[茶道裏千家直耕庵]


(研修会風景)

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茶の湯の美、侘数寄と修行

今日、茶会において何を第一とするか、大寄せの茶会、小寄席共に大きく分けて、道具に重きを置くか、雰囲気、接待に心を砕くか、人それぞれではありますが、いずれにしても茶の湯では、道具は重要な位置を占めるものであることは間違いありません。ではその道具は如何にして選ばれるのか、自分に十分な力があれば問題はありません。さもなければ、他に頼らざるを得ないのであります。即ち箱書であります。それも見る目の豊かな方の箱書であれば安心かもしれません。素晴らしい方の箱書きを得るのも自分の力のうちと思っておられる方も多いと思います。そのとおりかもしれません。しかし、茶の湯における美の基準は、他のものとは些か異なるものであることは、周知のとおりであります。即ち侘数寄に叶う美でなくてはならないからであります。他の美術品のように、形が整い美しいというだけの基準ではない、茶の湯独特というか、きわめて日本的な美の基準があるからです。その上、故事来歴も美の一つと見る、大変複雑な基準をクリヤーしなければならないとなれば、己に叶う茶の湯の道具組など気の遠くなるような事かもしれません。容易に完成できない道であればこそ、それに向かっての一里塚が生きがいでもあり、茶の湯の修行であるのかもしれません。

深山路の三畳台目の茶室で、信楽一重口水指「柴庵」の前に瀬戸茶入「塩屋」と黒楽茶碗「俊寛」を 置き付け、床に青竹、一輪の椿、吾が理想の濃茶の味は・・・・・・、


[ 近況及びプロフィール.その他 ]

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過日、淡交会東京第一東支部21年度の総会が江戸東京博物館ホールにて盛大に実施された。江戸東京博物館 竹内誠館長講演の後、支部長、新任幹事長、染山宗江氏を囲んでの親睦会 が催され、楽しい一時をすごした。染山宗江氏は、過日家元に於いて新幹事長委嘱書を幹事長方を代表して拝受された程の素晴らしい方であると同時にUIAの有力メンバーでもあり、これからの活躍が期待されます。

次欄は
成田市は成田山新勝寺の門前町として、また国際空港の町としての2つの顔を持っていますが、開港以来、国際親善の一環として、海外からのお客様に日本の伝統文化の良さを知って頂こうと、定期的に下欄の写真のように抹茶のサービス等を行っています。


東京第一東支部懇親会1

東京第一東支部懇親会2

高輪プリンスホテルでの茶会、清水先生の夜話、寄り付

灯りの揺らぎで幽玄な雰囲気の茶席

清水先生心入れのお道具

記念撮影

海外からのお客様え抹茶のサービス風景1

海外からのお客様え抹茶のサービス風景2

海外からのお客様え抹茶のサービス、体験コーナー風景

海外からのお客様え抹茶のサービス風景3

海外からのお客様え抹茶のサービス風景4

海外からのお客様え抹茶のサービス風景5

パトリシアご夫妻茶室玄関で

ご夫妻四畳半台目の床前にて


皆さんと広間にて

お稽古のお客さま

仲良くお二人で1

仲良くお二人で2

光悦寺の秋

京都、光悦寺本堂廊下よりの眺め

大阪席、三巴亭

三巴亭床、秀吉書簡

大阪席会記2

京都席、本阿弥庵

10月11日35回東京地区大会祝賀開会宣言

多忙な主催事務局の打合せ風景

記念懇親会

若宗匠お言葉

大会主催担当の方々

会場を退席される方々

平成13年7月25日許状取次式

カナダ大使館にて東京ゼミJohn T.McGee先生Lec

裏千家インターナショナル15周年記念祝賀会

UI、15周年記念、鵬雲斎御家元お言葉

5月13日カナダ大使館での参加者

森先生、McGee先生

許状取次式

平成14年初釜稽古始め

平成13年文化の日茶会

京都にて若宗匠と

晩餐会

YL親睦会

NY大菩薩禅堂2

NY大菩薩禅堂3

晩餐会

NY大菩薩禅堂帰国前の一時

炭点前稽古

稽古風景1

モスクワにて

水屋にて

茶会準備

納屋宗匠と

櫻井先生と

親善茶会

平成14年初釜、雪月花

稽古風景3

立礼稽古

招待茶会

米屋本店庭、大井戸茶会1、H13年5月2日

UI15周年記念

茶道クラブ

公民館稽古

茶室玄関

にじり口

茶室上より

伊住宗匠と

稽古風景

受戒茶会

野点4

野点5

稽古

花月の式

*私のプロフィール *

  私の茶の湯は、四国松山市、喜与町の焼け跡に、裏千家業躰、 重藤宗智師が廃材で建てた茶室(半合庵)が出発点であった。 戦後間もない時期、全てが荒廃し殺伐とした時代であったが、 心の安らぎを求めて始めたのが茶の湯の最初であったことは、 先にも申し述べましたが、以来、転勤の度に行く先々で先生を 探し、時には苦しい修行、稽古に負けそうになりながらも、 日本の伝統文化(茶道、華道)の神髄にふれ、それらに生きがい を感じ、修行に励んだ。昭和39年民間会社への出向と共に、 転勤からも開放され、裏千家東京道場の稽古や家元修行が容易と なり、又その後、日本茶道史研究の第一人とされた熊倉功夫先生 に直接茶道研究(日本茶道史)のご指導を得る幸運に恵まれ、 今日に至っておる。 私の茶の湯は、楽しみとして、教養として、今では生きがいとして 私を包んでおりますが、私の専門とする処は、裏千家茶道の全教程 の指導実践かもしれません。しかし、茶の湯の実践に欠かせないのが、 その歴史的、伝統的背景の理解、精神的昇華、これらが茶の湯の 点前に反映されて、茶の湯が、奥深く優雅で、せんれいされたもの として生活の中に活き、われわれを楽しますものと考えています。 茶の湯の他、見るスポーツは苦手ですがスキーその他左掲の写真の ようなことをして楽しんでいます。

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[クラシックスキークラブへどうぞ]


吾茶道の出発点半合庵

私の茶道の出発地点、松山市、半合庵、戦後の物資のない困窮生活の中で、今治から松山へ茶道の稽古に通い続けたのは、一重に、師、重藤宗智先生のお人柄と厳しい鍛錬の魅力に引かれたからである。 半合庵は、 松山市内喜与町に今も残されており、裏千家業躰・重藤宗智師の精神性を具現したものである。半合庵とは「一生独身で半人前、茶道も半人前」という意味であるが、謙虚な師の気持ちがこめられている。 ここには四畳半、六畳、八畳の三間があり、六畳の間には八炉が切ってありどんなお茶席にも使える。至る所に創意工夫が凝らされたこの茶室には、裏千家の十四代家元・淡々斎宗室や十五代・鵬雲斎お家元が訪れており、欄間にはお二人の家元が残された書画がある。
*中央の写真は現在の半合庵。
*左の写真は今も昔の侭の扁額が掲げられている半合庵。
*右の写真は現在の半合庵のたたずまいである。


アマチュア無線

遊び大好き人間です。何時までも好奇心を失わず、頑張りたいと思います。 アマチュア無線を始めてから45年以上になりますが、その間、多くの友人に出会い、 励まされたり楽しい時間を共有させて頂きました。戦後の物資のない困窮耐乏の時期、 国内でも長距離電話さえ予約の、掛け辛かった時代に、手作りで弁当箱の上に真空管を 並べただけの無線機で、地球の裏側の人達と交信し、友達となり、歓喜した思い出は、 今も鮮明に記憶にあります。こうして出来た内外の多くの友達と今も楽しんでいます。 齢を重ね、家の中にいる時が長くなった、今日この頃では、その有難さをひしひ しと感じています。
JA5EC/JA1UKK

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2011年5月26日13時30分27秒