HAPPY BIRTHDAY
そこは、一面が黄色く輝いている麦畑だった。天からは大きな振り子が下がり、
止まること無く動いている。そこにトーマスは居た。
この世界から抜け出せず、現実からの列車が着くと思われる駅に、毎日たたずんでいた。
マーチンも又この世界の住人。
トーマスは今日も駅にいた。屋根はなく、空が見える。
ここは雨が降らず、夜もなく、毎日が晴天だった。
「今日も・・・天気がいい。」
ボンヤリとしていると、とても大切なことを思い出した。
「今日は僕の誕生日だ!」
勢い良く飛び起きるが、少しすると又ヨロヨロとひとつだけあるベンチに座り込んだ。
「ここでは関係ないか。」
ト ーマスは俯くと、色々考え始める。
どうして僕はこんな所に居るのだろう・・・いつから居るのだろう・・・家族はどうしているだろう・・・。
全て答えは見つからなかった。
「トーマス・・・おい!トーマス!」
いつの間にか彼は寝ていたらしい。友人に揺り起こされて目を開けた。
「あぁ・・・、マーチン。」
「何寝てんだよ。まだ大時計は午後2時をさしているぞ。」
「ふぁ・・・暇なんだよ。」
トーマスはグーンと伸びをした。
「ところでトーマス、今日は君のバースデイだったね。」
マーチンは微笑みながら言った。その言葉にトーマスは動きを止める。
「覚えていた?」
少し間をおいて口を開く。こんなゆるやかな毎日の中で良く覚えていたものだ。
マーチンは微笑みながらトーマスを見下ろしている。
「当たり前だよ。それよりプレゼントがあるんだ。どちらか片方だけあげるよ。」
そう言うとズボンの両ポケットに手を突っ込んだ。
「これは?!」
「こんな所では・・・このくらいしか・・・。」
マーチンの視線がフッと外れる。マーチンの右手には列車の切符らしき物が、左手には彼が
一番大切にしているオルゴールが、それぞれ乗っていた。マーチンは切符を見せると、
「これは現実行きの列車の切符だ。今日の午後2時半に列車が来る・・・。」
と言った。
「なんで・・・そんなこと知って・・・。」
トーマスには驚くことばかりだった。
列車が来る?どうしてマーチンはそれを知っている?・・・声にならない。
「でも・・・。」
マーチンが続けて話し始める。
「切符は一枚しかなくて・・・。」
俯いていて、どんな顔をして言っているのかトーマスには見えなかったが、きっと淋しそうな顔だったろう。
2人は暫くそのままたたずんでいた。
 トーマスは突然
「有り難う。」
と言って、マーチンの左手に両手を載せ、オルゴールを受け取った。マーチンは泣いていたのか、
涙目でトーマスを見つめた。トーマスはそっとネジを巻く。2人の良く知っているメロディーが流れ出す。
HAPPY BIRTHDAY
HAPPY BIRTHDAY
何度も何度もトーマスはネジを巻いた。トーマスはマーチンに微笑むと、
「だって僕が列車に乗ったら、君は一人になっちゃうだろ?」
と言った。
2人の前を、午後2時半の列車が走り去って行く。麦畑にオルゴールが鳴っていた。
HAPPY BIRTHDAY
HAPPY BIRTHDAY
 
HAPPY BIRTHDAY・・・
                   TO YOU・・・
1998,6月