ウルトラセブン


第12話 遊星より愛をこめて

監 督:実相寺 昭雄
脚 本:佐々木 守
ゲスト :桜井 浩子/岩下 宏/福田 善之
宇宙人・怪獣:スペル星人


“ひばく星人”・スペル星人

<今回の記事・1998. 9. 5>
 
前回の記事に関しまして,いろいろな御意見をいただき,誠にありがとうございました! まずは,自分の馬鹿さ加減を告白しなければイケナイ...?

 で...実は前回の記事書いた後で気になっていたんですぅっ! ストップ・モーション多用の戦闘シーン... 実は私が『セブン』全作品中最高傑作だと思っている『狙われた街』の戦闘シーンでも,ストップ・モーションが効果的に使われていたもんで... もっとも『狙われた街』では1回だけで多用はされておりませんでしたが... しかしながら...監督に関しては...どうもこの第12話の監督,私が円谷プロ作品の監督の中で一番好きな実相寺監督みたいだったすねっ! で...言訳です.今回入手したビデオテープには英語版と日本語版の両方が収録されていたのですが,この日本語版の方の画像がもろ Punk だった(mikako さんは知っている)ため,スタッフ名が確認できず,また,この第12話に対する私の期待が過剰だったために,最初に見た印象が期待ほどじゃなかったもんで,前回記事のような感想になってしまったのですが...
 で...ここから本題に入ります.その後何度か見直してみたんですが,『セブン』の実相寺監督の他の3作品(『狙われた街』・『第4惑星の悪夢』・『円盤が来た!』)にくらべると,やはり少し見劣りするのは確かです.また,『セブン』の第1クールには他に内容的に傑出した作品が多いため,それらの中でもあまり目立たない出来の作品であることも確かです.しかし,脚本(佐々木守氏だそ〜です...Yuuki 様,情報ありがとうございました)に関しては前回記事に書いたとおり多少未消化・説明不足な点は認められるものの,そんなに悪い出来ではないように思えてきました.
 例の事件に関する私の意見は根本的には変わっておりませんですが,『子供向け番組』である事に関して,「隠すことによって,かえって子供たちに偏見を与えるのではないか?」との御意見を何人かの方からいただきました...その通りだと思います.ありがとうございました.
 最後に...入手したビデオの英語版の方ですが,オープニング・インターミッション・エンディングが当然差し替えられておりました.しかし...エンディングの後のセブンの静止画の片隅に燦然と輝く日本語の『おわり』の文字...何でだ?

<前回の記事・1998. 8.10>
 
おかげさまで Get できました.mikako 様,ありがとうございました!

 と言う訳で,『ウルトラセブン』第12話『遊星より愛をこめて』の英語バージョンを無事 Get して,約25年ぶりに見る事ができました(いわゆる裏ビデオとゆ〜事になるんでしょ〜か?).
 内容的には『セブン』全49話の中でもそれ程良く出来た作品だとは思えません.特に特撮面は
はっきり言って出来良くありません.まず,冒頭のスペル星爆発のシーンの描写が不自然...何故宇宙空間で煙が一定方向にあがるのか? セブンとスペル星人の戦闘シーンもストップ・モーション多用で不満が残ります(他にもこ〜ゆ〜話あったな? 誰だ? 監督は).
 さて,ストーリーは,狂った科学者の核実験によって爆発してしまったスペル星の生き残りが,地球人に化けて腕時計に似せた装置で地球人の若い女性の血液を採取していたところ,ヒロイン・さなえ(桜井浩子氏)の弟が偶然その腕時計をしたところから,子供の血液の方が新鮮であることに気付き,子供にターゲットをしぼろうとした時点で計画が発覚,ウルトラ警備隊およびセブンに計画を阻止されるのですが,少しストーリーの展開に無理があるような気がします.何故最初のターゲットが若い女性でなければならなかったのか? 何故地球人の血液が必要だったのか? 説明が一切なされておりません.まさか地球人とは全く別の生命体であるスペル星人に地球人と同じ血液が流れているとは思えないのですが...
 事件について,私はあらゆる作品発表の場における『表現の自由』は絶対に侵されるべきではないと考えている人間なので,『セブン』12話や『怪奇』24話のような事件には,心底残念なことだと思うのです.こんなに優しくおとなしい羊さんのよ〜な人間を怒らせる世間って一体何なんでしょう? だいたいが強制にせよ自主規制にせよ現代文化の遺産とも言うべき映像作品を埋もれさせて構わないといった発想自体,非常に恐ろしいものであると思うし,それ以上に『臭いものにはフタをする』・『腫れ物にさわるのを極端に恐れる』態度が,当事者(この場合表現される側である『被爆者』と表現する側の『映像作家』の双方)たちを,かえってどれだけ傷つけるものであるかわかってないおっさんたちが多すぎるのです.
 『子供向け番組』であるという事でやたら大袈裟に取りざたされた事件でありますが,子供を馬鹿にしてはイケナイ.子供は大人以上に何が良くて何が悪いか,本能的に理解できる能力を持っていると思います.子供は決して『大人に悪影響を与えられる』のではなく,『大人に容認される悪を敏感に感じ取り確信犯となる』だけの事ではないかと思うのです. 私の『子供嫌い』はこ〜ゆ〜ところからも来ているのです.
 さて,ここからは少々暴論になるかもしれませんのでごめんなさい,最初にあやまっておきます.私は以前から,学校というところは学問上の知識を与えるだけで良いという考えの持主です.子供の親は子供を社会に出す以前に最低限の躾はおこなっておくべきだと思うし,逆に言えば自分の子供に対してどのような躾をおこなうかは親の自由であると同時に権利でもあると思うのです.実際は自分の義務も責任も権利も放棄して,社会や学校にすべて依存している親が多すぎるのではないかと思うのです.だったら子供つくんなよ,避妊くらいしろよ,と言いたくなります.原因が結果に対して責任をとるのは当然なことで,その責務を全うしている限り他人に文句を言われる筋合いはないのです.それを全て社会まかせ学校まかせにしてしまうから,たとえば生徒の服装や髪型を自分にしばりつける材料にするような,大馬鹿者の教師や学校が横行する社会の存在につながっていくのです.かわいそうなのはあんたの子供だよ.

<以前の記事・1998. 5.31>
 小学校5年生のとき新聞におそろしい記事が載っていました.小学館の学習雑誌『小学ニ年生』の綴じ込み付録の怪獣カード(当時妹がニ年生だったので家にもありました...とっておけばよかった)のスペル星人の説明に「ひばく(被爆)星人」とあったのを見た大学生(当時の記憶ではそうなのですが,後にこの事件について記載した文献には大学生ではなく父親となっていました)が「被爆者を宇宙人扱いするとは何ごとだ!」と抗議したとか... おかげでこの話は円谷プロによって自主的に永久欠番扱いされる事となってしまい,日本では現在まで再放送はおろか,セブン関連の文献にも載せられていません(アメリカでは何の問題もなく放映され続け,ビデオも入手可能らしいです).したがって,初回放映時に見ただけなので,残念ながら話の内容は覚えていませんが,狂った科学者の核実験によって滅びてしまった星の生き残りによる地球侵略ものらしいです.このへんは『マン』におけるバルタン星人と似通った設定なのですが,こちらだけ問題となったのはやはり「被爆星人」という肩書と外見(全身ケロイドだらけ)のせいなのでしょう.当時,子供心にも「何と非常識な大学生だ!」と憤りを感じ,「こんな大人にだけはなりたくないもんだ...」と思ったものでした.