〜 angelica 〜


卒業式の前の日。僕は一人、何気なく校舎の中をうろついてた。
ふと思い立って、遊びに行った部活の後輩達に、部室の大掃除を手伝わされ・・・。
ひと仕事終わった頃には、斜めに差し込む太陽が、教室をオレンジ色に染めていた。
こんな時に校舎に残っている人は、数えるほどしかおらず...
でも僕は、何となく家に帰る気がしなかった。

卒業しても地元に残る僕にとって、明日の式はたいした感動も感慨もないが、
3年間、僕の世界だったこの学校ともう別れるのかと思うと、少し寂しい気がした。
よくつるんでた4人組と計画した卒業旅行も、カズキの不合格で流れてしまったし、
あと1ヶ月もすれば、新しい時間が回り始める。

うだうだと歩きながら下駄箱を出て、僕はまた立ち止まった。
通用門を入ったところに大きくそびえ立つ木。
うちの学校のシンボルツリーと呼ばれたその木。
いつもは、時間ぎりぎりでダッシュで通りすぎるものだから、
こんな木、たいして気にも止めてなかったけど・・・。
シンボルツリーの下で立ち止まった僕は、もう一度校舎の方を振り返った。

なんてことない高校生活だったけど、それなりに楽しかったな...
唯一の心残りと言えば、彼女が出来なかった事かな?(^^;)
好きだった利香とも、ほとんど話せなかったし。
利香と付き合うことが出来たらなぁ...

そんなこと考えてた時だ。
僕の足下に、小さな石像があることを見つけた。
30cmほどの天使の石像だ。

次の瞬間!

マジ驚いた。
シンボルツリーのむこうから、利香がピョコンと現れたのである。
「真司君!こんなところで何してるの?」
何してるの?と言われても・・・。
「り、利香こそ、こんな時間に何してんだよ。」
「ん〜?けいこ先生と話してたら、長くなっちゃってさ。」
「けいこ先生?ぁあ、お前、たしか”女バス”だったもんな...。」

・・・こんなふつうな会話にも、緊張してしまう自分が情けない(;;)。

「あ〜〜っ!ねぇ、ねぇ。真司君知ってる?その天使!」
「ん?これがどうかしたの?」
「知らないの?この天使にはねぇ、伝説があるのよ。」
「でん...せ.つ?」
「そぉう。この学校にはね、7人の天使がいるの。
・・・でぇ、その7人全部を見つけた人には、願い事が何でもひとつかなうの!!」
「願い事...ねぇ」

利香は、かんっぺき自分の世界入ってる。

「あ〜〜っ!私のことバカにしてるでしょ。」
「いや、そんなことないけど...。そんな伝説聞いたこともないよ?」
「信じて...ないの?」
「・・・だって、もし本当なら、こんな小さな学校だもん。もっと噂になってるよ。」
「じゃぁ真司君は、この天使にいつ気が付いた?」
「・・・ついさっき。」
「で〜っしょ、でしょ?きっと、みんなが気付かないところに隠れてるのよ」
たしかに、毎日ここは通ってるけど、こんな物、気付きもしなかったし、気にも止めなかった。
「じゃなきゃぁ、...心のきれいな人にしか見えないとか!」
「おいおい(^^;)」
「だぁってぇ、天使だもん!」

まじめに訴える利香に、思わず吹き出してしまった。
「天使の、背中のところ見てみて!」
そういわれて、僕はのぞいてみた。
何やら、記号のようなものが書いてある。
「なに?これ?」
「五線譜よ!。ドの音のところに、印がしてあるでしょ。」
「ぁぁ。なるほど。そう見えないこともないねぇ・・・。」
「つまり、これはドの音の天使なわけよ。」
「うん、うん。」
「でぇ〜、ドの音の天使がいるって事は、あと6人いてもおかしくないわけよ。」
「ふむふむ。」
「ね?7人の天使。信憑性がでてきたでしょ!」
「はいはい。・・・・・・・・・・・・・・・・で?」
「で?じゃないわよ!...探しに行こ!」
「はっ?」
「7人の天使」
「えっ?えっ?・・・今から?」
「そう。だって、私たち、明日には卒業じゃない!最後のチャンスよ。」
「んなこと言ってもなぁ・・・。」

利香の話、信じた訳じゃないが、
高校最後の時間、利香とすごせることにドキドキしていた。

「よし、わかった。天使、探しに行こう!」
「やったぁ。さすが真司君。そうこなくっちゃ!」
「で、どっから探す?学校って言ってもけっこう広いし、もうすぐ日も暮れちゃうよ。」
「だぁいじょうぶ。実はもう、2人の天使は見つけてあるんだ!」

僕たち二人は、利香が見つけたという、
ファの音の天使と、ラの音の天使のところへ、まず向かうことにした。

ファの音の天使は、視聴覚室の奥にあるとびらにあると言うことだった。
誰もいない校舎の中を、急ぎ足で歩いてゆく。
あたりはもう薄暗い。
4階の隅にある視聴覚室にやっとのことたどり着いたが、
それらしい石像はない。

「利香。どこにあるんだよ?」
「ほらここ。」
そう言って、利香が指さしたのは、ドアノブにかかっていたキーホルダーだった。
「えっ?石像だけじゃないの?」
よく見るとそのキーホルダーは、確かに天使の形をしていて...
背中には、五線譜のファのところに印がある。
「ね?」
「ほんとだ。たしかに天使だ」
「みんなおんなじ石像だっから、探しやすいんだけど・・・。私が苦労したのわかってくれる?」
「あぁ・・・。」
こりゃ、簡単に見つかりそうもないや(・・;)

と、その時。下校時間を告げる放送が流れた。
「やば!どうしよう、真司君」
「次の天使は、プールにあるんだろ?しょうがないよ、とりあえず外に出よう。」

階段をかけおりて、僕らは
次のラの音の天使を見つけに、プールまでやってきた。
当然こんな時期に、鍵が開いてるわけもなく、
フェンスを乗り越えることにした。
まぁ、自分一人なら、何とか乗り越えられる高さだけど、
僕は、利香のためにわざわざ台を持ってきた。
「あんがい、やさしんだ。真司君って」
その利香の言葉は嬉しかったが、”あんがい”って...(;;)

利香がフェンスを上るあいだ、僕が台を支えることになった。
「のぞいてもいいからね。」
そういう利香に
「ば〜〜か。」
と、返した僕だったが、内心ドキドキした。
そんなこと言われちゃ...(もちろん言われなくてもそうだが)のぞくわけにもいかず、
平気でそういうこと言える利香は、やっぱり変わってるけど、好きだと思った。

「見た?」
「あぁ。白だった。」
「うそつき!今日ははいてないわよ(^^)」
なんて、くだらない会話をしながら、僕らはプールサイドに到着した。

今度は、すぐに天使を見つけることが出来た。
プールの底のど真ん中。小さく絵が描いてある。
間違いない、天使の絵だ。
「すごいでしょ。夏に、体育の時間泳いでて見つけたの!」
そう言いながら、かまわず利香はプールの中に降りて行ってしまった。
「プールの水が引いたときにも、思わず忍び込んじゃった。ほら、ラの音でしょ!」
僕も、プールに降りたが、ぬめりに足を取られ転んでしまった。
「ははは!真司のばーか(^^;)」
...ばーかって、ちくしょう(;;)
そう高笑いしていた利香も、・・・ハデにすっころんだ。
「ゃ〜〜い。利香のばーか(^^;)」
「いたたぁ。もう!笑ってないで、早く次ぎ探すよ。」

とりあえず、プールから脱出したものの、
これからはホントに最初から探さなければならない。
「ねぇ、真司。どっから探す?」
「そうだなぁ。何にもヒントがないからななぁ・・・。かたっぱしから部屋一つ一つ探してくか。」
「ぅぅん。でも、先生もう施錠に回ってるよ。」
「それなら、だいじょうぶ。ついて来いよ。」

渡り廊下の窓から進入しようと、僕らは中庭に向かった。
が、向かい側の廊下を、ニョロ先生が歩いてるところが見えた。
「やっべ!伏せろ利香!」
そう言って、僕らは花壇の陰に隠れた。
「なによ!どうしたの?真司。」
「ニョロが歩いてた。見つかったらやばいぞ!」
二人息をひそめ、ニョロ先生が行き過ぎるのを待った。
「(ねぇ、もう、いったかな?)」
耳元で、利香がささやいた。
「(まだだ。もうちょっと)」
「(フフ)」
急に利香が吹き出す。
「(何だよ、利香)」
「(何かさ、ドキドキするね)」
「(・・・もう!それどころじゃないだろ)」
確かにドキドキしてたけど、素直に”そうだね”というのは恥ずかしかった。

「(OK、もうだいじょぶだ)」
「あ!!」
今まで、小声でしゃべっていた利香が、急に叫んだ。
「何だよ?急に」
「ほらそこ」
利香が指さす先、
花壇の中に、天使の石像が2体並んでいた。
そう、まるで、双子の天使のように...。
薄い闇の中、静かに肩を並べていた。
それは、レの音とミの音の天使だった。
「ねぇねぇ。すごくない?いっきに二人も見つけちゃった(^^)」
「...これって、作者の手抜きじゃないか?」
「んもう!見つかったんだからいいでしょ。よぉ〜し、あと2人だよ!」

「よし、それじゃぁ、校舎んなか忍び込もうぜ」
「真司、だいじょぶかなぁ?」
さっさと忍び込もうとしている僕に、心配そうに利香が声をかけた。
「大丈夫だよ。ここの窓は鍵がかからないし。」
「いきなり、非常ベルとか鳴ったりしない?」
「利香は心配性だなぁ。ここの学校、外側にめんした扉しかセキュリティーかかってないんだ。」
「真司、どうしてそんなこと知ってるのよ?」
「うちの部活、学校で合宿やったんだ。毎年先輩から言い伝えられてる。」
「言い伝えられてるって?」
「夜は、ここの窓から遊びに行けってね。あと、マスターキーの場所も知ってるし。」
「そこまでしちゃ、まずいんじゃない?」
「いいよ。どうせ明日卒業だし。」
・・・でも、ほんとにいいんだろうか?

職員室からマスターキーを拝借し、一つ一つ部屋を探すことにした。
「よーし、じゃぁ探すぞ!」
「ねぇ、でも真っ暗だよ」
「先生も帰ったみたいだけど・・・。電気つける訳にもいかないしなぁ」
・・・見渡した部屋の隅で、僕の目にとまる物があった。
「これ。借りよ。」
「ちょっと、真司。それ非常灯じゃない」
「って書いてあるけど、ようは懐中電灯だよ。こういう非常事態に使うべき物だよ。」
「真司って、そんなに行動派だっけ?」
「・・・さぁ?」

夕暮れからすでに夜へと変わった学校を、懐中電灯で照らしながら歩いた。
確かに僕は、利香に影響されて、変わってきているのかもしれないと思った。
おどおどしていた自分が消えてゆくのを、自分でも感じていた。

暗闇の教室をひとつひとつ調べていった。
50cmという微妙な距離をたもっていた二人だが、
いつしか僕の手には、利香の手が握られていた。
強気に冗談言ってる利香だけど、
教室のドアを開ける度に、僕の手を強く握るのが感じられた。

8割方の教室を調べ、それでも6番目の天使を見つけることは出来ず、
理科準備室まで来たときだった。
「ここは、やだよう。」
利香の明るい声が、ついに震えた泣き声になった。
「ここにいるかもしれないぜ?天使。」
「でもぉ〜〜。」
「だいじょうぶ。俺がいるから」
「・・・ぅん。」
ガチャリと鍵を開け、準備室の中に入った。
中には、怪しげな薬品やら、標本やらが並んでいて、利香が怖がるのもうなずけた。
順番にライトで照らしていき、
ぼくは、大きな一つの棚を開けた。
そこには、あまりにリアルなガイコツくんが、のほほんと立っていた。
「ぎゃ〜〜!!!!!!」
たまらず利香が抱きついてきた。
...なんと嬉しい展開!
でも、正直、僕もびびっていた(^^;)

ようやく利香もガイコツ君になれてきて、落ち着いた頃、
ガイコツ君の隅にもう一つ、ちょこんと座っている物が見えた。
それこそまさに、僕たちが探していたもの。
ソの音の天使だった。

7人のうちの6人まで天使を見つけたのに、
シの音の天使は、どうしても見つからなかった。
ただただ、時間と体力ばかりを消費していった。
半分あきらめかかりながらも、
ぼくらは、最後に残った講堂までやってきた。
講堂は、明日の準備で、綺麗にシートと椅子がしかれていた。
ステージには、「平成9年度卒業式」と書かれた看板が下げられている。

僕らは、一通り講堂の中も探したけど、やっぱり天使は見つからなかった。
7人目の天使はいないのかなぁ?
僕の願い事は叶わないのかなぁ・・・。
ため息をひとつついて、僕は、明日座るであろう席に腰を下ろした。
利香も、僕の隣に座った。

「天使、いなかったね。」
「ああ。」

長い沈黙が続いた。

「明日はもう、卒業式だね。」
「ああ、そうだね。」
「もう、みんなバラバラになっちゃうんだね。」
「そうだね。」
「寂しいな。聡美は東京行っちゃうし、ミータンは神奈川、千代は京都。
地元に残るのは、私だけだもん。」
「すぐに、新しい学校が始まるじゃないか。」
「うちの高校から行くの私だけだよ。不安だよ。」
そういって、利香は僕の肩に頭を傾けてきた。
「こっちには、俺がいるじゃないか。」
思わず、言ってしまった。
その言葉は、あまりに意味が深かった。
その後の少しの沈黙が、あまりに長く感じられた。

利香は僕の目を見つめ、こう言ってくれた。
「うれしい。願い事、かなった。」
そして利香は、遠くにうつるなにかを見つけた。

「あっ!天使。」
僕が振り返ってみると、講堂の一番後ろのガラス、
僕の消し忘れた懐中電灯に照らされて、シの音の天使が浮かび上がっている。
「やっと見つけた。7人の天使。」
「うん。」
「・・・。」
「・・・。」
「きれいだね。」
「あぁ。きれいだね。」
「ねぇ、真司。真司はどんな願い事したの?」
「ん?...。利香とおんなじことさ。」

僕の願い事は、利香が”天使を探そう!”って言い出したときから...
いや、ひとりめの天使と出会ったときからすでに、かなっていたのかもしれない。

高校最後の日
僕たち二人に、
angelがくれた、小さな奇跡。