SACREDー聖域ー
とうとう1日ここで祈りっぱなしであった。私はこうしてここへ跪き、何を祈ったろう。
ふと目を上げると、全ての物が息を持たぬ無生物体で、何一つ動き出そうとしない。
空気も・・・私は動かない。気流は出来ない。時間でさえも為す術が無い様に思われた。
しかし朝は来た。沢山の天高い窓達から、ステンドグラスそのままの光を床へと落とす。
肌 まで神に捧げるかの様に冷気がやってきて、私を包む。
目の前の大きなアヴェ・マリアは、その歌に歌われる様に堅い床さえも柔らかくしてくれているかに思えた。
朝の神々しい光を浴びて、雪の止んだ町に今日も祝福あれと言ってでもいる様に・・・。
その空気は、高い天井に震える扉の静かな音により、波となって伝わって来た。
私がここに跪いてから、初めて人が訪れた。最後の祈りを捧げる死刑囚と、彼を連れてきた男が二人。
三人は私の真後ろの入り口から入り、扉をキッチリと閉め、死刑囚だけをこちらに寄越した。
男は私の隣に跪き手を組むと、高い天井を見上げ、私に隣から見られている事も今となってはきにならないように、
自分の想像の中へと没頭していた。
「マリア・・・アヴェ・マリア様・・・。」
その後何か謝っていたのが聞こえると、あとは息の音すら高い天井に吸い取られてしまった。
静かで冷たい光の中、彼は涙を流していた。あまりにも神々しい涙・・・。
死を覚悟した人間の、最後の神聖なる時間だ。私はそこに一種の美を見いだした。
例えば、外に積もった真っ白な雪の様に、高い窓から降りてくる冷えた空気の様に、
アヴェ・マリアを歌う少年合唱団の声の様に・・・人の祈りは澄んで白いのだ。
私の初めての動きは、手を解き振り返ることだった。
私の隣で涙を流した死刑囚は、いつの間にか二人の男に挟まれ、扉から出て行こうとしている。
そして私は思いだした。・・・・・・全ての人の祈りが聞き入れられますよう・・・差別無く
全ての者の祈りが届きますよう・・・・・・それが私の祈りだった事を。
1998,4月