学校サッカー部は、プロ選手養成機関としての役割をいつまで担わなければならないのか?学校サッカー部の側の事情、Jクラブ側の事情の両面から、その融合について検討する。
高校サッカー部 とJクラブの融合
私の住んでいる町"清水"では、将来の日本のエースと呼ばれているある選手を巡り、清水エスパルスを始めとする複数のJクラブがしのぎを削っている。彼の才能は誰の目で見ても明らかであり、来年、清水市立商業高校(以下「清商」)を卒業する彼を欲しないチームはないだろう。
彼は生粋の清水の人間ではないが、彼の才能を花開かせたのは清商であり、清水のサッカーであることは間違いない。ここで、一つ考えて欲しい。清水エスパルスは、清水のサッカー界の頂点として、清水で育った選手が清水でプロのサッカー選手として活躍できるために誕生した。しかし、存続の危機に危ぶまれているエスパルスが彼を得る可能性は低い。清水のサッカー=エスパルスと言われながら、清水のサッカーが育てた選手がエスパルスに入らない。
しかし、優秀な選手がより多くのお金を提供するチームを選択することは当然であり、それが世界共通の常識だといえるが、彼がどのチームを選んでも、エスパルスはともかく、彼を育てた清商に移籍金(育成料と呼ぶべきか?)は入らない。これは、世界の常識とはいえない。
とはいえ学校チームが金銭を得ることができないのはしかたのないことだ。しかし、"エスパルスユース=清商のサッカー部"では、何故、いけないのだろう。学校は偏差値一辺倒の価値体系から、ボランティア活動を始めとした社会活動を評価する方向に動いている。社会的に認知されたスポーツクラブでの生徒の活動を、学校に所属する部活動と同等に評価してもよいのではないだろうか?
クラブ側にも問題はある。ジュニアユースの一部の選手が、自分がエリートだと思い込み中学校で問題行動を起こしている点について、クラブはサッカーを教えるのが仕事なのだから選手のそのような態度については関知しないという。学校スポーツを基本とする日本のスポーツが、いわゆる"教育的配慮"に縛られてきた反動だろうか、Jクラブはこのような問題からは逃げ腰というより否定的だというべきだろう。
ブラジルのスラム街の子供たちにとって、自分たちの社会的・経済的地位を向上させるために、サッカーが唯一無二の手段であることは今も同じだ。しかし、「有名選手になることで社会的に認められ、スラムでは考えられないような大金を手に入れることができる」というのは、うわべだけの観察に過ぎない。学校へ行くことはおろか、十分な栄養を摂ったり、基本的な生活習慣を身につける機会すらなかった子供たちが、クラブにスカウトされることによって、合宿所での規則正しい生活の中で社会的ルールや生活習慣・栄養管理の方法を身につけ、そのうえ学校に通う機会を与えられる。結果として、ほんの一握りの一流選手になることができなくても、スラムを抜け出すのに十分なチャンスを得ることができる。
このように教育的配慮をすることと、プロのサッカー選手を育てることはお互いに良い影響を与え合うことはあっても、相反するものでは決してない。Jクラブは、トップチームに所属する選手も含めて、サッカー以外の部分も併せた選手の人間形成に配慮する必要がある。学校と連携したシステムを構築することは、Jクラブにとってマイナス面にはならないと思う。
Jリーグ発足後の高校サッカーの人気低下は、日本のサッカー選手が唯一人生をかけて戦う(彼らにとっての"人生"="青春")大会だった高校選手権が、Jリーグというより高い目標ができたことで単なる通過点になったことが引き起こした当然の帰結といえる。今後、日本のサッカーが理想に向けて順調に進んでいくとすれば、高校ブランドは消えていく運命にある。このような時代の流れに沿って、安易に学校ブランドの維持にこだわったり、学校スポーツとクラブの共存ということばを使うよりは、クラブと学校制度の融合を検討する必要があろう。
このようなことを踏まえながら、地域とJクラブの関わりはどうあるべきなのか?地域で選手を育てるということはどういうことをいうべきなのか?もっと深い議論をしないと"Jリーグ百年構想"などという理想も、"サッカーのまち清水" という地域のアイデンティティも、燃えかすすら残らない幻に終わってしまうことだろう。
この文章は、筆者が「サッカーダイジェスト」誌に投稿し、1997年号の背番号12コーナーで採用されたものです。現状批判的な内容であり、筆者の立場上、誌面では匿名希望とさせていただきましたが、掲載後の周囲の反応から実名による公開をさせていただくこととしました。
なお、タイトルは「サッカーダイジェスト」誌でつけていただいたものをそのまま借用しました。また、「てにをは」及び改行個所等、若干の変更をさせていただきました。
最後に、掲載してくださった「サッカーダイジェスト」誌には、厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。