TROUT MASK REPLICA   

1969年発表
CAPTAIN BEEFHEART

His Magic Band

キャプテン・ビーフハートの経歴
トラウト・マスク・レプリカについて
トラウト・マスク・レプリカの魅力
曲目紹介
その他お薦めアルバム


 フランク・ザッパと出会ってから、キャプテン・ビーフハートにたどり着くまで、さほど時間は掛かりませんでした。彼はザッパの音楽活動の中で常に見え隠れして、所々で稀な才能を発揮します。当然、そこから彼の活動について興味を抱くのは当然の結果であり、期待を裏切らないぶっ飛んだ創作音楽を聴かせてくれました。
ザッパと同じく、セールス的には決して成功したミュージシャンではありませんが、彼が残した作品には他のミュージシャン達に多大な影響を与え、ザッパと共にロック界の裏街道を牛耳ってきた音楽家であることは間違いありません。
 今回は、この牛心隊長ことキャプテン・ビーフハートが、フランク・ザッパをプロデューサーに招いて、1969年に発表したアヴァンギャルド界の傑作アルバム、『TROUST MASK REPLICA』について紹介します。

 尚、本アルバムの日本盤は、’93年に初めてライノから発売されたそうです。知らなかったです。

Frownland
The Dust Blows Forward 'N The Dust Blows Back
Dachau Blues
Ella Guru
Hair Pie: Bake 1
Moonlight on Vermont
Pachuco Cadaver
Bills Corpse
Sweet Sweet Bulbs
Neon Meate Dream of a Octafish
China Pig
My Human Gets Me Blues
Dali's Car
Hair Pie: Bake 2
Pena
Well
When Big Joan Sets Up
Fallin' Ditch
Sugar 'N Spikes
Ant Man Bee
Orange Claw Hammer
Wild Life
She's Too Much For My Mirror
Hobo Chang Ba
The Blimp
Steal Softly Thru Snow
Old Fart at Play
Veteran's Day Poppy

ZOOT HORN ROLLO: glass finger guitar, flute
ANTENNAE JIMMY SEMENS: steel-appendage guitar
CAPTAIN BEEFHEART: bass clarinet, tenor sax, soprano sax, vocal
THE MASCARA SNAKE: bass clarinet & vocal
ROCKETTE MORTON: bass & narration
DRUMBO: drums [not listed on original liner, only CD reissue]

CAPTAIN BEEFHEART plays tenor & soprano sax simultaneously on Ant Man Bee, simran horn & musette on Neon Meate Dream; ANTENNAE JIMMY SEMENS sing lead vocal on Pena & plays flesh horn on Ella Guru; special guest artist DOUG MOON plays guitar on China Pig;

Produced by FRANK ZAPPA
Arranged by DON VAN VLIET

Engineered by Dick Kunc
Album design: Cal Schenkel
Photography: Ed Caraeff/Cal Schenkel
Special electronic modifications on Captain Beefheart's band equipment by Dick Kunc
Most recent in a long series of contract negotiations leading to an actual signing: Neil C. Reshen

All songs written by Captain Beefheart
c 1969 Words & music copyrighted for the world by Beefheart Music Co. BMI

キャプテン・ビーフハートの経歴

 簡単ではありますが、牛心隊長こと”キャプテン・ビーフハートの経歴について紹介します。


牛心隊長こと、キャプテン・ビーフハート

1941年 ●カリフォルニア州グレンディールというロスアンジェルス郊外の町で中産階級の普通の両親のもとに生まれ、一人息子として育つ。本名:ドン・ヴリート。後年レンブラントと友人だった遠い親類にあたるというオランダ人の画家ピーター・ヴァン・ブリエットの生まれ変わりと称してドン・ヴァン・ヴリートと改名している。(1月)
1946
〜1955年
●5歳から13歳の頃まで、殆ど学校に通わずに彫刻家について学ぶ。
●その後ヨーロッパで彫刻の勉強をするための奨学金も受けることになったが、両親は「芸術家になるとホモになる」と恐れ、モハービ砂漠にあるある町ランカスターに引越しをする。
1956年 ●ハイ・スクール時代に彼の一つ年上である、”フランク・ザッパ”と運命的な出会いをする。
●この頃二人は頻繁に付き合い、ビーフハートの家でブルース、R&Bのシングルを聞きまくる。ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、サニー・ボーイ・ウィリアムスン、スパニエルズ、ナツメグス、パラコンズらが彼らのルーツを形成する。
●キャプテン・ビーフハートもこの頃、フランク・ザッパによって命名されたとか。
1964年頃 ●フランク・ザッパと共に”ザ・スーツ”というバンドを結成する。実際にレコード会社にデモ・テープの持込もする。
●自主映画を作っていたザッパが、”Captain Beefheart vs The Grunt People”というタイトルの映画も企画したが、ポルノ・テープ制作容疑で逮捕されたため、計画は実現されなかった。
ロスアンジェルスで”キャプテン・ビーフハート&マジック・バンド”として活動を開始する。
グループは、隊長の吠えるボーカルと意欲的なブルーズの解釈の演奏で最初から評判となり、A&Mと契約、ボ・ディドリー・ナンバーの「ディディ・ワー・ディディ」、「フライング」と次々とシングル発表する。
1965年 ★ブッダ・レコードとフル・アルバムの契約をして、デビュー・アルバム『セイフ・アズ・ミルク』がリリースされる。(4月)
1968年 ★『ストリクトリー・パーソナル』発表。ここではビートルズを皮肉り彼らなりのユーモアを聞かせる。しかしこのアルバムはプロデューサーのボブ・クラスノウが勝手に最終ミックスをやって完成させ、クラスノウ自身のレーベル、ブルー・サム・レコードから発売され、怒ったビーフハートはレーベルを離れることとなる。
●アルバム『ミラー・マン』を一晩で録音。
1969年 ★ザッパがリプリーズの配給のもとに作ってたストレイト・レーベルに移籍して、問題作『トラウト・マスク・レプリカ』を発表する。プロデューサーは言わずと知れたフランク・ザッパ。
1970年 『トラウト・マスク・レプリカ』の出来に満足したビーフハートは、自らプロデュースを行って『リック・マイ・デカルズ・オフ、ベイビー』を発表する。
1971年 ★録音から3年を経て、アルバム『ミラー・マン』が発表される。
1972年 ストレイト・レーベルと同じワーナー系列のリプリーズに移籍し、『スポットライト・キッズ』、『クリアー・スポット』を続けて発表する。
1974年 ★今度はマーキュリーに移籍して、『アンコンディショナリー・ギャランティードを発表する。』
★マジック・バンドのメンバーが全員去り、全く違った面子で録音していたテイクに、勝手にオーヴァー・ダビング等をされたアルバム、『ブルージーンズ&ムーンビームズ』が発表されまたまたレーベルと喧嘩となる。
1975年 ★活動面や経済面で窮地に陥ったビーフハートは、暫く交流が途絶えていたザッパに泣きつき、’75年4月に開始された、ザッパ&マザーズの米国ツアーに合流し、5月20日と21日にテキサス州オースティンのアーマディロウ・ワールド・ヘッドクウォーターズのステージを収めたライブ盤を、ザッパと同名義アルバムのアルバムとして、『ボンゴ・フューリー』を発表する。
●『ボンゴ・フューリー』の出来に気を良くしたビーフハートは、次作もザッパをプロデューサーに”バット・チェイン・プラー”というタイトルのアルバムの録音を開始するが、結局未完に終わる。
1978年 ★未完に終わった”バット・チェイン・プラー”を、メンバーを新たに再録音するなどして、『シャイニー・ビースト』を発表する。
1980年 ★前作の好調さを維持すべく、『ドク・アット・ザ・レイダー・ステイション(美は乱調にあり)』をヴァージン・レーベルから発表する。
●イギリス・ツアーが敢行される。この時のリヴァプール公演の模様が、’00年にライブ実況盤として発表される。
1982年 ★今のところラスト・アルバムである、『アイスクリーム・フォー・クロウ(烏と案山子とアイスクリーム)』が発表される。
●以降モハービ砂漠の何処かで、絵を描きながら隠遁生活を送る。
 以上が、牛心隊長ことキャプテン・ビーフハートの、決して華やかではありませんが、ロック界に多大な影響を与え続けた経歴です。’82年以降はオリジナル・アルバムの発表が無く、編集アルバムや未発表音源の発表のみとなっています。
 ザッパ亡き後、ロック界を牛耳る事が出来るのは牛心隊長だけなのですが、当の本人は隠遁生活を送るのみであり、音楽界への復帰の見通しはありません。時代は今、牛心隊長に向いているのに残念でなりません!

トラウト・マスク・レプリカについて

 『ストリクトリー・パーソナル』(’68)で、プロデューサーのボブ・クラスノウが勝手に最終ミックスをして、彼自身のレーベルである”ブルー・サム・レコード”から発売したことに関し、ビーフハートは当然怒り、イザコザが発生し、最終的には訴訟を起こし勝訴します。その頃ビーフハートは新しいアルバムの制作を決意し、サン・フェルナンド・ヴァリーへと居を移します。
 レコーディングに際し、ジェフ・コットン(別名:アンテナ・ジミー・シーメンス)とジョン・フレンチ(別名:ドランボ)を残し、二人の新人(マーク・ボストン、ビル・ハークルロード)を加えて新しいマジック・バンドを編成します。レーベルはザッパがリプリーズの配給のもとに作っていたストレイト・レーベルに移籍して、当然の如くプロデューサーには旧友のフランク・ザッパに依頼します。

 バンドは9ヶ月間、女もドラッグも禁止のウッドランド・ヒルズにある合宿生活を送って、レコーディング用レパートリーを鍛えあげました。この新メンバーのマーク・ボストン(別名:ロケット・モートン)とビル・ハークルロード(別名:ズート・ホーン・ロロ)は、殆どミュージシャン経験の乏しい物として集められており、大変な作業であったことが伺えます。ビーフハートは本作の28曲を、それまで触ったことのなかったピアノと連続8時間半格闘して作り上げたそうです。

 プロデューサーとしてのフランク・ザッパは、拷問とも云える合宿期間終了後、2回だけのレコーディングに立ち会っています。1回目のレコーディングでは、合宿所のリビング・ルームにステレオ・テープ・デッキを持ち込んで、小さなミキサーと数本のマイクのみで録っています。2回目のレコーディングはグレンデールにある、普通の音楽スタジオでたったの4時間だけ使用しています。ザッパ自身はそれだけで、プロデューサー的な仕事はせずに、録音中はただテープを廻して、演奏に聴き入っていたと伝えられています。ザッパはこのアルバムの狙いとして、彼らの演奏技術を尊重した上で、自然な雰囲気を作りだすために、得意のコラージュ戦法に挑んだかと思えます。

 レコーディングは、殆どワン・テイクでOKが出されリズム録り14時間、ボーカル入れその他とミックスのし直しなどで、8時間の計22時間で完了したとの事です。

トラウト・マスク・レプリカの魅力


裏ジャケット

 マジック・バンドのメンバーとして、本アルバムのセッションに参加したズート・ホーン・ロロが、後年出した書籍”キャプテン・ビーフハート/ルナー・ノーツ”(’99年:水声社)で、ビーフハートのことを、「彼は音楽に関する事はあまり知らない。それより、音の彫刻を彫り続けている。」と、当時の事を語っています。この表現には私も賛同しております。本アルバムの制作課程は、まずはビーフハートがピアノを使って8時間たらずで作り上げた曲群を、6ヶ月も掛けて経験の浅いミュージシャン達に教え込みます。各パートはピアノだったり、得意の口笛だったりして、丹念に教え込んでいたようです。これには、無防備な原石を前に、彫刻を繰り返す芸術家のビーフハートが伺えます。ビーフハートの音楽作りは、同じアバンギャルド音楽を創作するザッパとは180度異なり、緻密に計算されて創作するザッパと違い、ビーフハートはあくまでもフィーリングに頼った作風だったようです。但し、実際にビーフハートの作曲した原曲を採譜して、メンバーに指示していたのは、ジョン・フレンチだったようです。彼のこのアルバムの成功における功績は、計り知れないものがあるようです。

 そんな制作過程の中で、さまざまなアイデアを出し、アヴァンギャルド・ロック・ビーフハート流を作り上げています。ブルースとフリージャズを下地に、音作りとアレンジを行い、ビーフハートが頭の中で描いているものを、音に描き出す作業が繰り返されます。アレンジの方法は、ポリシンフォニックやポリリズミックと表現されており、各パートが別々の拍子に分かれて同時に演奏し、最終的に同時に曲が終わるという手法を用いていたそうです。(3/4拍子と4/4拍子が同時に演奏し始めると12拍目で頭が同一になる等) また、この時のセッション模様を収録したものが、’99年に初のBOXセットで、5枚組の中のDISC3で発表されています。ここでは、バンドのメンバー達に一生懸命パートを教え込む隊長の姿が伺えます。


 そうして出来上がった音達を、ザッパは全体の雰囲気を保つ為に、本人から口出しはせずに、簡単な携帯録音キッドだけで収録してしまいます。決して音質の良いアルバムではありませんが、インパクトのある個々の音が見事に表現された結果、本アルバムは永遠に褪せることなく、どの時代にもゲイジュツとして語り継がれているのだと思います。


 鱒(どう見ても鯉じゃぁ〜)に扮した隊長のアルバム・ジャケットもグッドです!

曲目紹介

 本アルバムには国内盤でも、歌詞に英訳が無い為、英語に疎い私には理解が出来ず、歌詞についてのコメントはできませんが、フィーリングで創作しているビーフハートに習って、フィーリング(感じた内容)を中心に紹介したいと思います。
Frownland
 オープニングからぶっ飛んで、非常にテンションの高い演奏です。前項でも述べたように、各自が様々な拍子とKeyで演奏しています。お互いが合ったり合わなかったりで、聴く者をハラハラさせます。この手の手法で演奏した場合、リズムをキープさせるのも、各個人にかかっており、普通のバンド演奏とは異なった技術が必要となるはずです。ズート・ホーン・ロロも演奏するのが楽しみだったそうです。
 
The Dust Blows Forward 'N The Dust Blows Back
 曲中プチプチ聞こえるノイズは、カセット・デッキのポーズボタンを押している音だそうです。少しずつ録音している様子が伺えます。

Dachau Blues
 ”Dachau”とはドイツの戦時中に強制収容所のあった町で、歌の内容も第二次世界大戦とヒトラーについて歌った曲だそうです。ボーカル・トラックは後でオーバーダブされているようですが、切れ間のないビーフハートの歌で、演奏が今一つ聞き取れません。

Ella Guru
 ネズミとドモリを題材にした曲だそうです。ラップ系?の曲ですが、実際は家を修理する為に突然現れた人物が語ってるところを、ビーフハートがカセットデッキを廻して録音したとか...。一体感のないコーラスがたまらなく、頭から離れません。

Hair Pie: Bake 1
 この曲のホーンは、ビーフハートとビクター・ヘイドン(隊長の従兄弟)が家から少し離れたところで、草むらを歩き回りながら録音されたそうです。したがって、シャラシャラ音がしているのは、草の葉を掻き分ける音だそうです。子供の話声や犬の鳴き声も臨場感があっていいですね。

Moonlight on Vermont
 フランク・ザッパもギターで参加している曲で、甲高いトリッキーなギターを弾いているのは、マジック・バンドに参加したばかりの、ズート・ホーン・ロロ。したがって、ザッパのギターは低い方のパートだと思います。この曲の録音は『トラウト・マスク・レプリカ』の制作がまだ正規に開始される前に録られたものだそうです。

Pachuco Cadaver
 ”Pachuco”とは派手な服装と髪型をした十代のストリート・ギャングの意味で、”Cadaver”は死骸。出だしは珍しく聴き易いインストのポップ調の曲ですが、途中からベース・パートが意味不明な行動にうつります。でも最後は元に戻って、メデタク他のパートと合ってエンディングとなります。
Bills Corpse
 またまたハチャメチャな演奏で支離滅裂。”Bills Corpse(ビルの死骸)”とはどうやら、ズート・ホーン・ロロのことらしいです。

Sweet Sweet Bulbs
 ”Bulbs”とは球根の意味。したがって、可愛い可愛い球根というタイトルとなりますが、ウスノロという意味も含んでいるらしいです。

Neon Meate Dream of a Octafish
 後にズート・ホーン・ロロはこの曲の難易度が非常に高く苦労をしたそうです。ビーフハートはミュゼットを弾きながら壊しているそうで、ビクター・ヘイドンもボーカルとクラリネットで参加しております。

China Pig
 正当?なブルース・ナンバーで、ギターはマジック・バンドの初期の頃にギターを弾いていた、ダグ・ムーンが弾いています。

My Human Gets Me Blues
 スピーディー感溢れるシンコペーションを強調したビート・ナンバーです。ギターの音が耳につきます。

Dali's Car
 ズート・ホーン・ロロとジェフ・コットンのギター・デュオが非常に楽しいインスト曲です。難解なメロディーですが、二人の息がピッタリ合っています。

Hair Pie: Bake 2
 ”Hair Pie: Bake1”のスタジオ・バージョンです。当然こちらの方がまとまっています。

Pena
 個人的に非常にお気に入りの曲です。おそらくジェフ・コットンの叫び声が、最後は苦しくて声が出なくなっているところが笑えます。

Well
 ビーフ・ハートのアカペラ曲です。マウンテン・バラッド。

When Big Joan Sets Up
 ポリリズミックになる事なく、全員同じリズムを弾いているので、一見難解そうで息が抜ける曲です。ライブでも何度か演奏されている曲だそうです。

Fallin' Ditch
 前曲とは裏腹にまたまた登場した、ポリリズミックな曲。各自誰にも頼れるものなく、ひたすら自分のパートに集中して弾いてます。

Sugar 'N Spikes
 マイルス・デイヴィスの「スケッチ・オブ・スペイン」という曲の一部をパクッテいるそうです。

Ant Man Bee
 ジョン・フレンチがアフリカンでクールなドラムを聞かせてくれるブルージーなナンバーで、非常に格好いい曲です。

Orange Claw Hammer
 ビーフハートのアカペラ曲で、見事に唸ってます。ボーカルの合間に”ブチッ”というノイズが聴けますが、この曲もビーフハートがボーカル・トラックを入れる際に、詞を考えながら入れる為、テープのポーズボタンを押している音だそうです。

Wild Life
 ポリリズミックな上に、ビーフハートのホーンも炸裂する曲です。ギターと全然絡んでいないので、どう聴いても滅茶苦茶なのですが、非常に格好いい曲だと思います。

She's Too Much For My Mirror
 この曲で歌詞が全部入りきらずに終わってしまったので、後に『スポットライト・キッズ』でスローテンポにして再演しております。

Hobo Chang Ba
 ビーフハートが別の曲用として作った曲のリフを利用した曲だそうです。こちらの方が出来が良かったので、正式採用されたそうです。

The Blimp
 ザッパのスタジオにビーフハートが電話をした際、マザーズのロイ・エスとラーダがギター、アート・トリップがドラムスを担当して、後にザッパの『オン・ステージVol.5』の2曲目「チャールズ・アイヴズ」となる曲の練習をしておりました。電話の向こうで詩を朗読?しているジェフ・コットンを聴いて、ザッパはこれは面白いとして、テープを廻しました。ザッパの機転の良さには脱帽します。彼の声も聞けます。

Steal Softly Thru Snow
 ギターはジョン・フレンチが弾いているそうで、ギターの絡みが見事な曲だと思います。非常に演奏に困難な曲でありながら、バンドメンバーはひどくお気に入りであり、ライブでも演奏された事がある曲だそうです。

Old Fart at Play
 英語の疎い私には理解出来かねますが、実際にビーフハートが朗読する詩はかなり笑えるものだそうです。でも随分大人し目の朗読だと思います。

Veteran's Day Poppy 
 最後を飾るのは軽快なロックナンバーであり、ウネルようなギターが非常に格好いいです。また頭の中に焼きつくようなフレーズのエンディングでは、別のセッションのものを付け足しているようですが、ザッパがズート・ホーン・ロロにメジャーセブンス・コードを教えたそうですが、実際に弾いているのは、マイナーナインスを弾いてしまっているそうです。彼は当時、マイナーとメジャーの違いがよく解っていなかったそうです。(マサカ) ザッパの「ズート・アローズ」に似ていると思ったのは私だけでしょうか?
 こうして一応全ての曲を紹介させて頂きましたが、やはりこのアルバムは従来のロックとは明らかに異なり、ロック界の前衛の、更にトップを飾るものである事は間違えないと確信します。キャプテン・ビーフハートのぶっ飛んだ世界を、フランク・ザッパが巧みにアシストして、ビーフハートを上手く引き出す事に成功しています。
ビーフハートは彼を奇人変人であるかのような編集をしたザッパに対し、文句を言ったそうですが、次作の『リック・マイ・ディーカルズ・オフ・マイ・ベイビー』で、本作の延長のようなアルバムを作成していることから、ビーフハートも満更ではなかったのではないかと伺えます。

その他お薦めアルバム

 その他のキャプテン・ビーフハートのお薦めというか、私のお気に入りのアルバムを紹介します。
SAFE AS MILK 1965年発表
 キャプテン・ビーフハートのデビュー・アルバムです。ライ・クーダーがゲストで参加していることは有名で、全体的にブルース色の強いアルバムです。逆にいうと『トラウト・マスク・レプリカ』のようなアヴァンギャルドな面はまだ確立されていませんが、ブルース・ロック、ガレージ・パンク、ソウル、トラッド・フォーク等が満載された佳作です。
LICK MY DECALS OFF,BABY 1970年発表
 前作『トラウト・マスク・レプリカ』の仕上がりに満足していたビーフハートは、今回においても前作の延長線上にあるアルバムに挑みます。但し、前作のアイデアのいくつかをザッパが盗んだとして、プロデュースはビーフハートが自ら行います。メンバーもアンテナ・ジミー・シーメンスに代わって、元マザーズのアート・トリップ(別名:エド・マリンバ)が参加しており、妖しく格好いいマリンバを聴かせてくれます。
DOC AT THE RADAR STATION 1980年発表
 邦題は『美は乱調にあり』というイキなタイトルが付けられており、マジック・バンドのメンバーも新たに構成されています。ここではジョン・フレンチもギター、マリンバ等で復帰しているのも興味深いです。ビーフハートもこの頃になると、40歳近くになっていますが、アグレッシヴな音像を披露してくれています。
ジャケット・デザインと共に、個人的に非常に気に入っているアルバムの一つです。
THE DUST BLOWS FORWARD:AN ANTHOLOGY 1999年発表
 このアルバムは流行のアンソロジー・ブームに乗ったのか、BOXセットの発表後すぐに発売された、ビギナー向けのベスト盤のCD2枚組です。
デビュー・シングルから現在までのラスト・アルバム、『アイスクリーム・フォー・クロウ』までの全45曲が、レーベルを越えて網羅されています。
GROW FINS rarities 【1965−1982】 1999年発表
 マニア泣かせのCD5枚組のBOXセットです。デビューから’82年までの未発表音源が満載されたアルバムです。DISC3では『トラウト マスク レプリカ』のセッションが収められており、このアルバムの目玉ともなっています。アルバムジャケットもその当時に撮影したものです。
国内盤は既に完売となっており、今では入手が非常に困難となっています。輸入盤であれば今なら入手が可能です。このアルバムの発売に関しては、早くから情報をキャッチしていたのですが、オタオタしているうちに国内盤を逃してしまいました。中にはぶ厚いブックレットがついており、英文がギッシリつまっておりますが、訳が無いのが残念でなりません。
 その他のアルバムとして、ザッパと共同名義で発表されたライブ・アルバム、『BONGO FURY』は必聴盤ですのでお忘れなく!