短編集 〜Short Stories〜
Ruin the World
「丸い石っころが魔剱なのか? 随分とケッタイな話じゃな」
亜麻色の髪の少女が小首を傾げる。
眉間に僅かにしわを寄せるその仕草は、整った美しい顔立ちには不似合いな滑稽なものであった。
ぱちり。
囂々と燃え盛る暖炉にくべられた薪が音を立ててはぜると、少女に対面して深く腰を落ち着けた老人が静かに口を開いた。
「錬金術師達にとっては、石も剱も大差は無いのでしょうな」
口元に長く蓄えた白髭を軽くさすると、老人は優しげな視線を少女に注ぐ。
「もっとも、それらは全て昔の話。御子の治世に於いては、年寄りの懐古の中にのみその存在を許される程度の下世話なものに過ぎませんが」
暖炉の紅い炎が照らし出す石造りの室内には、センスのいい古めかしい調度品が嫌味を感じさせる事なく、さりげなく配置されている。
窓のない東側の壁には、玄い木製の書棚が備え付けられ、一面に様々な書物が詰め込まれていた。
南側の窓には木の鎧戸が落とされていたが、肌を刺す空気の冷たさ、物言わぬ周囲の静けさから、今が夜である事は容易に推測できるであろう。
北には出入りを行う扉と、暖を取る灯火が焚かれ、西は寝具がその空間を占有している。
「ゴーザム、そちはいつもそれだ。そういう言い回しばかりするから、そのように老けるのじゃぞ?」
少女はくちばしを尖らせて、そう断言した。
胸を反らせ毅然としたその姿勢は、歳の割にはとても凛々しく見え、威風すら感じさせる。
「これは手厳しゅう御座いますな」
ゴーザムと呼ばれた老人は、にわかに身体を揺すりながら笑みを漏らした。
その様子に、少女は半ば呆れたかのような表情を浮かべ溜息を吐く。
くるくると変わるその表情は、舞台役者もあわやと言わんばかりの変わり様だ。
薄紅色の夜着に身を包む少女の歳は、およそ10前後だろうか。
淡い青白色の髪が漆黒の闇と、燃える炎と、微妙な色合いを醸し出している。
「それで、その石だか魔剱だかが、この世界を僅か一夜の内に滅亡させたと言うのじゃな?」
「左様、かの賢者の石に蓄えられし力が暴走せし時、天は闇に包まれ、そして大地は幾千にも引き裂かれたので御座います」
その光景を回想しているのだろうか。
ゴーザムは目を伏せ、その語る口調もやや力なく感じさせる。
「魔剱にしてもまた然り。大気と大地、そしてそこに生きる動植物の活力…生命を組成するエーテルを無尽蔵に食らい尽くしたのです」
ぱちり。
火が爆ぜる。
「ふむ、全く逆の性質を持ちながらも、その成すところは共に崩壊とは数奇と言い例えるべきか。それで、その石と剱はどうなったのじゃ?」
目を輝かせて少女は尋ねる。
─過ぎたる力に興味を示すのは、かの方の血を引きしが故か。
ふと、そうした考えが脳裏を掠めたが、ゴーザムは目の前の少女の率直な質問に向き直る事にした。
「結論から言えば、この災厄の源たる石と剱は世界より消失したのです。しかし、それら魔導の産みし罪の代償はあまりにも大きかった……」
そこで、ゴーザムはふいに言葉を切った。
その真実は、今もなお滅びの一点へと収束しつつある、この世界の根幹へと深く結びついているのである。
「賢者の石の”暴走”と4本の魔剱…すなわち、カイーナ、トロメア、ジュディカ、アンティノラによる”搾取”により、多くの人命と世界そのものが抹消され、正なる因果律の守護者たるドラゴンをも終の空へと吹き飛ばしてしまったと伝えられておりますな」
「その話ならば、幼少の頃より聞き及んでおるぞ。邪悪なるゾークによって、西の地に月が堕とされたのであったな」
苦渋の表情を浮かべる老人の言に、少女は自らが生まれる前の伝承を語り頷く。
その様は、まるで己の利発さを褒めてくれとねだる幼子の様だ。
少女の屈託のない笑顔に、ゴーザムは無言で微笑み返した。
「御子の博識には毎度の事、驚かされる……。仰る通り、ゾークの魔導邪悪にして、石と剱、そして天貫かんとす塔が産み落とされたので御座いますな。ゾークが斃れ、世界は終末へと加速を始め今に至るのはご存知の通り」
「答えとらんぞよ。で、石と剱のその後はどうなったのじゃ?」
少女は頬をやや膨らませ、年寄りの長話は参ると苦笑いを浮かべた。
もっとも、本心から悪態をついているのでない事は、誰の目にも明らかではあったのだが。
「石は砕け大地の底にて今もなお毒を吐き続け、魔剱はガイアの地に根を下ろしたとも言われておりますな」
「ガイアとな? その名は初耳じゃな」
少女が再び首を傾げる。
だが、今度はゴーザムは何も答えなかった。
「さ、今宵はもう遅う御座います。そろそろ床に着きなされ」
そう呟くと、少女を豪奢な寝台の上へと導き、毛布と羽毛布団をそっとその身にかけていく。
少女はまだ何か言いた気であったが、老人の性格をよく熟知していたのであろう。
これ以上は語る事はあるまいと判断するや、今日のところは大人しく休む事にした。
少女のそんな殊勝な心がけに気が付いたのか、ゴーザムは傍らの太刀を拾い上げると、その部屋を後にした。
「おやすみ、ゴーザム」
「お休みなさいませ、偉大なる御子よ」
ぱちり。
暖炉にくべられた薪が音を立てて爆ぜる。
寒々とした夜気を振り払うかのように、囂々と炎が燃えている。
そして、夜は更けていく。
やがて訪れるであろう、次の朝を夢見ながら──