中国の スポーツ事情

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未知の国

    みなさんは、中国のスポーツといえば、何を思い浮かべるだろうか?

    最も新しい話題といえば、シドニーオリンピックにおいて、ドーピング疑惑のある選手が出場を辞退した事件を挙げることができる。合計で27人の選手が辞退したが、その中には、かつて長距離走で一世を風靡した馬軍団の選手(馬軍団から7人エントリーした内の6人が辞退)も含まれている。今回の辞退は、2008年夏季オリンピックの北京誘致活動に向けて、悪いイメージを払拭したいという政府の意志が働いたと言われている。

    一般市民のスポーツといえば、卓球と太極拳が連想される。市民生活については、ほんの10年前までは人民服に自転車というイメージがあった。しかし、近年の産業化(注1)に伴う経済発展により、上海などの大都市においては、急速な都市化が進んでおり(写真1)、「これが中国の市民生活である」という形も刻々と変化している。

写真1:東方明珠(上海版東京タワー)から見た上海の摩天楼。スモッグがかかっている。
写真撮影:筆者

なぜ、中国のスポーツか?

    市民生活レベルで正確な情報を把握しにくい中国だが、スポーツについても「よくわからない国」という印象がある。例えば、この国に‘プロ’サッカーリーグがあり、それがJリーグと同じ1993年に始まったということを知っている人は少ないだろう。

    中国のサッカー事情は一般の日本人に限らず、サッカーファンにとっても馴染みがない。今まで、日本からも鹿島アントラーズや横浜マリノス、ジュビロ磐田などが出場したアジアチャンピオンズカップやアジアカップウイナーズカップ(注2)等には、中国からも‘大連万達’や‘上海申花’といったチームが出場している。しかし、そのようなチーム名を見て、プロチームなのかどうか、すぐに理解した人が何人いるだろうか?

    私の中国行きの目的は、静岡総合研究機構の竹内宏理事長に同行し、当地の経済学者らの話を聞いてくることだったが、私は、経済よりも市民生活の方に関心があった。中でも、特にスポーツに関心があり、昨年のアジアカップウイナーズカップで、私の住んでいるまちのプロチームである清水エスパルスが対戦した上海申花というチームが、プロチームとして経済的にどのように成り立っているのか、また、市民の間でのスポーツ活動やレジャーとどう関連しているのかを知りたくなった。そこで、訪中を機に取材を行ったわけである(注3)

1990年以前の中国

    1984年から1986年にかけて中国の山東大学へ留学していた笹原勉氏によれば、当時から、人民のサッカー人気は高かったとのことである。大学の校庭にも近所の人々が集まってきて、レンガでゴールをつくり思い思いにボールを蹴って楽しんでいたそうだ。

    サッカーが上手いことは、大学進学に有利だった。一方で、普通の学生はサッカー部に入ることすらできなかった。これは、他の種目も同様である。大学の代表チームの選手は、ユニフォームだけでなく、布製のスパイクシューズや防寒着に加えて、栄養費として当時の平均給料の1/3に相当する20元を与えられた。

    笹原氏も代表に選ばれたそうだが、笹原氏は筑波大学のサッカー同好会に所属していたくらいだから特別レベルが高いというわけではない。トップレベルの選手は、エリート養成機関である各省の体育学校に所属しており、国の代表選手はこの中から選抜されていた。いわゆるステートアマ が所属する機関である。

    人民政府がこのようにスポーツ競技に力を入れた理由としては、まず、国威発揚が挙げられるがそれだけではない。笹原氏は「中国は、スポーツ交流を、政治的なメッセージを伝える外交の道具としていたのではないか」と述べている。

    このような1990年以前の状況は、我々の中国に対するイメージと重なる部分が多いと思う。

現代中国のスポーツ振興の方針

    上海の市街地をトロリーバスに乗って移動していると「全民健身」という横断幕をよく目にする。上海市体育運動委員会外事処の荘炎氏によれば「中国のスポーツ振興の方針は、国も市政府もスポーツ文化の発展によって国民を健康にすること」だそうだ。「全民健身」はその標語であり、全人民が健康な身体をつくろう、というような意味である。「教育活動としての体育も、文化としてのスポーツも体育ということばで表現している」(2000,川口)中国らしいプラグマティカルな標語である。

    中国のスポーツ振興には、庶民スポーツとエリートスポーツの2種類がある。庶民スポーツは、さらに2つに分かれており、一つは「経営」、つまり、営利を目的とした団体による機会の提供であり、もう一つは公的な普及活動である。

   近年の産業化の流れに沿って、数多くのスポーツクラブが生まれている。今あるクラブは、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどであるが、始まって間もないこともあり単種目のクラブである。活動拠点の施設は、サッカー以外は無料で借りており、サッカーは有料だが安く借りている。荘氏によれば、将来は政府とクラブが資金を出し合って普及活動をしていくように考えているが、今はクラブの維持に力を入れているそうである。

庶民スポーツ

    中国の普通の子供たちの多くは学校でプレーをする。なぜなら、学校以外に場所がないからである。私が、上海申花のホームスタジアムである虹口足球場を見学したときには、小学校高学年くらいの子供たちがスタジアムの周りのコンクリートの空き地でストリートサッカーをやっていた(写真2)。しっかりしたトレーニングは受けていないらしく技術は低いが、とても楽しそうだった。

写真2:コンクリートの空き地で楽しそうにボールを蹴る子供たち
写真:筆者

    彼らはボールを蹴る場所があるだけ恵まれている。上海の中心市街地には空き地が少なく(注4)、公園はあるが禁止されているのか、ボールを蹴っている姿は見えない。道路には、大通りはもとより路地にも自動車や自転車、通行人があふれており、サッカーやバスケットボールをできる状態にはない。

    小学校や中学校には、サッカーゴールやバスケットゴールがある。プールはない。人民解放軍代表チーム「81」の元監督である林仲王叔氏によれば、小学校では昔は7人制サッカーが流行っており、今も残っているそうである。小学校のサッカーは遊び程度で体育の先生が教えている。上海は昔からサッカーが盛んだったのでプレー経験のある先生が多いそうだ。また、学校の成績にスポーツがあるので、やらなければならないという事情もある。

    また、ほかに市の各区(全人口1300万人に対して10区)ごとにアマチュア体育学校があり、そこでプレーすることもできる。この学校は国からの資金と、参加者が払う小額の会費で運営されている。

    かつては各省に一校ずつ体育学校があった。この体育学校の目的はステートアマの養成で、様々な種目の選手を育てていた。ユースから成人までが所属し、他に仕事を持たず実質的にプロと言ってもよい生活を送っていた。今のプロサッカーチームは、この体育学校が母体となっている。

    ごく一部の成人は国の施設でプレーすることができる。しかし、卓球場などの施設の利用料金はかなり高い。上海体育場に併設されている卓球場は、1時間15元(約200円)で18時以降は20元(約260円)である。2000年の春頃には、都市部の大卒オフィスワーカーの年収が3万元(約40万円)前後で、工場労働者が1万元(約13万円)前後といわれており、収入と比べて決して安い値段ではない。大部分を占める庶民は太極拳やランニングをする。これらは施設が要らないから金がかからない。

    街角には、太極拳や体操をやるための「全民健身補導站」という場所があり、そこに付近の住民が集まり、健康のために体を動かす。政府が組織的に庶民スポーツの場を整備するという取り組みはないが、「生活が豊かになり、週休二日制の普及に伴って、スポーツに対する要求やニーズも高まっている」(荘氏)ことも事実であり、今後の動向が注目される。

スポーツのプロ化

    中国で人気のあるスポーツは、サッカーとバスケットボールである。特にサッカーの人気が高く、選手の年俸も一番高い。サッカー、バスケットボール、バレーボール、卓球、囲碁などはプロ化している。プロ養成機関としては、プロチームの下部組織のようにスポンサーからの支援で成り立っているクラブと、選手からの会費収入でなりたっているクラブの2種類がある。前者は学校から選手をスカウトし、無料で育ててくれる。後者は、高い会費を払わなければならない。

    中国で、一般の人が出世する方法として、高学歴を得る、商売で儲ける、芸能人や芸術家になる、などがあるが、スポーツ選手になることもその中の一つである。中国では教育にお金がかかり、並みの収入の家庭では良い学校に入れない。高卒と大卒では、年収が3倍違うといわれている。

    スポーツのプロ養成機関も例に漏れず、自費で参加できる選手は経済力のある家庭の子息だけである。また、受験競争の激しさと同様に、「小学校三年生くらいと思われる女児が体操の指導を受けているところを見学しました。コーチの納得する技ができず、叩かれ泣きながら訓練を受けていて、暗い気持ちに」(2000,山田)なったというように指導そのものも過熱している。

中国のサッカー組織

    中国には、サッカーの全国リーグとして甲A、甲B、乙のトップリーグ(表1)と、21才以下、19才以下、17才以下のユースリーグ、そして、女子リーグがある。新しくプロを目指すチームは、乙リーグから始めて勝ち上がっていく。今は、施設や選手の確保など経営的に難しいのでチームが増えていく様子はないようだ。甲Aから乙までに所属する選手は、基本的にはサッカーを職業としている。チーム名には、スポンサー企業の名前がついている。

表1:中国のサッカーリーグ(全国リーグ)

リーグ

チーム

対戦方法

その他

上海市のチーム

甲A

14

ホーム・アンド・アウェー2回戦総当たり

下位2チームが甲B降格

上海申花足球倶楽部

甲B

12

ホーム・アンド・アウェー2回戦総当たり

上位2チームが甲A昇格

下位2チームが乙降格

上海浦東(正式名称は不明)

24

6チーム×4地域リーグ→上位3チーム×2リーグ→上位4チーム×1リーグ(ホーム・アンド・アウェー→上位4チームトーナメント)

上位2チームが乙昇格

30チーム以内

上海有線電視台足球倶楽部(ユースチーム)

女子

9

上海電視台女子足球隊

資料:上海市足球協会 秘書長 盧申氏より聞き取り作成

    クラブ以上に一般庶民の注目を集めるのが、国の代表チームである。中国はいまだにワールドカップに出場したことがない。プロリーグ発足と同時に、シュラップナーというドイツ人を代表監督に招き、代表チームの強化だけでなく、最新のコーチング技術や組織づくりのノウハウをも導入した(2000,ヘーゲレ)。今では代表チームはアジアの強豪となり、クラブチームも育成されるなど様々なところで成果がでているようである。

    次に地方組織の例を取り上げたい。中国サッカー協会の下部組織である上海市サッカー協会は、プロパーが20名、臨時職員が4名と日本の地方の協会よりも規模が大きい(静岡県サッカー協会は職員4名)。サッカー人口は5万人で、そのうち民営・区営の青少年クラブが3000人である。収入としては会費収入はなく、興行収入で賄っている。興行は、バイエルンミュンヘンやマンチェスターユナイテッドといったヨーロッパの強豪クラブを招待し、地元チームである上海申花との招待試合を行うというものである。Jリーグの人気が高かった頃、このような招待試合を日本でも行なったが、客が入らずやらなくなってしまった。上海でのサッカー人気の高さをうかがわせるものである。

プロサッカーチームの運営

    上海には、甲Aに所属する上海申花、甲Bの上海浦東、乙の上海有線電視台、女子の上海電視台がある。上海申花は、甲Aでも常に上位に位置する強豪であり人気チームである。

    上海申花足球倶楽部副総経理(注5)の胡康健氏によれば、上海申花足球倶楽部の経営は甲Aリーグ所属クラブの中では良い方だが決して楽ではなく、まず、自分の力でクラブを維持していくことが目標となっている。クラブの経営は、7社があわせて2億元を出資して設立した申花株式有限公司が行っており上場もしている。元々は上海申花という中堅の家電メーカー所有のクラブだったが、最近、経営を分離し独立した。スタッフは選手以外に40人ということである。

表2:席種と入場料

席種

入場料

VIP席

100元 (約1300円)

甲席

80元 (約1040円)

乙席

60元 (約 780円)

丙席

40元 (約 520円)

資料:胡氏より聞き取り作成

    主な収入は、入場料、広告料(看板、ゼッケン(注6)等)、放映権料などである。総収入は5000万元(約6億5千万円)で、内、入場料収入は1500万元(約2億円)であり、全体では黒字だそうだ。ゼッケンスポンサーは、家電と食品の外資系メーカーである。

    入場料は表2のとおりで、決して安くはないが、3万人収容のスタジアムの7割程度が常に埋まるそうである。

    年俸は基本給と勝利給がある。内国人の基本給は最高限度が1万2千元以内に決まっている。外国人は基本給が高い。勝利給は公式のリーグ戦で勝つと40万元、引き分けると20万元をチームに分配し、各選手への配分方法は監督やスタッフが決める。負けるとゼロだ。また、移籍金制度なども整えられているようである。

    ホームスタジアムである虹口足球場は、区政府などが出資した上海市虹口体育投資発展有限公司が所有している。芝生の練習場やクラブハウスも政府から借りている。

    選手の育成体制については、U20(注7)のチームを持つことをリーグから義務づけられているが、上海申花は自チームで選手を育成する方針を取っておりU16のチームも持っている。クラブのユースチームに入るためにセレクションのようなものはなく、市内各地の学校などの監督や先生の推薦によって選抜している。推薦者に対して対価は支払われない。選手の移籍等に関して、近いうちに公認のエージェント制が整えられるだろうといわれている。

    上海市外の選手のスカウトは事実上ない。政府は都市への人口流入を懸念して戸籍の移動ができない。戸籍の移動ができなければ、一部の例外を除いて、有望な選手がいたとしても都市部で働くことはできない。また、一方で、競技の普及は都市の外まで及んでないので、広く選手を集めようとしても選手がいないというのが実情であると思われる。

    ファンは自発的に応援団を組織している。彼らとの繋がりとしては、クラブの幹部と彼らの代表とで、毎年1回協議をするようにしている。ファン感謝デーや、ボランティアのスタッフ制度のようなものはないそうだ。

上海のスタジアム

    上海市内には、大型のスタジアムが3つある(表3)。今回は、虹口足球場と上海体育場を見学した。

表3:上海市にあるスタジアム一覧表

スタジアム

種別

ホームチーム

虹口足球場

サッカー専用

上海申花足球倶楽部

上海体育場

陸上競技場

上海電視台女子足球隊

深源体育場

陸上競技場

上海浦東

資料:盧氏より聞き取り作成

    上海体育場は、上海体育有限公司が運営する体育館やホテルなどの総合スポーツ施設の中の総合運動場である。1993年に上海市で行われた第1回東アジア大会の利益を元手に設立した東亜集団と呼ばれる政府の外郭団体の一つである東亜体育文化中心が所有している。すべての施設は民営である。

    見学には、入場料を20元、取られるが中に入ると一流ホテル並みの制服来たコンパニオンがガイドをしてくれる。彼女たちは、かなり詳細にわたって情報を持っており、この記事の内容もほとんどが彼女たちからのものである。

    メインスタンドの下には貴賓室がある。内装は豪華でかなり広い。以前にFIFA(注8)の元会長のジョアン・アベランジェ氏が来たこともあるそうである。

    グラウンドは天然芝で状態は良好だ。サッカーのホームチームが女子の1チームだけであり、他のイベント等を含めても年間使用回数が少ないので芝が傷まないのだろう。年間10回くらいコンサートが行われるそうである。また、5月に障害者スポーツの全国大会の会場にもなっている。

    収容人数は8万人で、観客席の5割をカバーする屋根がついている。メインスタンド中央にはVIP席があり、階段は赤い絨毯らしきものが貼られていて豪華だ。この施設は上海の人が設計し、総工費は12.9億元(約168億円)で建設されたそうだ。

    観客席の中段はガラス張りのVIPルームになっている(写真3)。VIPルームの下には1部屋につき1枚、広告看板が掲げられている。つまり、その部屋の使用権を持っている企業の看板である。VIPルームを得るためには、50年間の使用権を500万元で買い、それとは別に毎年5万元の管理費を支払わなければならない。現在、50室弱のVIPルームが売却済みである。つまり、総工費12.9億元の内、2億5千万元(約33億円)は初めに回収されていることになる。

写真3:上海体育場のメインスタンド。中断のVIPルーム、丈夫に少し見えるの建物がホテル。
写真撮影:筆者

    VIPルームのほかに建設時には企業や個人から寄付を募り、スタジアム外側の観客通路等に寄付者の名前を書いたプレート貼っている。企業向けのプレートが1枚6千元(約7万8千円)から1万元(約13万円)、個人向けが1枚300元(約3千9百円)である。

    このスタジアムには、レストランとホテルが併設されている。ホテルはメインスタンドと一体化しており、部屋の一部はグラウンドに面しているため、試合観戦が可能である。しかし、多くの選手はこのホテルには宿泊しないそうである。

虹口足球場

    今回、見学したもう一つのスタジアムである虹口足球場は、1999年に完成した収容観客数3万人のサッカー専用のスタジアム(写真4)である。

写真4:虹口足球場のピッチとサイドスタンド。ペプシコーラの大きな看板がある。
写真撮影:筆者

    建設費用は約3億元で、区政府などが出資した上海市虹口体育投資発展有限公司が、隣接の魯迅公園の管理会社とともに連合発展集団を組織し管理している。上海申花の試合以外には、コンサート会場として貸し出している。昨年は、コンサートが5回あった。それ以外のアマチュアチームの試合には貸し出したことはない。

    観客席の中段には、上海体育場と同じで、VIPルームが設置してある。看板は掲げられていないが、ほとんどの部屋が売却済みだそうである。また、メインスタンドの下はレストランになっていて、試合がない日も一般向けに営業している。

    中国の料理店の地元客は魚介類の活きの良さを大事にするので店内に水槽がある店も多いが、虹口足球場のレストランの水槽は通行客にみえるように壁に沿って設置してある。スタジアムの外壁に魚の水槽があるのは妙な気もする。バックスタンドの下は、3階立ての駐車場になっている。

中国スポーツから学ぶこと

    今回の訪中で驚いたのは、スポーツに限らず、街中に市場経済が浸透していたことである。上海の中心市街地には、ものがあふれ、「経済的な」意味での活気がみなぎっている。共産主義の面影はほとんどみられないと言ってもよいかもしれない。

    スポーツの中でも、それは顕著である。中でもスタジアムは、近代的な外観もそうだが、建設時の資金調達やその後の活用方法が素晴らしい。VIPルームをつくり販売することで初期投資を回収するとか、レストランを併設してスポーツイベントがない時でも営業する、あるいはスタジアムとモノレールの駅を直結するといった工夫は、ヨーロッパの新しいスタジアムのやり方を取り入れているものと思われる。

    日本でも「そうすべきだ」と言うのはたやすい。2002年W杯サッカーの開催スタジアムの建設にあたっても、当然、そのような検討はされているだろう。しかし、日本の新しいスタジアムの多くは、郊外の山を削ってつくられている。中国にできて、日本にできない理由としては、高度成長が続く中国と景気低迷中の日本というような経済的な理由や、日本の政治や行政の柔軟性の欠如などが挙げられるだろうが、私は土地に対する考え方の違いが最も大きいと考える。

    スポーツイベントだけでなく、資産としてのスタジアムを最大限に活用しようとするとき、最も大事なのは、人口が集積している地域内あるいは近接している地域にスタジアムをつくる必要がある。虹口足球場は、古くは日本の租界があった地域にあり、住宅が密集している。日本ならば住民を移転させてまで、このような場所に土地を確保し、スタジアムをつくることはできなかっただろう。

    それを可能にしたのは中国の共産主義国家としての顔、つまり、強力な政府の力による半強制的な土地の確保があったからではないかと推測する。日本でも、やってできないことはないだろうが、とてつもない時間と労力を必要とするだろう。市場主義的な社会は、長期的な計画と規制が苦手である。スタジアムの良い面だけを見たとき、中国は計画経済の良い面と市場経済の良い面を合わせて、うまくやっていると言えるのかもしれない。

    もう一点、スポーツの普及の目的として、健康の増進という点を前面に出していることも注目すべきである。日本ではスポーツは数あるレジャーの内の一つであり、人生のプラスαのように見られがちである。だから、スポーツ振興の公共的な意義も曖昧になりがちで、スポーツ施策について‘目的は何か’を問われたとき、経済効果という概念が中途半端に入ってきてしまう。

    スポーツがもたらす効果の中で、精神的な部分を含め、心身の健康に寄与することの比重を高める必要がある。それはつまり、スポーツのレジャー性や競技志向性の比重を相対的に低めて、日常生活の中でのスポーツの価値を高めることである。そうすることで、人々の生活の中にスポーツが根づき、文化として花開くことができるのではないだろうか。

《注解》

  1. 産業化:「改革・開放」に伴う市場経済の導入と経済発展のことを産業化と呼んでいる。
  2. 共に各国で行われているリーグ戦やカップ戦の優勝チームが出場しクラブのアジアチャンピオンを決める大会
  3. 取材期間は2000年4月末
  4. 笹原氏は「東南アジアでは町の中に芝生広場があってゴールポストが建っていることが多いが、中国にはそういう広場がなかった」と述べている。
  5. 副総経理:副社長に相当する。
  6. ユニフォームの胸や背中に書かれてあるロゴ。
  7. U20: 20才以下のチーム。Uはunderの略。
  8. FIFA:国際サッカー連盟の略(International de Football Association)

《取材協力》

《参考文献》

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(注3)