〜伽季へ〜

ありふれた日曜日
まだ歩き慣れない街で 君に出会った
一目見たときから 運命を感じていた。
赤い糸 見えた気がした
一瞬の時を待つことなく 僕は恋に落ちた

初めてのオーディション会場は ひどく居心地が悪くて
唇をかみしめながら きょろきょろしていた
次々と人が増え オーディションの規模は予想以上のものとなった
そんな中 君は現れた
とびきりの笑顔と cuteな歌声を持って

目が合うたびにドキドキした
気づくと 君を追っている自分がいた
君は 審査員の先生達と
前の公演の時の話などを 楽しそうにしている
僕にとっては まるで 別世界の話だった
緊張していた
1000人近く集まった人の中から
選ばれるのはたったの20人
でも 思った
彼女はきっと受かるんだろうな...
ぼくも合格したら もう一度彼女に会えるだろうか
そうなればいい
心の中で 願っていた

結局 声をかける勇気もなく
オーディションは あっという間に終わってしまった
訳もわからず 僕は 自分の街へ帰っていった


それから 1週間
何の連絡もなく
今度の舞台のことは なかばあきらめかけ
忘れかけていた頃
電話のベルが鳴った
「合格です 今後の日程は 後日郵送します」
それだけを伝える 事務的な電話だった

うれしかった
もう一度 君に会える


初顔合わせの日
浮き上がる心を 恥ずかしそうに隠しながら
僕はスタジオに入った
今までの別世界に 今 自分がいる
それは すごく気分のいいものだった

でも...

そこに君はいなかった

結局 オーディション以来 君とは会うこともできず
1年の時をかけ 舞台も無事に終わった

その頃の僕は
いい加減な恋愛を繰り返していた
遊び 遊ばれ・・・
現在進行形でさえ 2つや3つはあった
人を好きになるのではなく Gameとして楽しんでいた
でも 時々君のことが思い出され
胸を締め付けられる夜があった
ほんの2.3時間の出会いだったのに

そんな僕も 高校卒業を前にして
すべてを 整理整頓した
今までの関係を きっぱりと絶ち
真面目に生きる決意をした

そう決意させたのも 君の存在だったのかもしれない
決して 会うことのない 想い出の中の君


新しい春が来て間もなくのことだ
奇跡はあまりに早く訪れた
君と出会った街を歩いていた
そこはもう、歩き慣れた街に変わっていた
ちょっと立ち寄ったファーストフード

偶然の再会

君に
君に会うことができた

今度こそ
そう思って 声をかけた
それが真実かはわからないが
彼女も 僕のことを覚えていた
たった 2.3時間 一緒に過ごしたオーディション会場でのことを

あれからすでに 1年と7ヶ月の時が流れていた

「伽季」

はじめて 君の名前を知ることができた

再会から2時間後
僕らは 恋人同士と呼べる関係になった

君のことが好きで たまらなく好きで
君も 僕のことを愛してくれた

1年7ヶ月の時をうめるかの様に
僕らは 毎日を駆け抜けた


5月25日(水)

その日は 朝から 妙な胸騒ぎがしていた
学校が終わった時 すでにあたりは薄暗くなっていた
友達の誘いで レンタルビデオショップによって行ったが
早く家へ帰りたい気持ちでいっぱいだった
家についたとき すでに時計は10時を回っていた
普段なら こんな時間には電話しないのに
どうしても 彼女の声を聞きたくて
ダイヤルした

電話に出たのは 彼女の母親だった
「伽季さんはいらっしゃいますか?」
その質問に答えた 彼女の母は訳の分からないことを言った
「伽季は死にました」

しばらくの沈黙が流れ
ようやく事実を理解した

自転車での登校途中
交差点
左折車に巻き込まれ
病院に運ばれたが、まもなく死亡した
スピードは出ていなかったが 打ち所が悪かったとのことである

深夜 電車に飛び乗り
彼女の家に駆けつけた
彼女はすでに うちに帰ってきており
頭にこそ傷はあったが きれいな死に顔だった
無言のまま 最終電車に乗って
自宅に戻り
ベッドに横になると
静かに涙がわいてきた...

次の日 彼女から手紙が来た

何でもないんだけど ふと手紙を書きたくなっちゃったの
ごめんね びっくりした?
これからも よろしくね

追伸
好きだよ

短い手紙だった
彼女の想い
最後の言葉だった