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1 |
7月21日早朝に/そっと2人で |
1970 |
★★★★ |
| 当時秋田市立高校在学中だった山平氏が URC の目にとまり,1970年4月にリリースされたシングル(山平和彦&ザ・シャーマンズ名義).アポロ11号の月面着陸で全世界がわきたっていた1969年7月21日に原爆症でひっそりと死んでいった少女のことを歌った問題作で,バックのシャーマンズの演奏は完全にジャックスしてますが,この時の担当ディレクターはつげ春花こと早川義夫氏だったらしいです.『URC
シングルズ1』に収録, CD 化されています. |
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2 |
放送禁止歌 |
1972 |
★★★★★ |
| 衝撃のデビュー・アルバム.シングル・カットされたアルバム・タイトル曲の『放送禁止歌』の放送禁止(タイトルが民放連を揶揄しているという,くだらない理由による)を始め,アルバム収録の『大島節』・『月経』の2曲が猥褻であるという理由により,発売禁止になってしまったといういわくつきのアルバム.結局,同2曲を削除し,換わりに『春』・『そうゆうわけ』(モーリス・ギターの
CM に使われ,本人も出演してましたね)の2曲を加えて改訂版として再発されました.オリジナル盤は幻のファースト・アルバムとして,一部で高値で取引されていますが,改訂版もなかなかのモノです.このアルバムの発禁がもとで,当時ブームだったニュー・フォークにおける禁歌論争が巻き起こったりもしました.フォークではこの人,ロックではパンタ率いる頭脳警察が,当時のミュージック・シーンにおける『禁歌』の両巨頭だったように思います.というわけで,スキャンダラスな面ばかりが取りざたされる作品ですが,それ以外の面でも,秋田民謡をベースにした作品へのアプローチ等,当時一部でもてはやされていた『土着フォーク』(他に三上寛氏など,東京出身の泉谷しげる氏が,土着フォークを意識した
ELEC 社の意向によって,青森出身とされていたのは有名な話)を代表する作品でもあり,また,その頃やたらと出現した『ニュー・フォークの新鋭』のデビュー・アルバムの中でも,かな高いレベルの作品だったと思います.『ヒゲのソネット』
・『一応男として生まれてきたが』などは,コミカルな中にもシニカルな毒があり,発禁をまぬがれたものの放送禁止になった『放送禁止歌』
・『男について』などは,やはり時代を感じさせる名曲だと思います. |
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3 |
風景 |
1973 |
★★★ |
| 山平氏の全作品の中で,最も印象が希薄な目立たないアルバムではありますが,その分聴き易いアルバムでもあります.お得意の秋田民謡は『秋田草刈唄』・『秋田甚句』の2曲を収録.また,この人もフォーク・シンガーの中では,他人の歌詞に曲をつけた作品が多いのですが,そんな中でも白石ありすさん作詞の『たまねぎ』・『どうやら私は街が好きらしい』の2曲が光ってます(前者はシングル・カットされました).『坊やの五寸くぎ』は,残酷描写が問題となり,またまた放送禁止の憂き目を見ることになりました. |
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4 |
ライヴ!山平和彦 |
1974 |
★★★★ |
| 当初 LP 2枚組でリリースされましたが,その後1枚に編集された改訂版が再発され, CD
化の際もその改訂版のままリリースされた,山平氏初にして唯一のライヴ・アルバムです.バックにマイペース,センチメンタル・シティ・ロマンス,新東京弦楽四重奏団等を従え,生ギターをバックに訥々と歌っている事の多かったスタジオ作とは違って,ライヴならではの雰囲気をかもし出している秀作だと思います.アルバムのトップを飾る『希い』は,多分,山平氏の全作品中最高の熱唱だと思いますし,『赤い魚白い魚』や『秋田竹刀打ち唄』では,ライヴの楽しさを十分に感じさせてくれます.「1974年12月22日名古屋市公会堂にて実況録音」と表記されていますが,これは1973年の間違いらしいです. |
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5 |
星の灯台 |
1975 |
★★★ |
| 1975年という時期はこのサイトでもさんざん書きましたが,内外の音楽シーンの変革期だったと思います.すなわち,海外では
MOR ・ AOR の台頭ならびにコマーシャリズムとの接近によって Rock と Pops との峻別が困難になり,国内ではニュー・フォーク・ブームの終焉と共に,アーティストたちはニュー・ミュージックという名のもとに歌謡曲化するか,あるいは,マイナー・シーンで生き延びるかの決断を迫られた時期だったと言えると思うのです.さて,山平氏のこの作品ですが,アレンジを馬飼野康二氏が担当している事もあって,サウンド的にほとんど歌謡曲しています.また,メッセージ色を失ってしまった彼自身の歌詞も,及川恒平(『星の灯台』・『夕焼け』)・谷川俊太郎(『離婚届』)・村野四郎(『抒情飛行』)といった他人の歌詞に比べると,生彩を欠いているのは仕方のないところかも.... 冒険作ではありますが,正直なところその試みは成功したとは思えません. |
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6 |
女郎花の賦 |
1976 |
★★★★ |
| 前作の歌謡路線は本人としても失敗だったと自覚したのか,このアルバムではまた新しい試みを行っています.アナログΑ面を使い切った,全曲作詞・高山銀之助,作曲・山平和彦のフォーク組曲『女郎花の賦』がそれですが,フォークにおける新機軸を打ち出そうとした意欲作だと思います.しかしながら,成功をおさめることは出来ず,彼自身,この後,ミュージック・シーンから姿を消してしまいました. |