突然、肩が痛くなって、体を動かすたびに「あいててっ」などと言っているので、こりゃきっと五十肩だ、年齢的にもピッタリだし。とにかく医者に、「あー、五十肩です」と審判を下してもらおうと、近くの病院にいってみた。ところが、あにはからんや、「寝違えませんでした?」などと聞かれて、湿布薬をしこたま出されて、様子を見てくれということになった。しかし、肩の痛みは、それからも続き、なんだかんだと、2ヶ月ぐらい続いていた。なんだか釈然としないままに、楠家具工房の安井さんと話していると、安井さんもほぼ同じ症状なのでびっくりする。安井さんのほうは半年近くにもなるという。安井さんと仙人の共通事項を挙げてみると、なまけもの、ではなくて、グラブ生協を取っていること、「けるん」のガイドヘルパーを、ときおり手伝っていることである。同じようなものを食べているので、肩が痛くなる、というのはちょっと考えにくいので、「けるん」のガイドヘルパーが原因であると言う結論になった。「ああー、こりゃ労災だァ」などと笑っていても肩の痛みは直らない。
動かすと痛いのだから、動かさないようにしてみよう、と真っ当なことを考えて、じっとしていよう、そっとしていようと心がけて生活してみた。左肩だったので、極力左手を使わないようにして、じっと、そっとしていた。なんだか、松下竜一さんを思い出してしまった。彼も病弱な一生だったから、いつもこうしてじっと、そっと生きていたんだろうな。とくに、初期の掌編小説にそんな感じが色濃く出ている。なんでもないこと、見過ごしてしまうこと、そこに焦点を当てて、そっと生きる楽しさがにじみ出ていた。仙人もそんなつもりになって、外出はベスの散歩ぐらいで、じっと、そっとしていた。
そんな蟄居を三日ほどしていると、なんだか肩の具合がいいのである。年をとると、鍛えて直すとか、痛さを我慢して動かすとか、そんなことをしてはいけないかもしれない。痛さを抱えながらそっと生きることがいいのかもしれない。安井さんにも教えてあげようと思ったけれど、三日もじっとしていたら、仕事も生活も火の車になりそうなので、仙人の胸の奥深くにしまっておくことにした。
このところ柄にもなく「生きがい」などということを考えたりしている。だいたいへそ曲がりな仙人は、「生きがい」なんてことを考えたこともなかったし、「生きがい」を考えることに嫌悪していたとも言える。「生きがい」なんて口に出すのもいやだ、なんてそっぽを向いていた。なんとなく狂信的な「生きがい」が見え隠れするという疑心暗鬼もあった。愛国心だとか、殉教だとか。だから、無為自然だの、生きていることが生きがいだの、居ながらにしていないだの、訳のわからぬことを言って、自分自身をも煙にまいていた。ところが、94歳で現役の医者をしていて、この間も文化勲章なんかもらっちゃって、90代のスーパースター、日野原重明の文章を読んでいたら、それこそ柄にもなく「生きがい」について考えてしまった。「生きがい」について考えるなら、神谷美恵子かな、とすぐに思いついた。その昔、本屋で平積みになっている『生きがいについて』を横目で見ながら、生きがいを持てないと生きていけないのかい、なんて生意気なこと考えていたから。
こうして、まず読むことはないだろうと思っていた神谷美恵子の『生きがいについて』を読むことになった。その中に、こんなところがある。ちょっと長いですが、引用します。
生活を陳腐なものにする一つに強大な力はいわゆる習俗である。生活のしかたまで、ことばの使い方、発想のしかたまでマスコミの力で画一化されつつある現代の文明社会では、皆が習俗に埋没し、流されていくおそれが多分にある。かりに平和がつづき、オートメーションが発達し休日がふえるならば、よほどの工夫をしないかぎり「退屈病」が人類のなかにはびこるのではなかろうか。
しかし、ここでちょっとみかたをかえてみよう。変化と発展というものは、たえず旅行や探検に出たり、新しい流行を追ったりしなくてはえられないものであろうか。決してそうではない。ほんとうは、おどろきの材料は私たちの身近にみちみちている。少し心をしずめ、心の眼をくもらせている習俗や実利的配慮のちりを払いさえすれば、私たちをとりまく自然界と人間界も、たちまちその相貌を変え、めずらしいものをたくさんみせてくれる。自分や他人の心のなかにあるものも、つきぬおもしろさのある風景を示してくれる。わざわざ外面的に変化の多い生活を求めなくとも、じっと眺める目、こまかく感じとる心さえあれば、一生同じところで静かに暮らしていても、ぜんぜん退屈しないでいられる。
この本が書かれたのが1966年。いまから、40年前のことである。この中に出てくる「退屈病」のことは、このあいだ、久しぶりに一気読みをしてしまった、森岡孝二の岩波新書「働きすぎの時代」にも書いてあった。1960年代に真剣に話し合われたことに、このまま科学技術が発達していくと、40年後の労働時間は4時間ほどになってしまう、そうなるとどうやって仕事以外の時間をつぶすのかが大問題になってくる。みんな「退屈病」になってしまうのではないか、ということがあって、大まじめに危惧したそうである。今から思えば、なんとものんきな、黄金のように輝く60年代である。40年後「退屈病」の恩恵にあずかったのは、大企業か公務員を無事退職した、ごく一部の人々だけであり、その人々以外の人間は、十分すぎるほどに発達した科学技術のおかげで、つまり、コンピューターやらケータイやら一秒を争う交通機関のおかげで、60年代以上の長時間の働きをしなければならないのである。
そうした人々に対して、最近は声高に「生きがい」を持てとうるさい。先日も、県教委は「メンタルヘルス」なる、大変立派な冊子を全職員に配り、「心の病に気をつけましょう」キャンペーンを行った。その冊子のなかでも、<退職後に、やることがなくぽっかりと穴が開く人がいます。「生きがい」を今から持ちましょう。精神、病む前に、音楽、スポーツ、映画、旅行・・・>「生きがい」は消費であるかのようにいう。長時間働く、不寛容な職場にいて(不寛容は職場ばかりではないけれど、どうしてこうもルーズがいやになってしまったのか)「精神病むな」と叱咤激励され、退職しては、「精神、病むな」と消費に励む。1960年代からの40年後の世界はこんな世界だ。
前述の神谷がこの文章を書いたころ、「消費は美徳」に向かう時代だった。その時代に、松下竜一の「生きがい」を先取りしていた女性がいたことに感動する。だから、神谷のこの本を読んでも、仙人の「生きがい」感は、少しも変わらず、むしろいやましに、「無為自然」だの「生きていることが生きがい」だの「居ながらにしていない」だのというボルテージは高くなるばかりなのである。
あっそうそう、神谷がこの本の中でこんなことも言っている。「ぐちこそ生きがい感の最大の敵である」以て、戒めとすべし。