短編集 〜Short Stories〜
The Outlaw scene.1
ビュウという風の音が鼓膜を振るわせた。
一陣の風は何物にも遮られる事なく、ストリートを駆け抜けていく。
荒れ果てた素肌を晒す大地は乾いた砂塵を巻き上げ、やがて来るであろう「その時」を、ただ黙して待ち続けているのであろうか。
町の何処にいようとも、見上げれば否応なしに目につく時計台。
赤茶けた錆びの匂いさえ感じさせる重い鉄の針がそっと時を刻む。
その指し示すは、午後2時59分──
ストリートの中央で黙して語らない、不動の男2人の姿があった。
1人は褪せた黒色のテンガロン・ハットを目深に被り、同系色の擦り切れたポンチョを纏っている。
黒髭を蓄えた、その年の頃は30前後だろうか。
それに対峙する形で立ち尽くす、いま一人の男はあらゆる意味で目立っていた。
真っ赤に染め上げられたハットを被り、そこから覗かせるは輝かしき真夏の太陽を想起させる金色(こんじき)の長い髪。
そして、ハットと同様に赤く染め上げられた皮のベスト、それを引き立たせるかのような漆黒のズボンが鮮烈な印象を抱かせる。
歳は20代前半だろうか。
2人の男は中空にだらりと腕を垂らし、ただ一点の虚空を見つめていた。
その周囲には、そんな様子を固唾を飲んで見守る群集の姿が見てとれる。
その時、突風が眼前を横切った。
枯れ草の塊がカサカサと音を立てて運ばれていく。
ビュウという風の音が鼓膜を震わせ、そして僅かの間に瞳を乾燥させていく。
だが、男たちは瞬きすら忘れてしまったのか、はたまた永き沈黙の果てに凍り付いてしまったのだろうか。
その表情には少しの変化も見当たらない。
カラカラとした汗ばむ程の熱気も、彼等の凍りついたその身を解かす事はなかった。
グオンという風鳴りの雄叫びを上げて、三度、激しき風が大地を吹きぬけた。
視界が霞む程の砂塵と共に、黒いテンガロンが空へと舞い上がる。
痩躯の青年はずいと腰を落とし、若い女はその捲れ上がりそうになるスカートを押さえつけた。
細枝の杖に頼る老人はその身を崩し、傍らの子供もそれに追従する。
獰猛なる風に対し怯むは、人だけに非ず。
ストリートに面したバーの古びた看板が、もげんばかりの勢いで不快な音を立て軋んでいる。
どこか遠くでは、表に積まれた空樽が崩落でもしたのであろうか。
風の唸りに負けじと轟音を轟かせ、その存在を主張している。
それら一瞬の世界の中、時計台の鉄針もまた新たなる時を刻んでいた。
指し示しは、午後3時ジャスト。
薄れゆく砂煙と共にストリートの視界が開けていく。
はたして、そこに立ち尽くすのは真っ赤なハットの男、ただ1人であった。
やや前のめりの姿勢の下、僅かに肩を落とし突き出す右手には、今もなお硝煙を上げるガンが握られていた。
不恰好なまでに長大なバレルを持つ大型拳銃──
西部最強と噂されるバントラインより放たれた鉛の凶弾は、黒ポンチョの眉間を寸分の違いも無く正確に貫いていた。
ヘヘッと男が嘲うと、それまで静観を決めていた群衆の間にどよめきが走る。
その歓声に片手をあげ応えると、相棒(愛銃)をホルダーに戻し踵を返した。
それは、西部の日常。
いつも、どこかで、誰かが引き起こす、ごく当たり前の日常的な光景。
だが、この男──シング・オールドマンにとって、それは最後の日常であった。
機会があれば、この男のその後を語るとしよう。
そう、今ではないいつの日か……