門池の竜

その4

 それから一年が過ぎ、いよいよ玉を落としたその日がやってきました。夫の竜は、朝早くから雲の切れ目からじっと下界を見下ろしています。そのうちに、下界の山も川も丘も、門池のあたりまでくっきりと手にとるように見えてきました。

(ピカッ)

 池の真ん中あたりがまぶしく光りました。
「あっ、あの玉だ。」
 夫の竜は、飛び上がりました。胸がドキドキ高鳴ってきました。下界からお経を唱える声が天上までわき上がってくるように聞こえてきました。われを忘れた夫の竜は夢中で松の木まで下りてきました。
 池のほとりでこのときを待っていた妻の竜は、ピカッと光った池の中ほどを目ざして、まっしぐらに走りました。
「ああ、あった。あった。わたしが千年も探し求めた大事な玉が見つかった。帝釈天様、ありがとうございました。」
 玉は、あのときと同じように七色の美しい光をはなっていました。池の水面がキラキラとかがやきました。玉を手のひらにのせた妻の胸一ぱいに喜びがこみ上げてきました。ようやく天上にもどることができるのです。夫の竜のもとへ帰ることができるのです。両手にしっかりと玉をかかえた妻の竜は、松の木の根元へ急ぎました。そして松の木のてっぺんに向かって叫びました。
「あなた、玉が見つかりました。今すぐこの玉で雲を呼び雨を降らせます。そして天にもどります。待っていて下さい。」
 夫の竜は、喜びで胸が一ぱいになり言葉も出ません。
ほっとしたのでしょうか。ただなみだがあふれ出るのをどうすることもできませんでした。
 妻の竜は、七色にかがやく玉に手を合わせておいのりをしました。すると、どうでしょう。
 空がにわかにかきくもり、見る見るうちに黒雲がわき出て、空をおおってしまいました。
 間もなく、「ザザー、ザー、ザー。」
と大つぶの雨が降りはじめました。
 妻の竜は、この瀧のように降る雨にするすると身をのせると、夫の竜と連れだって天へのぼっていきました。
 天上は、いつかのあのときと同じように、お花畑には色とりどりの花がさき乱れ、ぽかぽかと暖かい日ざしが降りそそいでいました。
 ふたりは、平和な天の世界で、いつまでも仲よく楽しくくらしたということです。

 沼津市の北、愛鷹山のふもとにある金岡では、むかしから、大変かわった雨乞いが行われました。
 近くにある高い松の木に、わらで作った大きな竜をのぼらせます。この竜の口は、大きく開いて歯をむき出し、長い舌を出しています。とがった大きな耳を出し、ひげまでのばしています。胴は一かかえもありそうな太さで、しっぽはぴんとはね上がっています。これは夫の竜です。
 もう一つ妻の竜がいますが、これは、池の水の中におかれて夫の竜の方を向いています。
 このように取りつけがすむと、金岡のお百姓さんたちが、門池の中にある弁天様に集まってきます。そして、お酒やくだものなどをお供えして、おいのりを始めるのです。このとき、みんなの先に立ってお経を読むのは、この近くにある寺のお坊さんです。
「どうか雨が降りますように……。」
「竜が天にもどれますように……。」
 お坊さんは、声高らかにお経を唱え、おいのりをします。
 みんなも、お坊さんに続いて、一生けん命お経を唱えます。
 このように、雨乞いのおいのりをするのですが、不思議なことには、二〜三日すると、ほんとうに雨が降るといわれていました。