田園に死す  

1974年12月21日発表
JA・シーザーとジェフ一毛・犬神サーカスバンド
with 三上 寛
映画『田園に死す』オリジナル・サウンドトラック


映画『田園に死す』について
『田園に死す』ストーリー
JA・シーザーの音楽
映画音楽『田園に死す』の魅力
曲目紹介
寺山修司関連のアルバム紹介
特別企画:恐山レポート


 今回取り上げたアルバムは映画のサウンドトラックで、1974年に制作された故”寺山修司”の傑作映画、『田園に死す』のオリジナル・サウンドトラックです。このアルバムは映画発表当時、CBSソニーから発売されておりましたが、CD化もされないでいました。以前私もこのアルバムが欲しくて、ビデオから音楽の部分だけをダビングして聴いたり、中古レコードを探しまくった憶えがあります。新宿の中古レコード屋さんで見つけた時は、凄く感動したのですが、もの凄く高額で買うのを断念しました。そんな幻のアルバムが、今年(’02年)の8月にCD化されました。これには大感激!早速CD屋さんにGO!しかしどこのCD屋さんに行っても置いてなく、注文してから1ヶ月以上経って、ようやくGETする事ができました。
 ここでは、この映画とJA・シーザーを中心とする、オリジナル・サウンドトラックの魅力について紹介したいと思います。

こどもぼさつ
誰が笛吹く影絵が踊る
化鳥の詩
地獄篇
母恋餓鬼
桜暗黒方丈記
惜春鳥
短歌
空気女の唄
カラス
和讃
せきれい心中
人々はどこへ


JA・シーザーとジェフ一毛・犬神サーカスバンド
JA・シーザー:ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムス、エレクトーン
森岳史:ギター
河田悠三:ベース
石川圭樹:ベース
藤枝博文:ギター、ベース
鈴木茂行:ドラムス
ヘンドリックス:ドラムス
唄:蘭妖子、新高恵子、荒井沙知、天井桟敷合唱団
天井桟敷パーカッショングループ


映画『田園に死す』について

強烈な母親の押し付けがましい愛情のもと少年は隣家の後妻に憧れる。
村はずれに来たサーカスの異形の者達。
20年前の記憶を映画化しようとしていた映像作家である現在の「わたし」の前に過去の「わたし」が突然現われる。
全編シュールなキャラクターがなんの脈略もなく時には踊り、歌い、絶叫しながら観客を混沌へ導き、時間と空間をねじ曲げて物語は進んでゆく。
製作=人力飛行機プロ=ATG 
1974.12.28 
102分 カラー


製作 ................  寺山修司 九條映子 ユミ・ゴヴァース
企画 ................  葛井欣士郎
監督 ................  寺山修司
助監督 ................  国上淳史
脚本 ................  寺山修司
原作 ................  寺山修司
撮影 ................  鈴木達夫
音楽・演奏 ................  J・A・シーザー
録音 ................  木村勝英
効果 ................  木村勝英
照明 ................  外岡修
編集 ................  山路早智子 大坪隆平 浅井弘
 
配役    
私 ................  菅貫太郎
少年時代の私 ................  高野浩幸
化鳥 ................  八千草薫
股引 ................  斎藤正治
空気女 ................  春川ますみ
草衣 ................  新高恵子
牛 ................  三上寛
幻婆 ................  原泉
せむしの少女 ................  蘭妖子
映画批評家 ................  木村功
嵐 ................  原田芳雄
詩人 ................  粟津潔

 1974年、昭和のエンターテイメントで、詩人、作家、脚本家、映画監督、舞台作家、競馬評論家・・・等のあらゆるジャンルで活躍した、巨匠”寺山修司”が2本目の長編映画として取り組んだ、『田園に死す』が発表されました。

 この映画は当時、低予算で水準の高い映画を主謀としていた、『ATG(アート・シアター・ギルド)』が配給しており、超カルトな映画として紹介されましたが、今でも日本映画の高い水準を占めた評価の映画となっています。


 しかしながら、アングラ映画といいながら、寺山修司の主謀する劇団”天井桟敷”のメンバー以外にも、八千草薫や、原田芳雄、木村功等第一線級の俳優が出演しており、この映画に対する意気込みが感じられます。ちなみに”少年時代の私”を演じたのは、『超人バロム1』にも出演した、天才子役の高野浩幸です。

 物語のキー・ワードに、溺愛する母親、隣家の憧れの後家、ててなし子を産む娘と間引き、サーカスと異形の人達、白塗りの人々、共産党員として追われる男、兵隊馬鹿と角巻、イタコ、柱時計と刻む時間、突然観客に向かって叫ぶ三上寛、etc...。精神世界を描いたストーリーも良いのですが、これらのキー・ワードを巧みに捕らえた映像だけでも、十分楽しめる映画です。

 そしてラストの衝撃的なシーンは、観る者を圧巻させ、コアな映画ファンの間では、今でも語りグサとなっています。ご覧になっていない人は是非お薦めです!

『田園に死す』ストーリー

 映画のストーリーは、寺山修司自身の自伝的なストーリーで物語が始まります。舞台は青森県恐山。父親を戦争で亡くした為、母親(高山千草)に溺愛されて育った少年(高野浩幸)も、母親を捨てて都会へ出たいと考えています。そんな中、隣家に嫁いできた化鳥(八千草薫)に憧れを抱く少年。少年は化鳥に近づき駆け落ちの相談をします。
 そして、まんまと二人は駆け落ちに成功します。しかし、ここでフィルムは終了!現実の世界に戻り、現在の私(菅貫太郎)と映画評論家(木村功)が登場します。二人はスナックで私の自伝を撮った未完成の映画について語り合います。二人は精神世界について語り合った後、映画評論家が私に一つの問題を提示します。「もし、君がタイムマシーンに乗って数百年をさかのぼり、君の三代前のおばあさんを殺したとしたら、現在の君はいなくなるか?」こうして私の時空を越えた旅が始まります。
 ただ私自身、過去について綺麗に脚色していた為、その脚色された現実を振り返ります。そして私は最後に過去の自分の母親を殺そうと、20年前の自分の家に向かいます。20年後の私を前に、何食わぬそぶりで迎える母親。しかし結局は一人の母親も殺せない私。たかが映画なのに...本籍地、東京都新宿区新宿字恐山! こうして衝撃的なラストシーンとなります。


 先日、『タイムマシーン』という映画を観てきました。この映画では、殺された恋人を救う為に過去にさかのぼって、恋人を助けようとするのですが、結果過去を変える事は出来ませんでした。(何度助けても恋人は死んでしまうのです) 有名な映画”バック・トゥ・ザ・フィーチャー”では、コロコロ過去を変える事が出来ました。う〜ん、解らない!

JA・シーザーの音楽

 JA(ジュリアス・アーネスト)・シーザーは、本名:寺原孝明といい、1948年宮崎県に生まれます。幼少期を静岡県で育ち、’67年に高校卒業と共に大学入学の為、東京へ上京します。(実際にはデザイン学校に入学) その間しばらくフーテン暮らしをします。この時に時代はヒッピー・ムーブメントやサイケデリック・カルチャーの真っ只中で、彼も例外でなくサイケデリック・カルチャーの洗礼を受けることになります。’69年に寺山修司と出会い、彼の主謀する劇団”天井桟敷”に入団します。

 そこで、寺山修司に天井桟敷で与えられた仕事は、当時は素人だった音楽の仕事でした。彼は独学で音楽の勉強を始めます。幸運な事に当時天井桟敷の音楽を担当していた者に、ロックの草創期のミュージシャンの面々(下田逸郎、柳田ヒロ、角田ヒロ、荒木一郎、左右栄一、加藤ヒロシ、フラワー・トラヴェリン・バンド、ハプニングス・フォー、ブルース・クリエイション、カルメン・マキ、三上寛など)がいて、彼らとの交友に恵まれたことと、天井桟敷の度重なる海外公演や、外国人経由で伝えられる様々な種類の先駆的なサイケデリック体験により、急速に成長し、独自の発想に基づく音楽を生み出していきました。
 余談ですが、シーザーの音楽はピンク・フロイドの影響も受けています。天井桟敷の初期の頃、舞台の効果音に、寺山修司がピンク・フロイドの『神秘』を取り上げていたのがキッカケのようです。その後、天井桟敷のイギリス公演をデヴッド・ギルモアが観て、JA・シーザーに興味を持ち、ピンク・フロイドが来日した際、東京公演の後、ギルモアがシーザーに電話をしたという逸話もあります。また、ブライアン・イーノが彼に興味を持っているという説もあります。


 入団当初は、天井桟敷館地下劇場でのライブを活発に行い、’71年には三里塚で開催された、伝説的な野外コンサート『幻野祭』にも30分間出演します。当時のシーザーの音楽は、サイケデリックやプログレの要素含んだ中で、複雑なリズムや転調の多用、和楽器を取り入れてエスニックな要素までも引き出し、すでに独自の音楽が完成されておりました。

 ’70年代も中盤に差し掛かると、コンポーザーやアレンジャーとしての活動がメインとなります。その中で、’74年に発表された映画、『田園に死す』のオリジナル・サウンドトラックは御詠歌ロックで、シーザー節が随所に散りばめられて、寺山修司の描く虚構としての東北を、見事に表現しております。ここでJA・シーザーは一つの頂点を迎えることとなります。

 ’70年代も終盤になると、彼は舞台演出にも力を入れる事となります。この当時の興味ある話で、プロデューサーの馬淵晴子氏の紹介で、リトル・フィートの”ロウェル・ジョージ”と知り合ったそうです。ロウェル・ジョージはシーザーの曲を、自身のアルバムで取り上げる約束をしたそうなのですが、彼は直後ドラッグにより他界してしまった為、それは幻で終わっています。
 この当時の彼の音楽は、以前のようなワイルド感覚は薄れたものの、ワールド・ミュージックを採り入れ、映画『さらば箱舟』では沖縄民謡やケチャを採用。またノイージーなサウンドにも挑戦したり、オーケストラも起用したのもこの時期です。こうして円熟期を迎えた訳ですが、’83年、寺山修司の死によって、天井桟敷は解散。ここでまた転機が訪れる事になります。

 天井桟敷解散後、JA・シーザーは天井桟敷の劇団員の一部と若手メンバーを募り、劇団”万有引力”を立ち上げます。ここでは彼は演出・音楽・マネージメントの三役を担い、悪戦苦闘の日々を送る事となります。その後は、演出家としての活動が比重を占めてしまいますが、近年アニメ映画である、『少女革命ウテナ』の音楽を担当し、ヒットする事により新しいファン層を開拓すると共に、JA・シーザーの音楽が再評価されました。

映画音楽『田園に死す』の魅力

 前項でも述べましたように、映画『田園に死す』のサウンドトラックは、JA・シーザーが彼の持ち味である、サイケデリック・サウンドをベースに、映画の舞台である恐山のイメージを見事に表現した、御詠歌ロックの集大成です。

この頃になると、JA・シーザーのアレンジも荒々しさが抜けて、やや大人し目になっていますが、その分丹念に仕上げられていて、後のミュージシャンからコンポーザーや、アレンジャーになるキッカケとなっているのではないでしょうか。
 曲は童謡や子守唄、御詠歌等をロック調にし、JA・シーザー特有のサイケデリックやプログレへのアレンジが加えられてます。男性コーラスを独特に取り入れている所は、ピンク・フロイドの『原子心母』を連想させ、児童合唱団を起用しているところは、逆にオドロオドロしさを引き立たせる効果を用いているように思えてなりません。

 演奏は「シーザーとジェフ一毛、犬神サーカスバンド」となっておりますが、シーザーと森岳史をコンビとしたものです。森岳史のギターは、スライドギターを多様し、プログレ色の濃い幻想的な効果を生み出します。

 そして、映画音楽には珍しく、短歌等の朗読が収録されたりもしています。実際の映画にも収録されているのですが、故寺山修司の声や、大女優八千草薫の東北訛りの朗読は、音楽以上の素晴らしさを感じてしまいます。
アルバムジャケットのデザインは、花輪和一氏です。


 こうして永年待ち続けたこのCDは、当然私のCDコレクションの中でも、一、二を争う程の重要な位置を占めた、アルバムである事は否定できません。

曲目紹介

 収録曲を一曲づつ紹介します。

こどもぼさつ
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:児童合唱団

 タイトルバック『田園に死す』と共にこの曲が始まります。子供達の合唱が印象的なロックと童謡が融合した曲ですが、詩の内容はとてもオドロオドロしていて、怖いものがあります。まるで死児たちの悲痛な叫びが聞こえてくるようです。

さいのかわらにあつまりし みずこ まびきこ めくらのこ
てあしはいしに すれただれ なきなきいしを はこぶなり
ゆびよりいずる ちのしずく みうちをあけに そめなして
ちちうえこひし ははこひし よんでくるしく さけぶなり
あヽ そはぢごく こどもぢごくや


謎が笛吹く影絵が踊る
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:天井桟敷合唱団
*演奏:犬神サーカスバンド
 少年時代の私が、サーカスで空気女(春川ますみ)と腕時計に出会うシーンで使われます。但し、唄は挿入されていなバージョンが使われています。また、唄入りの曲はバージョン違いですが、少年時代の私(高野浩幸)が、化鳥(八千草薫)と駆け落ちするシーンで使われます。

化鳥の詩
*作詞:寺山修司
*朗読:八千草薫
 後半で化鳥(八千草薫)が、少年時代の私(高野浩幸)と嵐(原田芳雄)の前で、過去の自分を振り返るシーンです。八千草薫が東北訛りの語りで、淡々と自分を振り返りる、私の好きなシーンの一つです。
バックのBGMもノスタルジックで、朗読を盛上げます。

 とても長い戦争だったわ。
 私の家は田圃ニ反の水呑み百姓だったの。
 でも、父さんが出征したあとは、だれも田を耕す人がいなくなってしまった。母さんが心臓発作を起こして倒れて、田は荒れ放題になり、草はぼうぼうと生えていた。米びつの中はいつも空っぽだった。食べるものがなくて、盗みもしたわ。その頃、田を売らないか、という話があった。
 母さんは嫌だと言った。黒い鞄を持った借金取りが毎日やって来て、田を売ることをすすめたんだけど、母さんは半狂乱になって、父さんに申し訳がない、父さんが帰ってくるまでは、田を手放すことなんてできないと言っていた。だけど、その母さんも、まもなく死んだわ。そして、田は人手に渡ることが決まり、わたしは他の町の親せきに引きとられることになった。
 わたしは、真夜中にそっと起き出して、売られてしまった夜の冬田に、死んだ母さんの真赤な櫛を埋めたわ。
 夜になると、埋めた真赤な櫛が唄をうたった。畑をかえせ、田をかえせ、櫛にからんだ黒髪の、十五の年のお祭りの、お面をかえせ、笛かえせ、かなしい私の顔かえせ。

 私は焼跡の女巡礼、うしろ指の夜逃げ女、泥まみれの淫売なのです。「母さん、どうか生きかえって、もう一度あたしを妊娠して下さい。あたしはもう、やり直しができないのです。」

 夢の中で、あたしは何度も田舎へ帰ってきたわ。そして帰ってくるたび、田を掘り起こした。
 すると、どこを掘っても真赤な櫛が出てきた。村中の田という田から、死んだ母さんの真赤な櫛、うらみの真赤な櫛、血で染めた真赤な櫛が、百も二百もぞくぞくと出てきた。そして、その櫛も口を揃えてあたしに言った。「女なんかに生まれるんじゃなかった」「人の母にはなるんじゃなかった。」

地獄篇
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:新高恵子・天井桟敷合唱団・東京混声合唱団
 少年時代の私(高野浩幸)が、恐山にイタコに降霊した死んだ父に会いに行く時に、魔性(小野正子)に導かれるシーンに聴けます。
曲はスライド・ギターがメインで且つ幻想的で、初期のピンク・フロイドの影響が伺えます。但し、混声合唱が和風に色づけされています。唄は新高恵子。

あゝ、あゝあゝあゝ
あゝ、あゝあゝあゝ

日は暮れて、鐘は鳴る
寺の迷い子が手でまねく

日は暮れて、鐘は鳴る
死んだ我が子の赤い櫛


母恋餓鬼
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:JA・シーザー
 JA・シーザーが寺山修司の詩に曲をつけて、本人自らが唄う御詠歌ロックです。そしてまさに怨歌です。この曲には、同名異曲がありますので要注意!
但し、映画本編では未収録の曲です。

桜暗黒方丈記
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:児童合唱団・天井桟敷合唱団
 捨てられた母(高山千草)が、少年時代の私(高野浩幸)を思い、岩の上の柱時計を抱えた少年達に呼びかけるシーンで流れます。映画で流れた曲よりも、実際にはエンディングがあり、天井桟敷合唱団の凄まじい掛け声が加わります。

天に鈴ふる巡礼や 地には母なる淫売や
赤き血しほのひなげしは
家の地獄に咲きつぐや
柱時計の恐山 われは不幸の子なりけり
死んでくださいお母さん
死んでくださいお母さん
地獄極楽呼子鳥
桜暗黒方丈記


惜春鳥
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:蘭妖子・児童合唱団・東京混声合唱団
 村人に祝福される事なく、間引きを強要される草衣(新高恵子)が、子供を川流しするシーンに流れる子守唄です。子供を追いかける草衣の後から流れてくる雛壇のシーンは、本編屈指の名シーンで、曲の盛り上がりが映像とマッチしていて、素晴らしい効果となっています。
唄は天井桟敷の蘭妖子が唄っています。しゃがれ声が非常にこの曲とマッチしています。この曲は後年、寺山修司没後10周年で、蘭妖子のソロ・アルバムでも収録されています。プロデューサーは勿論JA・シーザーです。

姉が血を吐く 妹が火吐く 謎の暗黒壜を吐く

壜の中味の三日月青く 指でされば身もほそる

ひとり地獄をさまようあなた 戸籍謄本ぬすまれて

血よりも赤き 花ふりながら 人のうらみを めじるしに

影を失くした天文学は まっくらくらの家なき子

銀の羊とうぐいす連れて わたしゃ死ぬまで あとつける


短歌
*短歌:寺山修司
*朗読:寺山修司
 亡き寺山修司の短歌の朗読です。映画本編でも使われています。

ほどかれて 少女の髪に むすばれし 葬儀の花の 花ことばかな

とんびの子 なけよ下北 かねたたき 姥捨以前の 母眼らしむ

かくれんぼ 鬼のまゝにて 老いたれば 誰をさがしに くる村祭

亡き母の 真赤な櫛を 埋めにゆく 恐山には 風吹くばかり

降りながら みづから亡ぶ 雪のなか  祖父(おおちち)の瞠し 神をわが見ず

濁流に 捨て来し燃ゆる 蔓珠沙華 あかきを何の 生贄とせむ

見るために 両瞼をふかく 裂かむとす 剃刀の刃に 地平をうつし

新しき 仏壇買ひに 行きしまま 行方不明の おとうと鳥

吸いさしの 煙草で北を 指すときの 北暗ければ 望郷ならず


空気女の唄
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:荒井沙知
*呼込:中沢清
*演奏:犬神サーカスバンド
 サーカスの中の亭主に浮気され、逃げられた空気女のテーマ曲です。途中リズムがワルツになったり、タンゴ調になったり、遊び心のある曲です。中沢清氏の呼び込み調の語りが面白いです。
この映画の中で、見世物小屋に等しいサーカスがキーワードとなっており、サーカスのシーンでは、色鮮やかな描写で視覚効果を高めます。そして何よりも空気女・春川ますみの好演が光ります。

カラス
*作詞:三上寛
*作曲:三上寛
*唄:三上寛
 長髪時代の三上寛が唄う、ギターの弾き語り。この曲だけは唯一、JA・シーザー以外の作曲です。弾き語りのシーンと共に映し出されるシーンは、オドロオドロしいものばかりです。セーラー服を着た血だらけの案山子。畳の上に両足を投げ出し、倒れている犯された少女。流れる血。土蔵の壁に、鎌でくぎづけされたワラ人形等々。本編では1番のみが唄われます。この手の弾き語りはどうも苦手で...。オリジナルは別バージョンで存在するそうです。

夜にカラスが なく時は
朝にかならず 人が死ぬ
今日もどこかの 六十ジジィが
生娘抱いて 腹上死
赤く開いた 口の中
ヤニで汚れて 金歯が光る
投げすてられた ステテコにゃ
娘が飛ばした あげは蝶

夜にネズミが さわぐ時は
朝にかならず 人が死ぬ
今日もどこかの 肉屋のオカミが
若いツバメと 無理心中
はげたマニュキュアが なおさら紅い
四十しがらみ 朝までも
うえた身体が 朝までも
人は誰かを 殺してる
誰かを殺して 生きてゆく
行き着く先は 冷たい手錠


和讃
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:新高恵子・天井桟敷合唱団・東京混声合唱団・児童合唱団
 JA・シーザーの御詠歌ロックの傑作です。冒頭のシンセサイザーと心地よいスライドギターが、プログレ色を濃く彩ります。まさにロックと御詠歌の融合!素晴らしい盛り上がりを見せる曲です。ラストのギター・ソロも格好いいです!
映画でも少年の私(高野浩幸)を草衣(新高恵子)が犯す、本編のクライマックス・シーンで使われます。本バージョンは新高恵子が唄っていますが、別バージョンでJA・シーザーのライブ・アルバム『国境巡礼歌』でも収録されています。

これはこの世のことならず
死出の山路のすそ野なる
さいの河原の物語
手足は血しほに染みながら
河原の石をとり集め
これにて回向の塔を積む
一つつんでは父のため
二つつんでは母のため
三つつんでは国のため
四つつんでは何のため
昼はひとりで遊べども
日も入りあいのその頃に
地獄の鬼があらわれて
つみたる塔をおしくずす


せきれい心中
*作詞:寺山修司
*作曲:JA・シーザー
*唄:新高恵子
 新高恵子が唄う子守唄調の曲ですが、草衣(新高恵子)が生まれたばかりの赤ん坊を抱いて山を降り、みんなに見せに行くところ等で使われています。
 寺山修司が生前、津軽三味線奏者の二代目高橋竹山の為に詩を書いて、竹山が曲をつけた同名の曲がありますが、ここでは作曲者がJA・シーザーとなっています。同名異曲なのかどうかは定かでありません。勉強不足で申し訳ありません。

人々はどこへ
*作曲:JA・シーザー

*合唱:天井桟敷合唱団・東京混声合唱団

 本映画の有名なラスト・シーンで流れる曲です。スキャットの繰り返しで、ロック調の曲が段々盛り上がって映画が終了します。この曲は天井桟敷公演のラストでもしばしば使われたとか...。
 本編では、私(菅貫太郎)と母(高山千草)が向かい会って食事をするシーンが、いきなり新宿の雑踏の中に変わります。そして街の雑踏の中に消えてゆく、出演者達...。寺山修司ならではの素晴らしい演出だと思います。バックの二幸のビルが懐かしいです。そうです、今ではアルタが建っていますから...。それにしても、寺山映画のラスト・シーンにはいつも感動させられます!

 以上で本サントラ盤に収録されている曲は全てですが、実際には映画本編の中で、いくつかのその他のBGMが使用されています。それらの曲は、プログレ色の濃い曲や、和風の曲などが使用され、JA・シーザーの奥深い音楽性が伺えます。

寺山修司関連のアルバム紹介

 ここでは寺山修司関連のお薦めのアルバムというよりも、私が所有しているアルバムについて紹介します。
真夜中詩集〜ろうそくの消えるまで〜/カルメン・マキ/1969年発表
名曲「時には母のない子のように」を含むカルメン・マキのデビュー・アルバムです。曲の間にも語りが挿入せれており、寺山修司の詩情が織り込まれています。詩は全曲寺山修司で、殆どの作曲は田中未知氏です。田中氏は天井桟敷劇団のスタッフであり、劇団の音楽は殆どJA・シーザーに任せていたようです。
薔薇門/制作・編集:天井桟敷/1972年発表
このアルバムはてんぐレコードといった、天井桟敷レーベルから自主制作されたアルバムです。寺山修司が企画、音楽にJAシーザー、クニ河内とハプニングスフォー、山谷初男らが努め、東郷健をはじめとするゲイ・ピープルが出演しています。内容は東郷健氏の政見放送から始まり、性的差別を訴えたと思ったら、天皇制まで批判。過激すぎてビックリしました。私も昔NHKで東郷健氏の政見放送を観た事がありましたが、当時はとても理解出来る術はありませんでした!
また本アルバムでのクライマックスでは、性解放宣言として”森崎偏陸氏”のシャウト!ラストのJA・シーザーの自由への呼びかけでエンディングとなります。
このアルバムは当然入手困難で幻の珍盤でしたが、最近になってCD復刻されました。
国境巡礼歌/JA・シーザー・リサイタル/1973年発表
初期のJA・シーザーの集大成とも言える、1973年の日本青年館でのリサイタルの実況録音盤。録音の状態は今一つですが、御詠歌ロック炸裂で内容は素晴らしい出来です。
この時点で既に『田園に死す』の収録曲が完成されており、「和讃」でのテンションの高さは狂気そのものです。また、「人々はどこへ」も「人力飛行機の為の演説草案」という曲で流れます。
ジャケットはぴあの表紙で有名な及川正通氏。
身毒丸/構成:寺山修司/1978年発表
ロック・オペラといえば、THE WHOの『トミー』が有名ですが、これは日本を代表する?見世物オペラでJA・シーザーのアルバムの中でも特に重要なアルバムだと思っています。
内容は天井桟敷の舞台劇『身毒丸』のサウンドトラック・アルバムで、この舞台は今でもいろんな劇団でも取り上げられている名作劇です。
書を捨てよ、町へ出よう/天井桟敷/1970年発表
こちらは映画『書を捨てよ、町へ出よう』のサウンドトラック盤とは異なり、阿佐ヶ谷公会堂で録音された、レコードの為の擬似ライブ盤であり、演劇がベースとなっています。
個人的には映画のサウンドトラック盤が欲しくて、現在探している最中です。
さらば箱舟/JA・シーザー/1983年発表
寺山修司没後遺作として発表された映画、『さらば箱舟』のオリジナル・サウンドトラックです。このアルバムは田園に死すの頃の御詠歌ロックとは少し異なり、南国の音楽も取り入れており、音楽の幅の広がりを感じさせるサウンドとなっています。
映画の内容も悪くありませんが、個人的には天井桟敷時代の高橋ひとみが妖精の役として拝める作品であり、森の中をヌードで走り抜けるシーン等は素晴らしいです!後にTVドラマ『ふぞろいの林檎たち』で出演するまで、時間はかかりませんでした。この頃の高橋ひとみが大好きな一ファンの戯言でした。
失われたボールをもとめて/寺山修司トリビュート/1993年発表
詩の朗読や楽曲を寄せ集めた寺山修司没後10周年で発表されたトリビュート・アルバムです。参加人が凄い!裕木奈江、鈴木惣一郎、大槻ケンジ、ローリー寺西、あがた森魚、戸川純、友部正人、巻上公一、山崎ハコetc.の面々。企画物としては◎の内容です。
寺山修司の世界/日吉ミミ/1993年発表
1993年は寺山修司没後10周年という事でこんな企画物も発表されました。日吉ミミがしっとりと寺山修司の世界を歌います。カルメン・マキを彷彿させる出来栄えです。
惜春鳥/蘭妖子/1993年発表
田園に死すにも出演している天井桟敷の蘭妖子氏が歌う寺山修司の世界です。彼女のハスキーな歌声は、哀愁に充ちて物悲しさを感じさせます。
作曲は全てJA・シーザーであり、田園の死すの収録曲「惜春鳥」もセルフ・カバーされてます。
JA・シーザーの世界/JA・シーザー、宇田川岳夫著/2002年発表
JA・シーザーの全てを綴った本です。初期の天井桟敷時代の彼の音楽活動から、最近の活動内容まで紹介されており、貴重な資料満載で参考文献としても活躍して頂きました。
付録としてエキストラCDがついています。ファン必見!