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Say  Little Prayer



 そよそよと風が吹く。冬が終わり、春も過ぎて、季節は夏になろうとしている。ボクは駅前のベンチに座りながら、あの人が来るのを待ちつづけていた。

「……うぐぅ、遅いよぉ」

 ため息をついて、ボクはまだこないあの人をなじる。待つ事は嫌いじゃない。待って、待ち続けて、やっとその人が来た時、本当に幸せになれるから。
でも、待っている間はちょっと嫌。もしかしたら来ないかも知れない。ボクの知らない所で、悪い事があったのかもしれない。そんな気持ちになるから。

「ふぅ……」

「あ〜〜〜ゆ〜〜〜」

「ぶみゃみゃみゃみゃみゃ!?」

 時計台を見上げて何度目かのため息を付いた時、いきなり誰かが後ろからボクのほっぺをみにょ〜〜んとのぱす!
 うぐぅ、ひ、ひたひよほぉ。

「……ほ、ほほほほほ……」

「なにお嬢様笑いしてるんだよ、似合わないぞ」

「ほうやふん、やめへよほぉ〜〜〜」

「ん〜〜〜? きこぉえんなぁ」

 後ろにいる人はそんな事を言いながら、ますますボクのほっぺを引っ張る。やめへっへばぁ(泣)。

「んじゃあ、『学級文庫』って言えたら放してやる」

「……ほうやふん、ひょうはくへいみはいはよ」

「お子様には言われたくないな」

「うぐぅ。ボク、お子はまひゃひゃいもん」

 そんな事をしているうちに、ボクのほっぺを伸ばすのにも飽きたのか、その人はパッと手を離して、そのまま植え込みから出てくる。

「植え込みに入っちゃいけないんだよ〜」

「気にするな。俺は気にしないぞ」

「あぅ〜、植え込みさんが可哀想だよ」

「日本語が変だぞ、お前」

「うぐぅ……」

 ボクの隣に座ったその人は、そうやってボクをからかって、ニコリと笑った。
この人の名前は龍造寺 皇也。ちょっと変で、すっごく意地悪で、そして、とっても優しくて、誰よりも暖かい、ボクの、大切な人……。

「皇也君、遅いよ。ボク、ずっと待ってたんだから」

 時計台を見上げながら、ボクはそう言う。今は午後十二時半。朝ご飯を食べたきりだから、そろそろおなかも減ってきた。

「あのなぁ、待ち合わせの時間は一時だったろうが。三十分も早く来て、何で文句を言われなきゃならんのだ」

「……だって、もう一時間も待ったんだもん」

「朝の九時半に出れば当たり前だ」

「……だって、美容室十時からしか予約取れなかったんだもん」

「なら一回帰ってから来ればいいだろうが」

「うぐぅ……」

 相変わらず、皇也君のツッコミは鋭い。ボクの言い訳はズバズバと切り刻まれていってしまう。

「大体、同じ家に住んでるのに、何でこんな所で待ち合わせしなくちゃならんのだ?一緒に家を出ればいいだろうが」

 そう。ボクは今、皇也君と一緒に、秋子さんの家に住んでいた。
 七年間の眠りから醒めたボクには、家族も、親戚もどこにも居なかった。
 そんなボクを、秋子さん達は当たり前のように『家族』として迎えてくれたんだ。

「だって、こうして待ってるのって好きだもん。それに、一緒に家を出たんじゃデートにならないよ」

「ったく、無駄に雰囲気を大事にするよな、お前って」

 憎まれ口を叩く皇也君の顔が、少しだけ赤くなる。それをごまかすように、皇也君は勢いよく立ちあがった。

「ほら、行くぞ。取り敢えずは昼飯だな」

「うんっ。ボク、たい焼きが食べたい!」

 ぽかっ!

「うぐぅ……。痛い……」

「だから、何が悲しゅうて昼にそんな甘い物食べなきゃならんのだ」

「じゃあ、チーズたい焼き……」

「いー加減そっから離れろ」

「うぐぅ……」

 もう、皇也君たらひどいよ。ボクがこんなにたい焼きが好きになったのは、皇也君のせいなのに。

「こないだな、商店街で結構いい店見つけたんだよ。そこにしようぜ」

「たい焼き……」

 ぽかっ! ぽかっ! ぽかっ!

「……うぐぅ、三発……」

「昼飯食い終わったら買ってやるから、後にしろ」

「は〜い」

 そんな訳で、皇也君が連れてきてくれたのは、「マハラジャ」と言う名前のカレー専門店。
 何でも、すごく沢山の種類のカレーがあって、ご飯の量や辛さ、トッピングなんかも自由に頼めるらしい。

「ここのカツカレーが最近のお気に入りなんだ」

 そう言う皇也君の後に続いて店に入ると、いきなりとっっっっっっても大きなカレーが、ボク達を出迎えてくれた。
 ううん、カレーと言っても本物じゃなくて、壁にかかった見本なんだけど、お皿の大きさが直径三十センチくらい、その半分くらいにこんもりとご飯がのって、もう半分をルーが埋め尽くしてる。ここまで来ると、カレーじゃなくて彩色に失敗したジオラマみたいだよ。

「皇也君、あれ……何?」

 ボクが呆然としながらそれを指差すと、

「ああ、あれはこの店の名物、『ギガントカレー』って奴だ。あれを二十分以内に食べられたらただって訳」

 二十分以内……って、そんな簡単に……。

「そんな事、出来る人いるの?」

 だって、どう見たって普通のカレー四・五杯分くらいはあるんだよ。一人どころか二人で食べてもお腹いっぱいになれちゃいそう……。

「さしあたり、そこに一人いるぞ」

「え?」

 皇也君の視線の先には、ボクと同じくらいかな?
 ストレートの綺麗な黒髪のロングヘアーをした綺麗な女の子が、そのギガントカレーを美味しそうに食べていた。
 その向かい側にいる男の子は普通のを食べてたけど、その娘の食べっぷりに呆れてる様子もない。

「す、凄いね……」

 ボクには、その言葉しか思い浮かばなかった。

「まあ、あんまり気にするな。本筋とは関係ない」

 よく意味の分からない事を言って、皇也君はカウンターに座る。ボクもその隣に座って、メニューを見せてもらった。

「……ボク、辛いのあんまり好きじゃないんだよ……」

「安心しろ。ここのカレーは、一番甘い奴なら二口食べれば口から火を吹く程度だ」

「……うぐぅぅっっっっ!」

 ボクが何か言うたびに、すぐこうやってからかうんだから……。ほら、店員さんがボク達の方見て笑ってるよ……。

「まあ、あゆは子供用のやつでいいな。それともハヤシにするか?」

「う〜ん、やっぱりカレーがいいかな。……シーフードカレーにする」

「俺はたまには違うもん頼むか。えーと、牛モツカレーにしよう。辛さは1辛(普通よりちょっと辛い)な」

 注文をして暫く、美味しそうな匂いをさせながらカレーがやってくる。
 ボクのシーフードカレーは結構具沢山で、それなのに生臭い匂いもしないし具も柔らかくて凄く美味しい。
 皇也君によると、ここのカレーはちゃんとスパイスを使ってるから、匂い消しがちゃんと出来てるんだそうだ。

「ごちそうさまーっ」

 ルーまで残さず食べ終わって、ボクはキチンと手を合わせる。うん。満足満足♪

「お前って時々妙に行儀がいいよな」

「だってボクいい子だもん」  

「食い逃げするのに?」

「うぐぅ、ちゃんと後でお金払ったもんっ」

 そんな事を言いあいながら、ボク達はお店を出る(もちろん、ちゃんとお金は払ったよ)。
 途中で約束通りたい焼きを買って、今日は遊園地へ。最近、新しい絶叫マシンが入ったって言うから、試しに行くんだ♪


「ねえねえ、もう一回乗ろうよー」

「……タフだな、お前……」

 たった七・八回乗っただけなのに、もう皇也君は下を向いて口元を押さえてる。だらしないなぁ。ボクなんかあと十回くらいは乗れるよ。

「お前、ここぞとばかりに復讐してるだろ」

「そんな事ないよっ♪」

 うっふふ。皇也君のこんな顔なんて滅多に見られないから、とっても楽しい。さあって、もう一回乗ろうかな?

「そろそろ別のにしようぜ。えーと、あれなんかいいな」

 そんなボクを押さえて皇也君が指差したのは……、オ、オバケ屋敷ぃ……。

「……あ、あれは身長制限があるからだめだよっ!」

「絶叫マシンに乗れるなら大丈夫だ」

「えっと、それじゃあ、お子様は入っちゃいけないって言う法律が……」

「あるかっ!」

「うぐぅっ……」

 ボクの首根っこを引っつかんで、皇也君は嬉しそーにオバケ屋敷へと進んでいく。
 うぐぅ、どうせ、ボクの運命なんてこんなものなんだ……(TT)。
  ・
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うらめしやぁ〜
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「ほれあゆ、オバケが出たぞ!」
「うぐぅっ!」
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ヒュゥゥ〜〜
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「おっ! 人魂だ!」
「うぐぅぅっ!」
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ポチッ(再生)
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「貞子がくるぞーっ!」
「うぐぅぅぅっ!」
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「おーい、もう終わったぞぉ」

「うぐぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「……だから、もうオバケ屋敷は出たんだよ」

「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!」

 ぽかっ!

「うぐぅ、痛い……」

 いきなり頭を叩かれて、ボクはふっと正気に帰る。いつのまにか、あの暗くてこわーいオバケ屋敷じゃなくて、外の明るい日差しの中にいた。

「……あれ? いつの間に……」

「『いつの間に……』じゃないだろが。中にいる間ずっと俺にしがみつきやがって。結局オバケなんか全然見てないじゃないか」

 キョロキョロしてるボクを見て、皇也君が不機嫌そうに言う。でも、何となく顔が赤く見えるのは、気のせい……かな?

「おまけに相変わらずうぐうぐわめきやがって。お陰で周りの人達に笑われてたぞ」

「だって、怖いんだもん」

「ちょっと前まで自分が幽霊やってたくせに」

「幽霊じゃなくて生霊だもんっ」

「似たようなもんだ」

「うぐぅ、ひどいよぉ」

 それから、ボク達は射的やカートレースなんかで、日が暮れるまでたっぷりと遊んだ。やっぱり、皇也君が一緒だとすっごく楽しい。
 たとえボクをからかって遊ぶのがお気に入りでも、ね。




「……そういえば、あゆ」

「え?」

「お前、最後の願い事はいいのか?」

 家へ帰る道すがら、ボクの鞄に手をやりながら、皇也君は少し真面目な顔でそう言う。
 ここからだとよく見えないけど、多分あの人形を引っ張ってるんだろう。皇也君がボクにくれた、最初のプレゼント。
 七年間の空白を繋ぐ、大切な思い出。

「でも、ボク、ちゃんと言ったよ?」

「あれは、俺にはかなえられないから却下だ」

「………」

 ……そっか。そうだよね。でも、正直言って、今のボクにはお願い事なんて何もない。ただ、今がずっと続いて欲しいと思うだけだもん。

「……あっ」

「どうした?」

 違う。一つだけ、あった。
 でも、それは本当の本当に最後のお願い。もしそれがかなったら、幸せ過ぎて死んでしまうかもしれないくらい、大きな望み。

「あるのか?」

「……うーんと、ない……けど、ある」

「どっちだよ」

 怪訝そうな顔で、皇也君がボクの顔を見る。……どうしよう。言っちゃっていいのかな?
 もし、怒られたり、嫌だって言われたりしたら……。

「……えーと、それじゃあね、言っても怒らない?」

「たい焼き百個おごれとか言うんじゃなければな」

「……えーと、それじゃあね……」

 そのお願い事を口にしようとして、言葉が喉に詰まった。不安で、怖くて、心臓が破裂しそうになる。
 でも、言うっていったんだから、言わないと……。

「……あのね。もし、よかったらでいいです。もしよかったら、いつか、ボクを皇也君のお嫁さんに・・・して下さい……」

 ……言っちゃった。うぐぅ、顔が真っ赤だよぉ。皇也君、どう思ったかな? 冗談だと思ったかな? それとも、やっぱり嫌がったかな?

「あゆ……」

「え?」

 ごつんっ

「うぐぅっ!」

 皇也君がさっきよりも強くボクの頭を叩く。……痛いよぉ。やっぱり、嫌、だったのかな……?
 ずいっ。
 と、突然、皇也君は顔を近づけて、ボクの耳元に口を寄せる。そして……、

「…………いつか……

 殆ど聞こえないくらい小さな声で囁くと、そのままそっぽを向いてすたすたと歩いていってしまった。

「………」

 暫く、ボクは呆然としてその場に立ち尽くす。今、いつか……って、いってくれたよね。聞き違いじゃ、ない……よね。

「……うぐぅっ、待ってよぉ!」

 皇也君の背中がどんどん遠ざかるのに気付いて、ボクは慌てて追いかける。
 夢じゃない。空耳でもない。確かに、いつかって、言ってくれた。
 だから、最後のお願いも絶対にかなう。だって、今までだって、皇也君はちゃんと願いをかなえてくれたんだから。


 ……だから、皇也君、



 ……約束、だよ……。


     〜fin〜
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 はいどうも。ダダ甘SS第二弾、今回はあゆのお話でございます。
実はこれ、某ページでやった小ネタを加筆修正したものです。あんまりねっていないので、文章的に変な部分が多々見られますが、その辺はご勘弁下さい。
 んでは、今回はこの辺で。次は「The Yellow way」の続編か、それとも香里の話になるかな?

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