hole −vol.4−

どれくらい経ったのだろう。
沈黙を裂くように電話のベルが鳴った。
いつの間にか、あたりは暗くなっており。。。
止まっていた時間を、けたたましい電子音が早送りで動かす。
あわてて受話器を探す。

「も。。。もしもし」
「健ちゃぁ〜ん!でちゃだめぇ!」
場違いなともの声が、静まり返った部屋全体にまで響いた気がした。
「おまえなぁ〜!」
「あれあれ?健ちゃん、もしかして、マチガイ起こしてないでしょうねぇ。
 僕の部屋で、そういうの困るからね
 あっ、それから、寝室の本棚の2番目の引き出し。使っていいからぁ〜♪」
気持ちを抑えるのに、しばし時間がいる。。。
おそらく、その引き出しには、彼の必需品が入っているのだろう。
「あのなぁ。。。おまえ、知ってたのか?」
「なにがぁ?」
オクターブ高い声で返ってくる。。。
「おまえ、どこまで知ってるんだよ!」
「。。。そっか。由美ちゃん、話したんだぁ」
相変わらず脳天気だが、すこしトーンの落ちた声。
気になって振り返ると、泣き疲れたのか、由美はそのまま眠ってしまったようだった。
でも、由美に聞かれるのも嫌だったので、僕はそのまま、受話器を持って外に出ることにした。
「おまえ、ほんといい加減な奴だなぁ。どうするつもりだったんだよ?」
「由美ちゃん、。。。手術のことは話したの?」
急に真面目なともに変わっている。
お互いの情報戦争にイライラする。こういう駆け引きは苦手だ。
「ああ。いいから、全部話せよ。俺には聞く権利があるだろ?」
「だからぁ、由美ちゃん、手術のことでお父さんとケンカしたらしくて。。。
 しばらく家族と離れて考えたいって言ったんだ。
 かと言って、行くとこないし、そのままほっとけばまた自殺でもしそうだったし。。。
 だから家においでって。。。」
「じゃぁ、何で肝心のおまえがいないんだよ!」
「いや、就職する予定なんかなかったし、研修があるなんて聞いてなかったし。。。
 急だったんだよ。
 で、健ちゃんなら信頼できるし、ちょうどいいかなぁ〜。。。と」
あきれて言葉が出ない。
「怒った?」
「そもそも、1年前、何で自殺の現場におまえがいたんだよ?東京の病院だろ?」
「ああ、それ?いろいろ理由が。。。」
その後、予想しない、終わっているはずの言葉をともが言った。
「マコなんだ」
(マコ。。。)
「健ちゃんも憶えてるだろ?マコのこと。
 俺、マコがいなくなる前、あいつに冷たいこと言っちゃったんだ。
 そのこと、ずっと心に引っかかってたんだ。
 あの後、いろんな子を好きになって、色んな子と付き合ったけど、結局上手くいかなかった。
 マコのこと、後悔してたんだ。
 心のどこかで、マコと比べたりしてた。
 俺、よくわからないけど、ホントに好きだったのかもしれない。
 健ちゃんの気持ちも知ってたし、
 あの頃は、一生懸命、違うんだって言い聞かせてたけど。
 俺の心には、いつもマコがいた。消えなかった。
 だから、マコのこと、探しに行ったんだ。
 マコが東京にいるって聞いて。。。
 由美ちゃんにあった病院、マコの妹が入院してる病院だったんだ。
 それでマコに会えるかなと思って。。。
 でも結局会えなくて。
 屋上に出た時、羽もないのに空を飛ぼうとしてる由美ちゃんがいたんだ」
「そっか。。。
 それで、その後、マコには会ったのか?」
「いや。いまだに会えないでいる。
 でも、いつか迎えに行く。
 たとえあいつが俺のことなんか忘れて、待っていなかったとしても。
 その時のために、自分を磨くんだ。
 日々精進。
 就職もその一歩さ」

驚いた。
いい加減な奴だと思っていたともは、僕よりずっと先を歩いていた。
僕は、ただ忘れようと、目を背けていただけなのに。。。

部屋に戻ると、
毛布にくるまった由美が、じっと電話の終わるのを待っていた。
「何話してたの?」
天使のような安らかな寝息をたてていた顔は、
イタズラっぽく好奇心に満ちて、それでいて半分は怯えたように、僕を覗いている。

「眼、腫れてるぞ!」
「もう!」
膨れた顔もかわいく、どこか懐かしさを感じて、なぜか安心できる。

「ねぇ。健」
「ん?」
悪戯を思いついた子供のように、由美の瞳が輝く。
「sexしよ!」
僕のボキャブラリーの塀の外からセリフが投げつけられる。
僕が返事できないのを、わかってたかのように、
由美はシャツのボタンをはずしていく。
真っ白な乳房が露わになる。
「ちょっ、ちょっと。。。。」
「ね、ちゃんと見て。綺麗な胸でしょ?」
そう言った、彼女の頬には、散々流したはずの涙が伝っていた。
「由美。泣くんだったら、こんなことするなよ」
「ぅぅん。悲しいんじゃないの。
 私、生きてる間に、sexがしたい。
 sexも知らない人生なんてつまらないじゃない?
 軽い気持ちで言ってるんじゃないの。
 sexって大切なことだと思う。
 でも、私には時間がないの。
 私、処女よ。
 でも、健なら、最初の人になってもいい。
 ね、お願い。sexしよ!」
彼女の迫力に押され。。。
彼女の前に跪いた。
僕は、彼女の髪を撫で、
口づけをし、
暖かくやわらかい胸に触れた。。。
ビクッと彼女の体が、小さく伸びる。
「うれしぃ」
小さく耳元で彼女がささやく。。。

。。。

。。。結局、僕はそれ以上進めなかった。
「ごめんね」
「。。。」
「たとえ、今日が最後だとしても、まだ僕は君を抱くことが出来ない。
 今の僕のままでは。。。」
「いいのよ。。。
 私たち、バカみたいよね。
 それぞれが報われない想いを抱えたまま、
 わかってるのに、捨てきれないでいる。。。
 哀しい、おいかけっこ」
「そんなことないよ。
 ともは。。。
 自分の間違いに気付いた。
 いつか、マコを迎えに行くって言ってた。」
「そう。。。」
小さく由美が微笑む。
「ね。健。もうひとつ教えてあげましょうか」
「何?」
「健がたぶん驚くこと」
「何だよ?」
「マコって。。。私のお姉ちゃんなの」

一瞬、彼女の言っている意味が理解できなかった。
でも、よく考えると、全てのことがつながった。
なぜ僕らがここにいて、
この思いはどこから生まれて、
そして、どこへ向かっていくのか。。。

「。。。そっか。そうだったんだ。。。」
「驚いた?」
「ああ。驚いた」

それからしばらく、僕たちは抱き合っていた。
ただ、お互いのぬくもりを感じて。。。

「はは。健の髪、くしゃくしゃ」
「ちょっと、のびてきたからなぁ〜。。」
「そうだ!私が切ってあげるよ」
「ホントに?」
「うん。まかせて!こう見えても美容師志望なんだから」
「切ったことあるのかよ?」
「もちろん!。。。健が最初で最後のお客さん」
「おいおい、初めてかよ」

それから、彼女の散髪ごっこが始まった。
髪はボサボサになったけど、彼女の瞳は活き活きしていた。
間違いなく、今、僕らは生きている。

「ほら、短い方が似合うって。健、顔はそんなに悪くないんだから!」
「そんなには余計だよ」
「でも、ちょっと、かわいすぎるのよね。。。もっとワイルドな服をあわせなきゃ」
「どんなだよ^^;」
「あっ!ねぇ、ねぇ。ピアスあけよ!」
「え?」
「ピアス!」
「やだよ。痛そうじゃん」
「いいじゃん!私もあけるから!」
「。。。理由になってないよ」

それから、適当な針を見つけて、ガスコンロであぶって、
お互いの左耳にひとつ。穴をあけた。
氷で冷やしたけど、めちゃめちゃ痛かった。
紅く、熱い血が、ダラダラと流れた。
こんなにもすごい物だとは思わなかった。

でもこれは、紛れもない生きている証。
この痛みは、由美の生きている痛み。
命の痛み。
ちょっと触れるだけで、ジンジンと叫んでる。
生きたい!生きたい!と叫んでる、由美の心の痛み。

「健、大丈夫?」
「ああ。由美は?」
「うん。平気」

「このピアス、絶対閉じちゃダメだからね」
「ああ」
「このピアス見る度に、私のことを思いだして」
「わかった」
「忘れないで。お願い。私が生きてたってこと」
「忘れない。絶対に」

「。。。私。。。」
「。。。ん?」
「私、手術、うけてみるわ」
「ほんと?」
「怖いけど、ここにあるものは、ここにある限り、守りたい。
 生きたい。。。
 そう思うの。
 私には、このピアスがあるもの。
 胸なんかなくなったって。
 私は私だもの。
 最後の最後まで、精一杯。笑っていたい。
 笑顔じゃなきゃ、悲しむ人がいるしね」
「ああ。そうだよ」
「でしょ?」
「そう。
 どんなことがあっても、君は君だ
 僕は、君が笑顔でいられることを祈ってるよ。
 いつでも、どんな時も、このピアスと一緒にね」

僕らはきっと、みんなどこか欠けているんだ。
だからって、自分を捨てちゃいけない。
僕らは一人じゃないんだ。
お互いが、欠けたりくぼんだりしてるからこそ、
痛みを知り、支え合うことが出来るんだ。
お互いがつながっていられる。
どんな時でも、どんな事があっても。。。

僕らをつなげる。。。
左耳のピアス。。。


the end