戻る

               Kanon哀の激情

                 Oh・舞・がぁ〜るっ!


  夜の校舎に俺の足音が響く。目指すは一降りの剣を携え、廊下に佇む一人の少女。

  視線の先に目的の姿が映り、俺は口を開く。そして……

 「舞ぃ〜」

 「………飯」


  ズシャアァ〜…………………ッ!   俺は、廊下にヘッドスライディングをしていた………


 「………飯、大丈夫か?」

 「くぅおらぁっ舞ッ! しょっぱっながそれかいっ!」

  腹に冷たい廊下の感触を味わったまま、俺は顔だけを上げる。舞は顔色一つ変えず問う。

 「何か、変?」

 「『変?』じゃねぇだろっ。まず俺の名がこんかいっ、俺の名がっ。いきなり飯かっ!」

 「……………」

  舞は押し黙る。視線だけは俺を捕らえ、そして……

 「祐一」

 「そうそう、まずは挨拶から始めるのが……」

 「飯」


  ガンッ!   俺の額は床に熱烈な挨拶をしていた。


 「……床は冷える」

 「誰のせいだっ!」

 舞に一般常識を求めたのがそもそもの間違いなのだ。俺は顔だけを上げ怒鳴る。

 「お前なぁ、まずは初めに挨拶だろうがっ!それをいきなり飯かっ!」

 「………飯」

  俺はこの件に関して諦めることにした。そしてコートのポケットに手を突っ込み、

 「ほらよっ」

  舞に向け、放ったのであった。

 「?」

  受け取った舞は珍しい物を見るような目で見つめている。

  『ソレ』はいつも舞への夜食を買っているコンビニが休みであった為学校の前の自販機で買った、1本の缶コーヒーであった。

 「今日は『たくてくす』が休みでさぁ、この時間に他でやってるトコっていったら駅前の『かぎっ子』しかねぇだろ。まぁ今日のところはそれで我慢してくれよ」

 「…………」

  舞は剣を下ろし、俺に背を向ける。まぁ口では何も言わないが許してくれるだろう。
  その証拠にカリカリと……って『カリカリ』ぃ!?

 「何やってんだ舞ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ………っ!」

  俺は慌てて舞を地面から引き剥がす。舞のいたところには無数の『の』の字が……剣先で書いた無数の跡が残されていたのであった。

 「お腹減った」

 「『減った』じゃねぇだろっ、何しとんだお前はっ!」

 「…祐一のせい」

  抱きかかえた俺を背中越しに見つめる舞。非難がましい視線が多分に含まれている。

 「おいこら俺のせいかいっ、お前…」

 「……お腹減った」

 「だから店が…」

 「………お腹、減った」

 「…………………」

 「…………お腹、減った……祐一の…」

 「あ〜わかったよっ、買ってくればいいんだろ、買ってくればっ!」

  抱えてた舞を下ろし、俺はコートの襟をただす。百メートルを八秒で走れば十分もかからないであろう。
  最早ヤケになっていた、その時・・・

 「祐一」

 「ん、何だよ舞?」

 「……早く」

  「どちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

  トドメを刺され、俺は雪舞う夜道を駆け抜けたのであった………


 ☆-------☆--------☆-------☆------☆


 「はぁ、はぁ、はぁ…………チャーハンと、牛丼。どっちがいい?」

 「……」

  あれから十数分。息も整わない俺を見向きもせず、舞は左手を牛丼の方に差し出している。

  俺はその手にビニール袋から取りだした牛丼を乗せてやった。プラスチック製だがちゃんとドンブリ状の形態になっている、凝った一品である。

 「…………」

 「お前なぁそれでどうやって食うんだよ?」

  舞の視線は湯気の立つ牛丼に注がれている。柄を離そうとしない右手ではせっかくの食事も取ることが出来ない。

 「で、どうする。食わせてやろうか?」

  開かれた舞の小さな口に俺が牛丼を運んでやる……ある意味男の夢であろう(立場が逆であるが)しかし舞のとった行動は、

 「……それ」


  ☆-------☆--------☆-------☆------☆


 「………相当、不味くない」

  舞はどうやら気に入ったらしい……俺は自分の目を疑いたくなるような光景に対面していた。
  舞は持った剣の腹にドンブリを器用に乗せ俺のチャーハンに付いていたレンゲで牛丼をすくって食べている。
  夜もふけた学校でそんなことをしている少女など世界広しといえどもこいつぐらいであろう。
  そして、そんな少女と一緒にチャーハンを食す男もそうはいないだろうと思ってしまう自分が少し悲しかった。

 「で、そんな状態で『魔物』に襲われたらどうすんだよ。素直に剣置いて食べた方がいいんじゃないかい?」

 「………ある」

 「は?」

  舞は口からレンゲを離し口の端から出ている牛肉の切れ端を飲み込む。
  いつ襲いかかってくるかもしれない魔物と対峙するにはあまりにも緊張感が欠けている光景である。

 「………奥義が、ある」

 「はぁ?」

  口の端に米粒を付けた状態で言われてもギャグにしか聞こえないが表情は真剣そのものである(違う表情を見たことがないが)俺は思わず聞き返す。

 「奥義ってあの開いて使う?」

 「……それは扇」

  冷静なつっこみを加え、舞は剣先を俺に向けた。剣の腹に牛丼を乗せたまま俺と対峙する格好となる。

 「一度、だけ……」

  距離にして2メートルの空間に緊張が走る。端から見たらこの上なく間抜けな図ではあるが……

 「いくから……」


  次の瞬間俺の目には宙に浮いたドンブリが……刹那、俺の首筋には舞の剣が突きつけられていた。


 「な……」

 「……人間の目は上下の動きに弱い」

  俺の首に剣の刃を押し当てたまま、舞は語り出す。

 「………人間の視界は横に比べると縦が極端に狭くなる。ドンブリを浮かした瞬間、祐一の目は『ソレ』を追う為上に動き、それにより横の視界が失せる」 

  確かに牛丼を放られた瞬間俺の目は牛丼に捕らわれてしまった。そしてそれにより他の全てが目から失せ……

 「そしてその一瞬に突進と同時の抜刀術……視界の盲点を付いた神速の剣技……
  その名を『川澄流討魔術奥義『天翔(あまかける)牛のドンブリ』と言う。だから………」

  あ、あまかけるぎゅうのどんぶり……って

 「……だから、祐一のせいだ」

  「何じゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………っ!」

  舞の視線は、元いた場所に散乱した食いかけの牛丼に注がれていたのであった。


 ☆-------☆--------☆-------☆------☆


  後日談として付け加えるなら奥義『天翔牛丼(あまかけるぎゅうのどんぶり)』の完成形とは
  振り抜いた剣の腹で落ちてくる牛丼を背中越しに受け取るという、危険極まりない技だそうだ……

  この日の騒動によってもたらされたモノは財布の中身と引き替えになった薄っぺらなレシートと、
  廊下の床に刻まれた、計23個の『の』の字であったのだ。

  俺は心に誓った……二度と牛丼を差し入れに持っていかないようにしよう。そして舞の奥義に該当する夜食をけっして持ち込まないようにしよう、と………



   Kanon哀の激情

           Oh・舞・がぁ〜るっ! 完

     戻る