。下界へは下りることができても、また天にもどることはできないのです。
「とんでもない。それはやめてくれ。おまえが下界へ下りてもどらなかったら、わたしはどうすればよいのだ。」
 夫の竜は、妻の竜のかたに手をおいて、やさしくなだめ、きっぱりと引き止めました。しかし、妻の竜は、固く決心しました。
「せっかく、帝釈天様からいただいた大事な玉ですもの。わたしは、どうしても探しに行って参ります。それに、あの玉さえ見つければ、雲を呼ぶことができます。雨を降らせることもできます。それに乗ってきっとあなたのものへ帰ってきます。どうか心配しないで待っていて下さい。」
 いうが早いか、妻の竜は、止める夫の竜の手をふり切って、そのままするすると下界へ下りていきました。
 妻の竜は、山の木々の間を通り、芦原のしげみをぬけて玉のころがった後を追ってようやく門池の岸辺に立ちました。
「たしか、このあたりの落ちたと思うけれども……。」
と池の中に入っていきました。
 水中では、水草が静かにゆれて、こいやふながすいすいと通りすぎていきます。
 この広い池の中で小さな玉を探し当てることは容易ではありません。水底の土をかき分け、石のすき間をのぞき、はては岸辺の芦原のしげみの中までも探し回りました。しかし、どうしたことか、玉は、どこにも見当たりません。
 どれほどの年月がたったのでしょう。
 妻の竜は、とうとうつかれ果てて動くこともできなくなりました。
 池の中ほどにある大きな石の上にからだを横たえた妻の竜は、
(こんなに探しても見つからないのは、大事な玉を落としてしまったわたしの不注意を帝釈天様がこらしめておられるにちがいない。)
と考えました。
(わたしは、もうあの天上にもどることができないのでしょうか。天上では、夫の竜はどうしているのでしょう?ふたりで仲良くすごした天上でのあのころ……。)
と次から次へと走馬灯のように思いうかべ、胸が一ぱいになりました。
 なみだが石の上を伝わって池の中へ流れ落ちました。