鉢植の木らうんじ 短歌&エッセイ   

                  窓辺の満月とネコ

        短歌 <皆既月食-1982年1月10日

月影の欠けゆくままに大空も現し世(うつしよ)も暗し冷えて庭に佇つ(たつ)

欠け極まり あかがね色に暗みたる異様の月の統ぶる大空
あかがねの皆既の月の渡る夜を深く眠れる暗き現し世(うつしよ)
黒々と冷えて並みたる木々の上に血の色鈍き皆既の月影
赤黒き変化(へんげ)の面(おもて)地に向けて皆既のままに月は傾く

      
 
      短歌
<皆既月食-2000年7月16日〜17日 

双眼鏡 暗々と視野真広なり欠け始めたる月を浮かせて
欠けてゆく月の光の弱まりに ややに見えくる小さき星々
これはしも最大の影 月に映る地球の輪郭見ていたりけり
円ならでまさしく球体皆既なる月はレンズの視野に浮きいて
常ならぬ暗き赤色そのままに皆既の月は南天渡る
皆既なる暗赤色の月影におののきにけん太古の人々



     エッセイ<皆既月食>

2000年7月16日から17日にかけての皆既月食の短歌連作を詠んだ後、古い作品ノートを繰ってみた。かなり前にも、こうして皆既月食連作を作ったことを思い出したからである。

1982年1月のところに、それは見つかった。すると、その月の10日未明に見られた月食ということになる。天文関係の本には、午前3時9分に欠け始め、皆既状態は4時14分から5時38分までとある。作品を読み返すと、そのときのことが かなり鮮明によみがえってくる。推敲の過程で何度も、そのときの情景や自分の気持ちが頭の中通りぬけた ためかもしれない。寒さと眠けをこらえて見ていたこと、常と違う色の月の下で、木々と家々のシルエットが印象的であったことなど。「皆既のままに月は傾く」−そう、確かにそうだった。それを見届けて、あまりの寒さに月没前に床に戻ったが眠れなかった。

そして それから18年、その間に日本で見られた月食は今回のを含めて15回もあった。そのうち皆既食が10回も。それらのうち、見ていたはずのときのことも、82年1月のように印象に残っていない。歌に詠まなかったためだと思う。なぜ歌を作ろうとしなかったのか、月食は、日食に比べて地味だからか、また皆既にしても こうして度々あるという意識からか。皆既日食の方は、地球上のある地点で見られるのは、平均して334年に1度のことだという。

今回18年ぶりに皆既月食連作を作ったのは、双眼鏡で月を覗いたからかもしれない。肉眼で見たのと違う、この印象の記憶を薄れさせないためには、歌にして残しておくことだという気持ちが無意識にはたらいたのだと思う。
双眼鏡の視野の中で皆既状態の月は、確かに円ではなくて立体的な球だった。普通の満月では、全体的に明るすぎるため平面的に見えてしまうのが、暗赤色の皆既の月では周辺部がより暗くなって立体感がでてくる。その球形の月が、広い宇宙空間に何の支えもなく浮かんでいた。おそらくこれは、宇宙船に乗って月に向かって行ったとき、近々と見る月の見え方に似ているのだと思う。その背後に、とてつもなく大きく神秘的なものの存在を感じた。宇宙飛行士が、宇宙旅行で覚えるという感覚とはこんなものなのだろうか。


<参考文献>
新地学教育講座 星の位置と運動(東海大学出版会) 古畑正秋・監修
・天体観測図鑑(河出書房新社) 藤井 旭・著


次へ
戻る
らうんじ目次へ
Topのページへ