「ステージ」
〜 もうひとりの 君に 〜







ひさびさのオーディション
少し緊張してるかな?
1時間も早く来てしまった
・・・扉は閉まったまま

テスト明けの貴重な休み
電車に揺られて はるばると来たというのに
日曜の朝 シャッターが並んでる

しかたなく 扉の前で待ちぼうけ
ショーウィンドゥ に流れる雲を眺めてた
僕の隣に 突然現れた君

おはよう

それが 君と初めて交わした メロディーだった
一目惚れなんか 嘘だ
そんな こだわり すててもいいほど
君はかわいかった

ただ時は流れ
ふたつめの言葉を待たずに
     未来への扉は開かれた












どうしてあの時 何も言えなかったんだろう
どうしてあの時 何も言わず 別れたんだろう

名も知らぬ君へ
   想いは日に日に募っています

ほんの1時間
特別な出会いでは なかったけれど

名も知らぬ君よ
   せつなさが 体からあふれています

もし 受かっていたら もう一度 あなたに会えますか?
奇跡を信じています

名も知らぬ君
   あなたを もっと知りたいです













                        
やりました! 合格しました!!
君は・・・
君は 受かってますか?
なんだか 僕は
今度の舞台よりも
君のことが 気になっているみたいです














驚きました
事件です

初めての立ち稽古
練習なのに 本当にキスするなんて

君は僕のことが好きですか?
 イタズラなほほえみ
 何くわぬ顔で お茶を飲んでいる
ますます僕を悩ませる

これからずっと 練習のたびに
君とキスするのかな
 うれしいような・・・
 でも うれしいような・・・

演出家の先生は 何も言わずに
2箱目のタバコをふかしてる
 いいのかな いいのかな

君は 誰とでも キスできるのかい?
演技・・・なのかい?
  それとも それとも
ますます僕を悩ませる












オーディションに通ったときから
恋人になることを約束されていた 僕たち

そんな 2人が お互いのことを好きになるのに
さほど 時間は 要らなかったね

毎日がうれしくて
放課後のベル とともに 友達の輪の中
1人抜けだし 電車に飛び乗った
今日も君に会える

あんなに嫌いだった 舞台の稽古も
君がいるだけで こんなに楽しくなるなんて!!

みんなが見つめる ホールの真ん中
おもいきり 君を抱きしめた

「リナ 好きだよ」

本当は 君の名前を言いたかったけど
本当は 僕の名前で抱きしめたかったけど

でも僕は幸せだよ
鏡の向こうには
しの を抱きしめている 僕 がいる
しの も同じ気持ちだよね

心が ひとつひとつ 時を刻むたびに
君のことを好きになっていく

舞台に のめり込んでいるから?
ちがう
この気持ちは 本物だよ












きまぐれな 台風の奴 のおかげで
電車は止まり
僕ら 2人だけ 迷子のよう
この風では カサもご機嫌ななめみたい

やっと戻ったホールにも
誰もいるわけがなくて

びしょぬれた 僕らは
ただ 闇の中 ぽつんと

まぶしく白い 君のシャツも
肌に そっと とけて・・・

瞬く 車のヘッドライトに
時折 あやしく うつしだされる

雨は 女性をきれいに 変える

静かに伝わる 君の体温が
じんじんと 心に刺さった

おびえる 君の表情が かわいくて
でも 僕には 肩を抱くこともできなくて

このまま 時が止まればいい

そんな想いを壊すかのように
嵐の中 そいつは 現れた
君が tell して呼び出したのは
父親でも 母親でもなく・・・

こんな結末 痛すぎるよ

僕には 君を送る 足もなくて
初心者マークさえ つけることが出来ない
こんな嵐の夜も
ただ 隣に座っているだけ
ステージの上でしか 君を抱きしめることが出来ない

奴の赤い車が やけに でかく見えた
髪の色も 服の趣味も 左耳のピアスも
タイプが違いすぎるよ
ほんの少しでも 僕に似てる奴ならよかったのに

ただひとり のこされた僕
風が泣いていた












どうして 何も言わないの
どうして そんなに暗い顔をするの

仕事のように 重ねる唇が 今日は痛かった

堀口演出の カミナリは 確かにきついけど
君のゆううつは きっと そのせいじゃないね

今だけは君に会いたくなかった
ひとりになりたかった
なぜこんな時に 
一番会いたくない君を 抱きしめなくてはならないのか


結局 何も言えないまま
今日の けいこは 終わった












いつものように 汽車を待つ駅で
君は静かに口を開いた
彼のこと 一生懸命 話してくれたね
君が心を開いてくれたこと うれしかったよ
 君はずっと 悩んでいたんだね
      苦しんでいたんだね
3本目の電車を 見送ったとき
君の頬を そっと 流れた涙
それが 彼のためだと思うと くやしくて
ただ ただ 僕は話を聞くしかできなかった
君の涙が晴れるまで となりにすわってた
きっと それが 僕の役目だったから


けど
心の中の バランスが くずれた

ひきょうなのは わかってる
こんな時に 言ってはいけないとわかってる
でも 言いたかった
今まで コンクリートのように固まってた言葉が
息を吐くように 自然に 言える気がした
貨物列車が通り過ぎる中
ぽつりと 一言つぶやいた
「リナ 好きだよ」
僕の想いは 風の中に消えていった
とどかなくても いいと思った
ただ言葉にしたかった

あれ? ふと不思議に思った
なぜ しの でなく リナ なんだろう
何とも おかしな告白だった

だけど
轟音が去ったあと
彼女は ゆっくりと うなずいてくれた












3日ぶりにあった君は ひさしぶりの 雲ひとつない笑顔
けど わかりやすい子
妙におしゃべり
真っ赤に腫れた目
何かありました って言ってるようなもの

こないだの 聞こえるはずのない言葉
聞こえてしまった 気まずさ
お互いの気持ちを知ってしまった やりにくさ
そんなことに 気を使う 余裕もないみたい

君のダンスを眺めながら
そんなこと のんきに考えてた その時はまだよかった

あの後 あんなことになるなんて・・・

来るか? ふつう 突然 俺のとこに
・・・・君の 彼!












たくさんの命を乗せて まわるステージ
この片隅で、一番すてきな 君と出会ったこと
間違いじゃないよね

いくつもの偶然 いくつもの奇跡に支えられ
僕たち2人がいること
嘘じゃないよね

どんなことがあっても 手に入れてみせる
もう絶対に離さない 見失わない
この広いステージで いくつもの愛が飛び交っているけれど
一番 きっと すてきな君
ぼくにとって 最高の 本当の 君だから
幸せにしてみせるよ

どんなことがあっても



こんなこと考えてるうちは まだよかった
いきなり あらわれるんだもんな・・・
彼女が赤い目をしている理由は すぐにわかった

普段の僕なら うまく やりすごすのに
彼女の悲しげな 瞳をみてしまったから
ぼくは キレました

「男の嫉妬なんて、みっともないぞ
 しの は俺を選んだんだ
 これ以上 付きまとうな フラれ君」

言ってやりました





・・・殴られました  ボコボコに
正直 死ぬかと思いました
気が付いたら 天井 見上げてました
体中の 熱い 痛み      彼女の心の痛みに思えました

一発も殴り返さなかったけど
 ・・・返せなかったけど
きっと 僕は 勝ちました

彼女は僕のそばにいる
しばらく 倒れたフリをして 
彼女のひざの暖かさ 感じていました












プライベート
初めてのデートは すごく緊張してました

君は あいかわらず いつものままだったけど

どうしてだろう
舞台の上では ずいぶん前から 恋人同士 してるのに
手をつなぐのも 緊張しちゃう

これからは 僕たち ずっと 恋人同士だね
朝も 昼も 夜も
まるで夢のようだ

僕のハートは 広い世界に解き放たれた
ライトのあたる 限られた空間から
太陽の輝く ステージへ


しの って呼んでいいんだね
僕の言葉で 気持ち 伝えることが出来るなんて

「好きだよ」
心からあふれる この言葉
「好きだよ」
何度言っても 言い尽くせない
「好きだよ!!!」












はじめて つける 衣装
なんだか 恥ずかしいね

やっぱり君は素敵に見える
似合ってるよ

僕の彼女


本番まで あと1ヶ月
待ち遠しいね

頑張らなきゃね












待ちに待った 特別練習会
はやい話が 合宿である

まわりは おじさん おばさん ばっかりだけど
心は ウキウキ
だって 君がいる

両親公認で 君と 外泊できるんだ!
起こるべくして起こる ハプニング という奴を 期待してしまう



そんなウキウキも 夜の稽古で なんだかぶちこわし
ひどいよ 堀口演出
振り付けの先生がいるときは 何も言わないくせに
しの のステップ 集中攻撃だもんな
おまえに何がわかる
しの は3歳の時から バレエやってたんだぞ

2時には 練習 明けたけど
いきなり 泣かれたんじゃぁ
ハプニング 起こす気にもなれやしない

そっと抱きしめたって
テヘヘ なんて 無理して笑うから
よけい せつなくて



ふたりで 星を眺めながら
いろいろなこと話したね
子どもの頃の話 お兄さんの話・・・
一生懸命 自分のことを話す 君がいとおしくて

でも驚いたな
「練習しよ!」
突然の言葉  君って 強いんだね

ふたり 夢中になって おどったね
月明かり浴びて 舞う きみは なんだか妖精のようで
何度も 何度も 練習した
あたりが 明るくなるまで

あの後の稽古 堀口演出の まん丸な目
おもしろかったね

この合宿  僕らの 小さな ハプニング













あんなに幸せだった 時は流れて
いつしか 心は 変わってゆく

どうして こうなってしまったんだろう
なんとなく すれ違う2人

まだ 君のこと好きなのに
ぼくからは 動きがとれない

・・・それは 君も一緒かな

舞台の上で 抱きしめ会う2人
心の距離は どんどん離れてゆく


まだ 好きなのに













いよいよ 明日 本番をむかえる
かなしい 僕たちの事情を無視して
リハーサルは 着々と進んでゆく

きみが 忘れていった 口紅
バースデー にあげた 口紅
渡すにも
楽屋の扉が 重く のしかかる

扉ひとつ開けるくらい 簡単なことなのに
・・・簡単なことなのに

ま いっか
僕の 悪い口癖 
わかってる
自分でもわかってるけど



何度 洗っても すっきりしない メイク
首のところに残ってる
疲れてしまった

深いため息を付く

僕のこころ












いよいよ当日
今夜の 舞台が ハネたら
きみと 終わってしまう

何とかしなければ
まだ好きなこの気持ち伝えなければ

きっと後悔する
前にも こんなことがあったな
奇跡が起こるの 待ってるだけじゃ だめなんだ


そう思っても 時間は作れないまま
会場に ブザーは鳴り響いた

僕たちの ラブストーリー が幕を開けた












静まり返る客席
心に響くプレリュードが始まる

下手で待つ僕
上手で待つ君

僕は今から君に会いに行く
この出会いから 2人の物語は始まる

緞帳は上がり
スポットライトが君をとらえる

ドライアイスに幻想的な照明
斜幕にライトがあたる
ホリゾントは蒼く澄み渡る

君の位置は バミってあるのに
 2人の距離はつかめない


「君は覚えてる?
  僕らが出会った坂道も あの雪の白さも
 あの日から ずっと ここにあるのに
  一番大切なもの 忘れてた

 遠い夢に 泣いた日も 
    隣に座ってたね

  いままで 気づかなくてごめんね

 手が届くほどそばに
  君のこと感じていたのに

 ただ一つの言葉がでなかった

       好きだよ リナ」



君を抱きしめたとき
     思わず 涙があふれました












3度目のカーテンコールが終わり
僕たちの物語も終わった

君は 打ち上げにも 顔を見せず
 僕たち2人は 他人に戻った


この広いステージで
 きっと誰もが それぞれの役を演じている
心の奥に秘めた 自分をそっと押し殺して


今度 出会う どこかの 誰かに
 僕から 声をかけてみよう
時は流れて 
 僕も きっと  素直になれるように












舞台の時の写真 みました
ほんの 数ヶ月前のことなのに
とても懐かしく思えます

君はとても輝いてて
 この写真を見れば 今の君の活躍も うなずけます

ひとつ 気が付いたことがあります
 ラスト 2人抱き合うシーン
あの時は 気づかなかったけど
 ライトで 君のほほが 光っています

 それが演技なのか 
  それとも本心なのか
今の僕にはわかりません

ただ 僕はそんなに演技がうまくない
     そういうことです












 君から 3度目の手紙

 何かあったみたいだね

 でも 君の隣にいるのは

 きっと僕の役目じゃなく・・・

 いまだに 役名で手紙をくれる君に

 これが最後の返事です

 せいいっぱい 僕の いたずら

 いままで 結局 言えなかった一言



 「好きだよ しの」

 そして

  「さよなら」