お遊び新聞 第 14 号
THE OASOBI SINBUN
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桜咲く!  

          
 2005. 3. 8 ・ 3. 9



   今年は次女が高校卒業、長女は前年度の受験では自分の希望を通し高いハードルを目指し一浪していることから、年子の姉妹での同時大学受験となった。                   
                                            
   長女は本人も「二浪はしない!」と言っているし、親としてもこれ以上の浪人生活はして欲しくない! 
  次女は誕生が二日遅れれば下の学年となることから、こちらは浪人しても構わないのだが・・・長女と異なり性格的に一年間受験へのモチベーションが保てるかが疑問で、経済的事情もあり二人とも国公立・浪人不可を条件に大学選択しての受験となった。                 
                                           
   センター試験の自己採点の結果で、受験校の決定・願書提出、JRの切符やホテルの手配など慌ただしく過ぎ二次試験を迎えた。                               
                                             
   二次試験後、長女はJRの最終に近い列車で日付の変わる頃、次女は翌日の昼過ぎに帰宅したが、二人ともその時の表情が明るかったことから試験の出来は悪くはなかったのではとまずは安堵したが合格発表があるまでは落ち着かなかった。                        
                                            
   発表日が近づくにつれ家の雰囲気も重苦しくなり、そのピークが長女の受験校の合格発表日であった。  
   合格発表当日の3月8日は朝からパソコンの前に座りっぱなしの長女、気持ちは分かるのだがなるようにしかならない!「少しは目も休ませろ!」と注意してパソコンの前から追い出したほどであった。                              
                                            
   ネットでの合格者番号掲載が正午、早めの昼食で12時を少し回った頃にサイトを開いた長女の「あった!」の声には本当にホッとした。                           
                                            
   次女受験校の合格発表は長女の大学より一日遅れの9日午前9時。              
   合格発表を見るためアクセスが集中することから2時間くらい繋がらないという情報もあり、次女は朝寝を決め込んでいたが、私は予定時間の午前9時少し前よりF5キーの連打を行った。      
                                            
   掲載予定時間を少し過ぎた頃に無事アクセス出来、合格者番号に次女の受験番号も確認、前期日程で二人揃っての大学進学が決定しホッとした。                       



インターネットが無かったなら・・・

   今回の娘たちの大学進学ではインターネットが本当に役立った。                  
   大学のHP閲覧・受験情報入手は勿論のこと、ホテルの予約&キャンセルや列車の時刻調べ、タウン情報などなど、もしネットが使えない状況であったら・・・余分な出費も必要となったであろうし東奔西走しなければならず完全に目がつり上がっていたのではと思われる。                  
   家族誰もが一応ネットが使える状況になっていて本当に良かったと思っている。        




受験での話


ホテルの手配 

   センター試験結果、次女は予想通りの結果らしく事前に決めていた受験校にそのまま願書提出。     
   長女は予想よりも悪い結果となり受験校が二転三転、その都度ネットでホテルの検索=>予約=>キャンセルが続いた。
                                            
   その結果、最終的に決めた受験校近隣には宿の空き室が無い!
   宿を探していた女房殿からも私にも手伝うようヘルプコールが入り検索してみると・・・幸い、JRで5駅程手前のホテルに空き室が一部屋有るのを発見、早々に予約を入れた。    
   友人の知り合いが受験校周辺に在住とのことで問い合わせしてもらい、一軒だけ空き室があるとのことであったが料金が通常時の倍ということで私の探し出したホテルへの宿泊を決定した。   



次女と北海道      

   次女の受験校が北海道(札幌)。
   最初は北海道=遠い=移動は飛行機と思っていたのだが、天候による欠航も心配なうえ本人が飛行機を好まないこと、早朝に出発すれば当日の夜には到着できることから移動はJR利用となった。

   ホテルや切符の手配などはネットを利用してほとんど次女本人が行い、予定では札幌には試験前々日夜到着、札幌の街で夕食をとり、その後ホテルにチェックイン。
   翌日は、休養と不動産屋の案内で合格前提で契約予定のアパートの見学、試験終了後は夜行寝台で帰着となっていたのだったが・・・。

   往きは悪天候で大幅に遅れて札幌到着が真夜中の1時頃とか、試験当日はJR貨物の事故で試験開始が異例の2時間遅れとなり予約しておいた夜行寝台には乗れず、後発の夜行列車を利用しての帰宅となった。
                       
   晴れて入学のために三月末の移動では、またまたJRの事故で札幌手前5分のところでストップ、この時も2時間遅れくらいで到着した様子であった。

   二度あることは三度・・・と言うが、正にその通りの結果。
   よほど北海道との相性が悪いのか、本人の行いが悪いのかは分からないが・・・。      
   (^^ 





合格後の話



   携帯電話の購入           2005. 3. 9


   午前中に次女の合格も決まり合格証書も届いたことで購入時の学割申請も出来ることから、早々に携帯電話の購入に動いた。                                
   二人とも高校時代にも携帯電話は持たせてはいたのだが、自転車通学時の緊急連絡用としてのプリペード式のもの、長女は一度水没させ潰してからは新たに購入したものを全く使用していない。           
                                            
   合格発表までの間に長女が調べた結果では、店により約10,000円/2台の価格差が有ったことから最初は最安値で購入できる店に行ったが、その店には在庫が無く希望機種・色のものを取り寄せるか、機種を変更するかとなったため購入を保留して別の店に行った。          
   別の店では二人の購入希望機種(次女は希望機種変更)があり、しかも0円/2台とのこと。   
   
   電話だから繋がれば良いと思っている私には機種だけではなく色まで選ぶ感覚は理解出来なかったが安く購入出来たので良しとした。                            




入寮許可と不動産屋へのキャンセル       2005. 3. 14
             
                                            
   次女の進学後の住まいについては、大学に寮もあることから入寮希望も出してはいたのだが、定員も少なく所得などの関係で不許可の可能性が高いと予想され、遠方でもあることから合格を前提に受験決定後からインターネットなどで探していた。
                                            
   幸い1月末には適当と思われる物件が見つかり、合格し入寮不可ならば正式契約する話で二次試験前日には本人が現地の物件も見てきた。                          
                                             
   9日には合格が判明したが入寮可・不可の通知は届かない。(11日に入寮不可の通知が届いた)  
   合否が判明していつまでも連絡しないのも・・・と、不動産屋とは入居に向けて話を進め、週末には明細書なるものが郵送され契約金・仲介手数料・4月分の家賃を振り込むよう記されていた。 
   正式な契約書でないことや、今まで話の無かった暖房機のレンタル料が記されていたり、少々不審な面もあったが、住むところを確保してやる必要もあり週明け早々に指示された金額を振り込んだ。

   ところが、振込みが終わって帰宅し5分も経たないうちに大学から入寮辞退者が出たから入寮可能となったがどうするかの問い合わせ電話が入った。                       
   当然の如く入寮希望を伝え、不動産屋には物件のキャンセルと振り込んだお金を返金するよう電話を入れ、翌日には不動産屋から電話で回答を得たが返金は4月分家賃しか返せないとのこと。     
  正式契約後でも8日間はクーリングオフが出来るし、今回は正式な契約書も交わしていない!  
   法的には全ての金額の返金要求も出来るはずと思うのだが、一ヶ月以上前から部屋を確保しておいてもらったことから道義的にも契約金は払うがその他の金額については法的に正しいことか再考するよう伝えたところ、翌日にはこちらの要求通りの返金に応じる旨の電話が入った。      
                                            
   大学からもう少し早く連絡が入れば・・・とか、早々と振り込まなければなど本当にタイミングの悪い事であったが入寮出来たことで経済的にも楽になり、次女が寮生活に納得すれば卒業までアパート探しなども不要となりホッとしている。
                                 
   なお、長女の方は新入生全てが入寮ということで今回のアパート探しの必要はなかった。     
   但し、来年の入寮は抽選となることからアパート探しが必要となるかもしれないが、本人が現地で探せるし時間的にも余裕があるだろうから本人任せとするつもりでいる。         






  notePCの購入           2005. 3. 16


   チャット・メール交換などでパソコンが必需品の次女は、最初から現使用中のデスクトップPCを持参予定で準備を進めていたが、次女ほどPCを使っていない長女の方は必要となった時点でnotePCを購入すれば良いと思っていた。
                                            
   次女もnotePCについては必要となってから現地購入と思っていたのだが・・・、長女に対し女房殿が「家にいる間にnotePCを買って、慣れておく?」との言葉に、長女の「そうしたい・・・」との返事。
   常々、高校三年間の携帯利用料金で卒業時には良いnotePCが買えると言って、緊急用にプリケイを持たせ、メール交換はPCでやらせていた手前、拒否することも出来ず・・・、また同じように進学する姉妹片方だけにnotePCを持たせるわけにもいかず・・・急遽二人分のnotePCの購入となった。                       
                                                                 
   購入するPCの機種選定をしてみたが、故障時のことを考えると現地のショップで長期保障を付けて購入するのが良いのだが、こちらで購入して持参となることからネット注文のダイレクトPCの購入となり、私のPCで対応の良かったEpson DirectのNT2700を選択、そこそこの仕様にし5年間のピックアップ保守サービス・3年間のGoldワランティーを付け購入した。
                                            
   翌日には買い物ついでにPCショップまで足を伸ばして、キャリング・バックとUSBメモリーも購入。
   二人とも家を離れていくときには、荷物と共にPCの入ったバックを肩からさげて行った。                    
                                                                               
                                                     
                                            
PC注文でのトラブル   
                               
   支払方法はカードにして姉妹それぞれの名前で16日夜、注文させた。            
   先に注文した次女はトラブル無く発注出来たのだが、長女の方はカードエラーで発注できない! 
   翌日、電話でEpsonとカード会社に問い合わせたり・・・なんとか発注できたのが昼頃となった。
                                            
   カードには不都合は無くEpsonの説明するトラブル原因は、同一仕様での注文が続いたことで不審に思われてカード会社の方でストップをかけたとのこと。                
  Epsonのシステム上、発注者でユーザー登録されることから、それぞれに注文させたのに・・・、二台とも同時に購入出来たから結果オーライではあったが・・・受注システムの改善要求はしておいた。
                                      





寮それとも監獄?                                  
                                            
   入学手続で大学まで行き、寮の様子も見てきた長女曰く「まるで監獄・・・」とのこと。    
   私は屋根下で雨風が防げて暮らせれば十分と思うのだが、娘の感覚ではそのまま暮らすと気が滅入るからとカーテンや寝具など色やデザインに拘って選んでいた。               
                                            
   大学合格で家を離れることが決定したことから、私は長女は筑波山中に不法投棄、次女は蝦夷に島流しと言っていたのだが、長女の報告以来からかう言葉も筑波監獄に収監と蝦夷に島流しと変わった。
                                          





学生さんは上客?                                    
                                            
   長女の受験から合格し入寮するまでのことである。                     
   
   受験時の宿は学校近隣の便の良いところは料金設定が通常の倍になっていたようだ。             
   入寮に必要な日常品も限られた業者なら指定日に配達可能=>当然、その業者を利用するようになる。
   寮のネットも指定業者一社だけ、世間相場の2-3倍以上の料金で加入するようになる。    
   なんだか街と大学が共同して、学生相手に美味しい商売をしているように感じた。                





友人の助け       
                                            
   次女の受験が真冬の北海道、雪とは縁のないところに住んでいることから服装などのアドバイスを青森の友人に求めた。
                                            
   大学合格後は同じ寮生活でも次女の方は集団生活のようで取り敢えず寝具を用意し、その他のものは必要に応じ現地調達で済んだのだが・・・、長女の方は個室が与えられることから最初から生活用品の準備が必要となった。
                                            
   ところが入寮手続きが完了するまでは搬入出来ないことや、諸々の規制で準備が難しくなっていた。
   女房殿の友人が大学近隣に在住していることから、今では年賀状交換だけの付き合いとなっていたがタウン情報などヘルプ依頼をしてみたところ、彼女の方も数年前に同様な経験をしたということで、情報だけにとどまらず代理保護者として長女をサポートしてくれた。           
                                            
   また、主な電化製品は現地に住んでいる私の友人の知人から安価での購入手配が出来たり、数少ない友人たちであったが本当に助けられた。                                 
                                            
   静岡のH.Tさん、青森県のS.Hさん、茨城県のS.Mさん・S.Jさんいろいろとありがとうございました。
    m(__)m                                         
                                            



お金が・・・            

   高校三年当初の進路説明会で高校から受験などお金がかかると言われていた。
   いざ、受験=>合格=>入学となると、羽が生えて飛んでいくと言ったものではなく、その場で札束が蒸発していく感じであった。

   二人同時とはいえ、我が家の場合は国立大学、しかも受験は前期試験だけで済んだから出費も少ない方かと思うのだが・・・。
   これが私立の数校受験や入学となると・・・親は大変だァー!

















13号発行を伝えたら・・・                    2005. 1. 2


   2日朝、「お遊び新聞」13号の発行を家族に伝えた。                          
   朝食後それぞれのPCでネットに接続し読み始め、間違いなどの校正箇所を教えてくれたのだが、読み終わった次女曰く「リソースのことが記事にされていなくて良かった!」と一言。                
                                            
   昨年、次女使用PCのWindows Update時に点検すると、次女に渡した時には83%あったはずのリソースの空き容量が68%となっていた。                  
                                            
   PCを自由に使わせていることから、分けも分からず不要なソフトをDLして常駐させていることが原因で「理解せず使うことで調子を悪くする」と注意してリソースの説明をしてやった。  
   困れば泣きついて来るだろうからと手を出さずにいたら、ネットで検索して改善したようでデスクトップ・アイコンなど数個まで減らし、何とか元の数値まで回復させたようであった。          
                                            
   私に「お前は何でも潰す!」などと言われていたことから記事にされるのを気にしていたようで、リソースを減らしたことよりも「お遊び新聞」を読んでの反応の方が面白かったので、早速原稿入力しておいた。
                                    




お遊び新聞、「我が家のOA化の歩み」修正              2005. 1. 5


   「我が家のOA化の歩み」で最近のものは年月日が入っているが、古いものは月までで済ませていた。
   理由は、正確な日時が分からなかったためであるが、少々気になったので調べてみた。   
   まずはレシート・領収証など、次にPC関係を記録したノートや紙面発行の「お遊び新聞」、そして古いカレンダーのメモ書きまで調べてみた。
                       
   日付の抜けていたものの幾つかは記入出来、また記憶違いで誤記入となっていたものは訂正したが、記録が失われていたり、取ってなかったりで日付まで判明出来なかったものも数個残ったことは残念である。
                                      
   また、記録修正時にPC本体の故障など記入していなかったことを追加しておいた。      


                                      
                                            



外付けドライブが・・・                   2005. 1.11


   昨夏の帰国の際、植物を預かったカナダ人の友人から、使っているMacでは具合が悪いからと外付けのCD-RWドライブと不要になったとTAをいただいた。
   TAはゴミだが(昔使っていた物が我が家にも有る)、外付けのドライブは使える。      
   メーカーと型番を見るとBUFFALO CRW-L40IU、I/FはIEEE1394orUSB1.1である。
   CD-R・RWの付いていない三女使用PCに使用予定だがOSがWin98SP1でUSBしか使えない!USB接続だと8倍速となってしまうため、中のドライブだけ使用出来ればと分解してみた。  
                                            
   取り出したドライブを調べてみると案の定、IDE接続の52倍速のもの(BTC製 BCE5224IM)であった。
  早速、三女使用PCのCD-ROMドライブと交換してやったところ、以前のドライブが具合悪かったと三女大喜びであった。 
                                                               
   また、CD-RWドライブを取り出した残りのケースには、IEEE1394/USB1.1=>IDEの変換基板が付いていることから、HDDを取り付ければ外付けのHDDとして使用出来るはずと遊んでいるHDDを取り付けてみると見事に認識した。
                                            
   この件を譲渡元の友人に伝えると・・・自分のnotePC持参で来訪、外付けのHDDとして使えることを喜んでCDDの脱け殻を持ち帰った。                      
                                            
   こちらが用意したHDD取り付けブラケットや2.5=>3.5インチ変換ケーブルなどは差し上げたのだが、貰い物の脱け殻を返して喜ばれたのは初めての経験であった。          



音が出ない!                                      
                                            
   CDDを交換しテスト運転で音楽CDを入れたが音が出ない!                
   CDが悪いのかと別の物と交換したがやはり無音である。                  
  CDDへのケーブルはキチンと接続したのでサウンド・デバイスが奇怪しいのかとコントロールパネルを点検するも異常無し!                               
   再度ケースを外してコネクタ部分を点検するも異常無しで、ケーブルを辿っていくと・・・先端がM/Bから外れていた!
                                            
   そう言えば三女が「私のCDDでは・・・」と、音楽を私のPCからHDDに落として聞いていたことを思い出した。
   自然に外れるものでもないし、以前私がHDDなど点検した時に外れたものと想像出来る。   
   どうやらドライブの不具合は私が作り出したもののようであった。                 






  PC修理での違い!        2005.1


   女房殿使用のnotePCが液晶の輝度ムラが生じ、修理に出したのが昨年12月6日。    
    (「お遊び新聞」13号 HomeNews 二度目 その一 液晶交換 参照)       
   年内の修理完了を期待していたが連絡が無い!                       
   年末・年始の休みがあるからと待っていたが1月中旬に入っても音沙汰ないことから修理依頼したショップの修理窓口に問い合わせすると、先方からの返事は部品待ちとのこと。        
   液晶を売りにしているメーカーのPCで一ヶ月以上部品待ちは奇怪しいと、ショップからの返事が本当かメーカーの相談センターに問い合わせした。                     
                                            
   メーカーの相談センターでは親切に動いてくれて何処の修理センターに入っているかまで確認し連絡を取ってくれた。
   翌日には修理センターから「部品が入荷しましたから明日には修理完了します」の返事をもらった。
                                          
   本当に部品待ちで修理期間が長引いたのか?既に家電販売から撤退しているショップの保障で後回しにされていたのか?私は後者ではと思っている。                     
   その上、修理料金もメーカー依頼で6万円なのに請求は64,575円(保障を差し引き7,575円の支払い)、日通のパソコンポでの輸送料はユーザー負担のようであった。        
                                            
   幸い職場での貸与PCが使えたことで多少の不自由はあっても仕事への支障は無かったようだが、仕事の必需品となっているnotePCの修理にこんなに時間をかけられては迷惑な話である。 
(液晶交換自体は30分もあれば十分な作業である)                 
                                            
                                            
   一方、私のPCは昨秋HDDが不具合を起こしショップで購入して自分で交換したのだが・・・。 
   (「お遊び新聞」13号 HomeNews HDDクラッシュ 参照)           
   調べてみると3年保障に加入していて、メーカーに問い合わせするとHDDも無料交換出来るとのこと。
   また、修理期間も原則一日とのことで往復の輸送時間を考慮しても4日~5日で戻ってくる。
   それならば保障を使わない手はない!一回のHDD交換で補償費用の元もとれると早速、異常のあったHDDと交換して修理に出すことにした。                                        
   
   月曜日の朝、運送屋が引き取りに来て、水曜日の朝には修理され戻ってきた。         
   異常があって交換したHDDも付け替えた時には症状が出ず心配していたが、メーカーからの修理明細書には異常を確認し交換したと記されていてホッとした。                
                                            
   私のPCの修理は全くの無料、女房殿のnotePCの修理との違いは後の子供たちのPC購入時にも大きく影響した。
                                  





  やはりダメだった!              2005. 1.17


   友人から貰った液晶モニター、コードの圧迫が原因で不具合が解消されたと思っていた。    
   (「お遊び新聞」13号 HomeNews 難有り液晶モニターが・・・ 参照)      
   私のPCのドック入りの間、別のPCにセットして使い始めたら・・・やはり色の変わる症状が出て・・・しかも以前より状況は悪く感じられた。                          
   やはり、そんなに簡単になおるものでは無いようであった。                 
   液晶故、置き場所には邪魔にならないし、本当の意味でのモニターとして使う分には十分なことから、これ以上手を加えることなく使っている。                       





CDD交換                          2005. 1.31


   センター試験が終わったばかりではあったが、次女が一人暮らしに持っていくPCの準備を始めた矢先、たまたまスーパーへの買い物ついでに二階に有る電器店を覗いたらPLEXTORのPX-605Aが台数限定で通常価格より3千円程安く売られていて、その内の一台が売れ残っていた。     
                                            
   仕上げる予定のPCにもCD-R/RWは付いてはいるが8倍速と性能が悪い。        
   これならDVDも扱えるしと購入し帰宅して良く見ると、対応OSがWindowsMeからと記されていた。

   次女用PCのOSはWindows98SE、ドライブはATAPIだからWin98でも使用可能なはず。
   何が原因で対応していないか調べてみると、使って使えないことは無さそうだがDVDを扱うにはCPUパワーが必要と分かり結局、次女用PCに使うにはもったいないと、自分のPCのCDDと交換・取り付け、次女用にはCD-R・RW/DVD-ROMのドライブをアウトレットで購入し交換・取り付けを行った。   
                                            
   レンタル店からDVDを借りてきてテストまで行ったのだが・・・notePCの購入でデスクトップPCは不要となり、そのまま家に残されている。                    





DVDが見れない!                     2005. 2. 4        
                                            
   ドライブを交換したことでレンタル店でDVD借りてきてテストしたところ、私のPCのWin98だけが不具合で見れない! 

   エラーコードから原因究明しても分からず、別ソフトをインストールしてもやはりエラーが生じる。
   二つのソフトでエラーメッセージが異なるから余計に混乱もする。              

   まずはソフトやドライバのアップデートを試みるも、PCメーカーサイトにはビデオドライバのアップデート・モジュールは掲載されておらず、グラフィック・ボードメーカーのサイトから最新ドライバをDLしてインストールしたが改善されない! 
                                            
   他のWin98PCでは問題なくDVDが再生できることから、設定など調べてみると・・・、PC購入時にペイント・ソフトで画像作成時に不具合が生じることから、グラフィック・ボードのアクセレーター設定を下げてあった。
   この設定を元に戻すとエラーも解消された。                        
   アップデートしたドライバではペイント・ソフトにも不具合が生じない。           
   購入時付属のドライバの出来が悪いおかげで寝不足となってしまった。           
                                            





XPの改造                      2005. 2           
                                            
   私の使っているPCのCDDを交換したところ、起動時に表示されるロゴのプログレスバーの表示回数が減り起動が早くなった!                              
   どうせならとチューンアップを試みた結果、起動時間も以前よりかなり早くなりSCSIとマルチブートの設定ソフトを外せばS/W=ONから30秒そこそこで起動できるようになり、これは友人が購入した最新型のDELLとほぼ同じ速さでWindows98の起動より早い。     
   また、使用中の緩慢に感じられた動きも改善されたことから、メイン使用OSをXPにすることにした。
                                         







     文字化け!                2005. 2.18                                                  


   使用OSをXPにしてから「お遊び新聞」を見るといつも文字化けしている。
   エンコードが西ヨーロッパ言語となっているだけなので日本語(自動選択)に指定すればなおるのだが・・・。
   急遽、文字エンコードの指定タグを追加した。
 



 

医療費控除申告                                       2005. 3. 7                      
                                            
   昨年も三女の歯列矯正でまとまった金額を支払ったことから医療費控除を行うようになった。  
   領収証を整理し表計算ソフトで集計した物を持参すれば、昨年までは税務署員が全て計算してくれた。

   今年もと思って申告会場に行くと・・・、全て計算済みならすぐ終わるがそうでなければ二時間待ちとのこと。
   狭い会場内で二時間も待ちたくないことから、申告書類を貰い自分で計算し提出し、受け付けには「終わりました」と言って番号札を返却して帰宅した。                   
   来年は、友人が言うようにネットで書類を揃えて行けばと思うのだが、来年は控除申告が必要となるかが不明である。
                                   




   電波が届かなければ・・・          2005. 3. 9


   方向音痴ということでナビ付きを絶対条件に携帯電話を購入した長女だが、電波が届かなければ頼みのナビも役に立たない!                  
   私が大学は田舎に有るから電波が届くか分からないぞとからかうと・・・、ネットで受信可能エリアに有るか調べ始めた。                                  
   私と私の言葉に悪のりした次女は大笑いであったが、そこまで本気になるとは思わなかった。            

                             



ホッケーゲーム                                         2005. 3. 20                 
                                         
   家を出て一人暮らしする長女・次女の寝具などを購入にいった所に併設されてゲーセンもあった。
   久々の家族揃っての外食をした後、ひとしきりホッケーゲーム楽しんだ。        
   対戦成績は以下の通りである。                           

No. 対戦者 勝者
私 x 三女
次女  x 三女 三女
3  女房 x 長女 長女
長女  x 次女 長女
次女  x  三女 次女





   壊さなければ・・・          2005. 3


   長女のキャリングバックがビニールを被ったまま置かれている。
   女房殿が丁度良いから借りたいと長女に借用を申し入れたら「壊さなければ・・・」との返事。
   自分の物となったなら必要以上に大事にする長女らしい返事に笑ってしまいバックを借りることをあきらめた女房殿であった。

                                          



 性格の違いが・・・                            2005. 3


   合格が決まった後は独り暮らしに備え食事作りをさせたのだが・・・。
   真面目に作る長女に対し、適当に逃げ回っていた次女。

   家を離れた後のメールも、受信したらxxxの件拝見で良いから受信確認メールを出せと伝えたら、件名にその通りに書いて来る長女。
   「あちゃー」とか「着いた」と簡単な件名で、以前より人に分かるように考えて話せと伝えてあるのに理解苦しむ本文を寄こす次女。

   足して二で割れば良いのだが・・・お互いに足されたくないと言ってる姉妹である。






 簡単に繋がるはずが・・・(b-mobile)
           
                               2005. 3.28
     


   次女の住む大学の寮にはネット環境が無い!                        
   電話も受信のみの寮内電話とのことで、ネットをするにはモバイル使用しか方法は無く次女にはAirH″(現、AIR-EDGE)を教えた。                       
   また、同様なものでb-mobileがあることも分かり値段もこちらの方が安かったらしく、次女はこちらを選択し購入もネットで一番安いところへ注文、PCと同日に配達された。     
                                            
   PCのセットアップも完了しネット環境の無い女房殿の実家へ行く際、b-mobileの初使用で一人ネットを楽しむ目論見をしていた次女であったが・・・、帰宅するなり接続できなかったと報告を受けた。
                                        
   家を離れる日も間近であることから急ぎ様子を見たのだが、確かにキチンと設定しても使用出来ない!
   長女の同機種PCで設定しても同じこと、モデムとして動作させた時点でフリーズすることから考えられるのはカードの故障しかなく、翌日早々にサポートセンターに問い合わせした。     
                                            
   考えられる方策は全てやり尽くしての問い合わせであることからサポートセンターでも頭をかかえてしまう状況、場合によっては途中下車でメーカーに立ち寄って・・・とまで話をし、カードをUSB接続して使用するアダプタも貸してくれるとの話から宅配便での発送も急がせていた。  
                                            
   その後のサポートセンターからの連絡で、同メーカーのPCで以前にも似たような問題が生じていたことがありPCメーカーへも問い合わせして欲しいとの連絡が入り、指示に従いそちらへも電話した結果、PCメーカーでは不具合原因を把握していたようでリソース変更であっさりと解決した。                               
                                            
   デバイスマネージャではX印など付かず異常無しの表示であったが、モデムとして動作させた時点で競合が起きるようで、これでは分からない!                       
                                            
   ともあれ無事解決しb-mobileのサポートセンターにも報告した。
   途中下車で移動途中にチャット友と遊ぶ時間も取られずホッとした次女であったが、パソコンのセットアップ時にもP/W記憶ミス?で先に進めなかったことも経験、何かあったときの難しさを実感したことと思われる。
(P/W記憶ミス?の時には、バックアップ・イメージを作りながらの作業であったため、イメージの復元で事なきを得た。)
                                                                            
   3日後の18歳の誕生日の早朝には抱えきれないほどの荷物、その中の一つには購入したnotePC本体と愛用のタブレットなどにと共にb-mobileのカードも入ったパソコンバックを持って北海道に向かっていった。                               

                                      




家族写真撮影                                               2005. 3.28


   三女が「家族写真を撮ろう!」と言いだした。                       
   女房殿から私のところに話があった時にも、これからは家族がバラバラに暮らすようになるし、長女や次女は写真嫌いだから反対するだろうから、マァー良いか程度で賛成しておいた。     
   その結果、家族全員が誰か一人が反対して潰れるものと思って賛成したとのことで、女房殿の関係で知り合いの写真館で撮影することとなった。                      
   私にとっては結婚式以来のスタジオでの撮影であった。                   

   言い出した三女は、新学期でのクラス替えで親友とも別のクラスとなったことでひどく落ち込んでいたことから、一つ屋根の下で暮らす家族が減って一番寂しい思いをしているのではと想像される。




  ワオーン!が欲しい!            2005. 3
 


   以前、長女宛メールの着信音を私が悪戯して、狼の遠吠えの「ワオーン!」と言う音に変えた。  
   (「お遊び新聞」4号 HomeNews 長女宛メールの着メロは・・・ 参照)      
   変更当初は「何だ!」と言った感じで、長女が怒れば元に戻すつもりでいたのだが、何も言わないのでそのままの設定にしておいた。                                
   家を出るにつき購入したnotePCを使い始めたが、メールの着信音はWindowsデフォルトの音で使っていた。
   私は気にもせずいたのだが、そのうち長女の口から「ワオーン!は何処に有る?」との問い合わせがあったのでファイルの所在と変更方法を教えてやった。                   

    初めの頃は「人を馬鹿にして・・・」などと言っていたと思うのだが・・・決して悪くない着信音、案外本人も気に入っていたようだ。
   





パソコン室の改造・配置換え                     2005. 4. 5 - 4.10
                         


   定員2名がいつのまにか5名になっていた私の書斎兼女房殿の仕事部屋兼etcの我が家のパソコン室、次女・長女と相次いで家を離れたことから定員3名仕様に改造開始した。
   まずは次女の使っていたデスクを分解、新たに三女用に作り直し、その後三女の使用していたスペースに天板を増設してプリンタの置き場所などに改造した。
   一人家に残った三女のためにも、早く仕上げてやりたいと長女が家を離れたその日から休憩無しの作業が続き一週間とかからず終了したのだが・・・その後の腰痛に苦しんだ。

   どのように変わったかは「お遊び新聞社の紹介」内の機材配置マップから写真が見ることが出来る。
   以前の定員5名使用時の配置図も「過去の機材配置」として残しておいた。
    (「2005年4月まで使用していた定員5名での配置図」からリンクさせてある。)






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