top menuへ    小学生年代でサッカー人口が野球を追い越してから、長い年月が経過した。すべての選手がサッカーを楽しめる環境ができるのだろうか?高校年代に注目して検証したい。


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学校チームと 地域クラブ

「地方はいまだに学校とクラブが対立しています。全国でもそうかも知れませんが...この問題が解決しない限り日本のサッカーは進歩しないのではと思っています。」takayukiさんより

   先般、高校サッカー部の指導者のみなさんと話をする機会があった。私が担当している市民体育大会のサッカー部門への理解と協力を求めたのだ。

   従来、ユースとジュニアユース年代は学校単位のチームしかなかった。近年になって、クラブチームが増えたといっても、まだまだ数が少なく、セレクションで選ばれるような上手い選手しか参加できない。下手だけど、ほどほどにサッカーを楽しみたい、という選手が活動するチームがない。

   そこで、市民大会をきっかけにして地域(ここではおよそ小学校学区のことをいう。)単位でチームをつくり、誰もがサッカーを楽しめる環境つくろうというわけだ。地域単位のチームなら、高校に進学しなかったり、退学して働いている子供たちも参加することができる。

   高校生にも参加してほしいと先生方に相談した。とはいっても、清水商業や清水東といった名門校のレギュラークラスに参加してくれというようなものではない。いわゆる1軍に入る見込みのない、つまり、試合に出ることのできない選手の出場に理解を示して欲しいということなのである。

   このような依頼をした理由には、次のようなことが挙げられる。


   他にも、高校グラウンドの利用であるとか、運営面での協力なども話し合った。だが、会場や運営面については学校側の事情もあり、あまり突っ込んだ話はしなかった。主な論点は、選手を“貸す、貸さない”というところにあった。

   高校の選手が市民大会に参加するかどうかについては、高校としては、選手が望めば参加することは問題ない、ということが確認できた。ただし、高校の指導者のみなさんの間に、この確認に対する温度差があることは明らかだった。

   このような方式を初めて採用した前回大会では、一部の高校の指導者と地域の指導者の間で衝突があった。ある高校が市民大会の開催日に遠征を計画して、選手を出場させることができなくなったことを地域の指導者が責めたのだ。高校の指導者に対する主催者側の説明が不足していたことが大きな原因だが、感情的な背景があったことも否めない。

   地域の指導者にとって選手は、少年団(小学校)、中学校部活と、自分たちが長く面倒を見てきた子供たちである。一方、高校の指導者にとっては、試合にでなくても大切なチームの一員である。どちらの気持ちも理解できる。

   しかし、最も重要なことは、選手自身の気持ちではないだろうか。選手を“貸す、貸さない”ということばには、選手より「チームありき」という意識が暗に込められている。高校生といえば、十分な判断力がある一方で、周囲の様々な影響も受けやすい。指導者がすべきことは、選手の出場の可否を決定することではなく、選手自身が判断できる状況をつくりだすことではないだろうか。


   ある高校の指導者によれば、選手権予選大会のメンバー登録の当落線上にいる選手がいた。その選手は、地域チームの指導者に強引な勧誘を受け、高校と地域の板挟みになって非常に悩んだそうである。

   地域チームの指導者は、その選手が高校チームで出場することはないだろうから、地域のチームへ来ても差し支えないと考えていた。その選手とすれば、もう少しで1軍に上がれるのだから、高校チームに集中したいと思っていた。しかし、地域の指導者にも長くお世話になっており、どうしようか迷ったのだった。

   このケースでは、高校の指導者がその生徒をかばって、地域の指導者に反発したのは当然だ。教育的配慮という点では、やはり高校の教員の方が優れている場合が多い。しかし、高校の指導者が、高校に行っていない子供たちやサッカー部に入っていない生徒を、自分の生徒たちと同様に視野に入れているかどうかといえば、そんなことはありえない。

   清水サッカー協会において、この年代を扱う部門(協会においては「種別」という。)は「2種高校部」と呼ばれている。つまり、高校のサッカー部を扱うのである。エスパルスユースとの整合性とか、ユース年代での普及といった全体的なことを扱う部門はない。

   静岡県サッカー協会においては、さらに極端な状況らしい。高校部とクラブ部門が、まったく独立して存在しているというのである。

   今回の話し合いにおいても、結局は、地域ごとの大会を開催したり、その大会に選手が参加するのは一向に構わないが、あくまでも高校の活動とは別のものだ、というのが大筋である。確かに高校の活動とは別のものであり、それを明確に分けて考えることは正しい。しかし、別のものだから、自分たちが考えることではないと言い切ってよいのだろうか。

   私自身は、地域のチームが整い、年間を通じた活動が定着すれば、少なからぬ生徒が高校の部活ではなく、地域のチームに所属するだろうと予測している。内容的には完全に普及のための方策なので、強豪校から有力選手が流出するようなことははあり得ない。ただし、地域チームの成立をきっかけとして、学校スポーツを基本とする現在のシステムの再編が誘発されるような流れは、十分に起こり得る。

   実際にある地域では、週一度程度の練習が定着し、3チーム編成することができる人数がいるという。まだ、受け皿となる大会が少ないので、出場したくてもできない選手が早くもできてしまったのは、皮肉な話である。いずれにしろ、変革の鼓動は現われ始めており、長期的総合的プランを今から考えていかないと間に合わない、と感じているのは地域の指導者だけだろう。


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